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降臨の章14 続く悪夢

 午後の時間も刻々と過ぎ。

 恵は無事入学式を終え、晴れて「県立潮陽高等学校」の生徒となった。

 その後教室で諸々の説明があり、高校の初日は終わった。

 母親と一緒に帰宅しても良かったが、彼女は姉を待つから、と言って母親を先に帰した。

 思えば、幻魔衆との戦いがあったあの後から、姉に会っていないのである。昼食を一緒に摂ろうと言ってくれていたのに、行かないままになってしまっていたこともある。それでも、彼女は涼輔とした話を非常に意義深く思っていたから、苦にしていたという事でもなかった。

 沙紀達とのその後が気になっていたこともある。

 四時を回った頃、恵は校舎の三階へ行ってみた。

 六時間目の授業が丁度終了し、ぞろぞろと生徒達が教室からでてきているところであった。鞄を担いで早々と帰っていく者もいれば、ユニフォームに着替えて運動場に出て行く生徒もいる。新入生へのクラブ紹介は明日だったが、熱心な新入生の中には、今日から見学、参加している者もいる筈であった。

 初めて上級生の大勢いる階を歩いていると、ちょっと怖い気もする。が、幸いなことに、この学校には不良というものが存在しなかった。一級の進学校ではなかったにせよ、多少勉強を頑張らなくては合格できないレベルだったからである。

 美菜のいるクラスの近くまで来た時である。

 前から、沙紀と公司がだらだらと歩いてきた。

 二人とも、掃除用のモップを担いでいる。


「あら、恵ちゃん」


 沙紀が声を掛けた。


「廊下のお掃除ですか?」


 恵が言うと、公司が途端に嫌な顔をした。


「廊下ならまだしも、便所だよ、便所。冗談じゃないよ、全く」


 高校では、トイレ掃除も生徒がやるのだろうか。恵は純粋に疑問に思ったに過ぎない。


「へぇ、トイレ掃除って、ここは当番制なんですかぁ?」

「まっさか。こいつのせいだよ、こいつの」


 公司は、モップの先で沙紀を指した。


「このガッコってさ、遅刻した奴に罰としてトイレ掃除やらせやがんの。朝、俺はフツーに登校してきてたんだぜ。そしたらさ、こいつがバカみたいに猛スピードで突っ込んできて、二人共コケちまってさ。……そのせいでアウト。俺は何にも悪くないんだぜ。ぜーんぶ、こいつ」

「ちょっと、何よ、その言い方。公司だって、遅刻寸前だったじゃん。それを余裕かましてだらだら歩いているから、あたしがぶつかっちゃったのよ。そーいう、まるで全部あたしのせいみたいな言い方しないでよ、恵ちゃんの前で。あんたのせいでドラマ、パーになったのよ。バカは世界であんた一人いれば足りるわよ」 

「おい、恵ちゃんに俺がバカだとか吹き込んでんじゃねー。恵ちゃん、こいつ、さっき授業中によだれたらして居眠りしてやがんの。バカはこいつの方だぜ」

「嘘ばっかり! 恵ちゃん、こいつの言うコト聞いた瞬間バカがうつるわよ。性質が悪いから、近寄っちゃ駄目よ」

「はぁ……」


 なおも、バカ合戦は続いている。

 要するに、遅刻をすると二人のようになるということらしい。

 公司と沙紀は、お互いにバカを連発しながら去って行った。


(お姉ちゃんも浅香さんも、ちょっと大変かも……)


 正直、恵はちょっと憂鬱な気がした。

 が、涼輔がそれも生命力の強さだと言っていたのを思い出し、気を持ち直した。

 姉の教室の前へ来ると、明日香や霞美が出てきた。


「まあ、まだ残っていたの?」

「はい。お姉ちゃんは――」

「中にいるわよ」


 二人は特に何も触れずに、行こうとした。

 明日香が、ふと思い出したように戻ってきた。


「そうそう、恵ちゃん、浅香さんに会えたの?」

「はい。会えましたよ」

「そう……。浅香さん、午後もずっと教室に戻らなかったから、どうかしたのかなと思ってたの」


 恵は怪訝に思った。

 昼、皆と上手くやっていくと言っていたばかりではないか。が、何か涼輔なりの理由があるのかも知れなかった。

 それもともかく、恵は気になっていたことを訊いた。


「明日香さん、お姉ちゃんはみんなと……」


 難しい表情で、明日香は答えた。


「あれから、誰とも口を利いていないのよ。私や霞美ちゃんが何か話し掛けても、相手にしてくれないの。――恵ちゃん、一緒に帰るでしょ? 少し宥めてみてくれる? 私達も悪かったと思うし、ただ……」


 恵は明日香の言葉に、気持ちが暗くなった。

 そこまで我を張っているとは、思ってもみなかったからである。

 が、涼輔が「大丈夫だ」と確信を持って言っていたのを思い出し、そしてまた、姉に関する事は自分がどうにかするべきだとも思い返した。


「わかりました。私からも話をします」

「ごめんね、恵ちゃん。一緒に帰りたいところなんだけど、明日のクラブ紹介の準備があるのよ」


 明日香は美術部、霞美は化学部に所属している。

 部員の獲得というのはそれぞれ切実な問題であり、しかも新入生の前で盛大にそのPRをする機会は、全新入生を集めて行われるクラブ紹介の時間一度きりである。あとは、個別に声を掛けて回るよりない。

 明日香と霞美は恵に詫びつつ、そちらへ行ってしまった。

 姉の美菜はかつて中学時代テニス部であったのを、ふと恵は思い出した。レギュラー格で鳴らした彼女は高校でもテニス部を続けるつもりであったらしいが、いつしかばったりと止めてしまっていた。

 教室を覗くと、残っている生徒達はもう数人しかいなかった。大半が帰ったり、クラブ活動へ行ったようである。

 恵は、姉がどこに座っているのかを知らない。

 教室内を見回すと、一番後方の席にいた。

 静かに本を読んでいたが、彼女がやって来たことに気が付くと、美菜は微笑を浮かべた。


「恵。待ってくれてたの?」

「お姉ちゃん」


 近寄っていくと、美菜は読んでいた本を鞄にしまいながら立ち上がった。


「もしかしたら、と思ってたの。ママは先に帰ったの?」

「うん。今日は間食しないで帰って来なさいって。お父さんがゆっくりご飯食べたがるだろうから、色々作るんだって」

「そう。それじゃ早く帰って手伝わなくちゃ。パパ、恵に色々入学式の話を聞きたいのね」


 美菜は、恵を促して教室を出ようとした。

 ふと見ると、来未が同級生数人と笑いながら喋っている。

 美菜達が出て行くのが判っている筈なのだが、声を掛けようともしなかった。

 恵は、姉の立場を改めて知った。

 が、今はどうにかなるものでもない。

 他のみんなは、普通に彼女に話してくれたこともあり、大丈夫だという気持ちは揺らいではいない。


(それにしても、お姉ちゃん、大変ね……)


 考え込んでも仕方がないが、歩きながらつい考えてしまう。

 玄関の下駄箱まで来た時、美菜が言った。


「そういや恵、今日、お昼どうしてたの? 来るかと思ってたけど、来なかったわね。新しい友達でも出来た?」


 その質問は、恵にとって微妙に痛い。

 今の段階で、まさか「涼輔と一緒に居た」とは言えない。

 姉が断交している人間関係の中には、当然涼輔も含まれている。

 恵はドキリとしつつ咄嗟に


「あ……うん、ご免なさい。たまたま、新入生だっていう女の子がいたの。その子と色々と……」


 男の子と言っても、姉はあんまり納得しないかも知れなかった。

 が、美菜は大して気にした風もなく


「そう。良かったじゃない。恵は性格が良いから、すぐにみんな友達になるわよ」

「そう……かな」


 正直、余り突っ込まれなくて安心している恵であった。

 程度がどうあれ、嘘というものは、恵の性格にとって酷であることに変わりはなかった。増して、姉に向かっていうなどとは。

 校舎を出ると、既に陽は傾きかけている。

 夕日の色が濃く、辺りは赤く染まりつつあった。さすがに、校庭に立つ桜の色も、鮮烈な夕日の前では目立たぬようである。

 二人の影が地面に長い。

 自分の影を踏みながら、恵はどう言ったものかと考えていた。

 つまりは、姉の対人関係に関することである。自分に何か言える部分があるのかどうか、恵には計りかねた。

 そうしていると、美菜が


「そういえば恵、朝、図書室に行こうとして何かあったんでしょ? 何か話したがってたみたいだけど……」


 と、訊いてきた。

 その話については、ほとんどする必要がなくなっていた。

 恵が伝えたかったのは、今までに見たこともない術を操る幻魔衆に襲われたこと、そして、正体不明の少年に救われた、ということであった。

 しかし、美菜達も既にその強力な幻魔衆と遭遇し、かつ少年が姉のクラスに転入してきた人間であった以上、今姉に訊くこともないのである。ただ、そういう経緯があったことは、美菜も他のみんなも未聞であった。恵が喋っていないからである。

 彼女は、ごくかいつまんで話そうとした。


「朝、地下で幻魔衆が現われたの。逃げようとし――」


 幻魔衆という単語だけで、美菜が反応した。

 前に回って、ぐっと顔を覗き込むようにした。 


「恵、あなた、そんな大変なこと、どうして黙っていたのよ? それで、上手く逃げられたの? 誰も助けになんて、行ってないものね?」


 それを言おうとして遮ったのは美菜なのだが、彼女は真剣そのものである。何かあったらしいことは判っていたが、実際に襲われていようとは、思ってもいなかった。

 恵は笑って見せた。


「大丈夫よ、お姉ちゃん。上手く逃げてきたから、私は今ここにいるのよ」

「そ、そうね。……あなた一人の前に現われたことなんて、今までなかったし。ちょっとびっくりした」


 心底妹思いであるだけに、美菜のうろたえ様は気の毒な程であった。が、恵にしてみれば、姉がそこまで自分の心配をしてくれているというのは、決して不愉快なことなどではない。

 ただ、その時に涼輔が助けに来てくれた、ということを話せば、姉はどういう反応をするだろうと恵は思った。それを言えば涼輔に対して多少譲歩するかも知れない。が、相当意固地になっている今、自分の力不足を恥じ、却って態度を硬くさせてしまうような気がした。

 涼輔が来てくれたのだと、恵の口先まで出掛かっている。

 それを無理矢理呑みこむと、事も無げに言った。


「私をしつこく狙っても仕方ないと思ったみたいで、そんなに追って来なかったし……何とか逃げ切ったの」


 胸のどこかが苦しかった。

 いつか本当の事を言うときがあるだろうと、自分の中で開き直っておくよりない。


「それは良かったけど。今まで恵一人を狙われたことがなかったから、不安になったのよ。急に強くなってもいたし」

「……お姉ちゃん達、大丈夫? 本当に強力な幻魔衆みたいだったけど、これから先、ああいうのが沢山出てくるのよね?」


 恵は、遠回しに訊いてみた。

 皆で協力し合わないと拙いのではないか、という意味が言葉の奥底に秘められている。 

 そのことに気がついたのか、どうか。美菜は


「大丈夫よ。今日はちょっとしくじったけど、次は上手くやってみせるから。でないと、幻魔衆に本当にやられてしまうものね」


 と強気に言って、笑った。

 きちんとした答えではないような気がしたが、恵はそれ以上何も問わなかった。

 二人は、学校の北にある橋に差し掛かった。

 川面が夕日を浴びて、赤くキラキラと反射している。

 川の両側の土手が盛り上がっており、そこに桜の木が植わっている。河原は広くなっているから、花見をするにはうってつけの場所という訳である。桜並木は川に沿って東西何キロも続いており、毎年、市民が多く訪れる、街でも有数の花見スポットになっている。

 青いビニールシートが所々に敷かれており、今も場所取りをしている人の姿が橋上から見えた。

 昨年、恋泉家でもここへ花見にやってきたのを、恵は思い出していた。高校へ進学した美菜を祝ってどこかへ行こうと父親が言い出して聞かず、北海道だの九州だの主張するのをどうにか宥めて、この河川敷で花見ということになったのである。 

 最初は面倒くさがっていた美菜も、桜と、そして大きく成長した二人の娘を見て嬉しそうにしている父の姿に、何も言えなくなってしまった。

 家族が寄り添える時間はどんどんと少なくなっていくと母親が言っていた意味が、少しだけ理解できるような気がした。

 そんな父親も、今年はどうした弾みか仕事が忙しく、まともに夕食時に帰ってこられる日など十日に一日もない。桜の季節だというのに、花見に行く余裕がないのを残念がっていたと、二人は母親に聞いた。

 そういう時、いつも同情するのは恵の方で、美菜に至っては余り気に掛けていない。子供が大きくなれば親と一緒にいる時間が減っていくのは当たり前ではないか、くらいに思っていたが、どうも恵が気にしているのは、そういうことではないらしい。

 労わり合うことができなかったら、一緒にいる意味がないのよ、と、彼女はいつだったか美菜に言った。

 一度家族を全て失っている恵には、人と一緒ということを何よりも重く受け止めるところが強かった。家族だけではなく、沙紀や公司といった仲間についてもそうである。楽しい時は心底楽しそうにしているし、諍いがあると、心配そうというか、悲しそうにしているのを、美菜だけではなく、沙紀や明日香も見たことがある。

 そこまで思い至った時、美菜はふと、恵の今の気持ちを想像していた。直接話してはいなかったが、沙紀達と対立していることくらいは感付いているであろう。平素の美菜の対人関係を知らぬ訳ではない恵だから、美菜にある幾らかの非を、見抜いている筈である。自ら対立関係を築いて歩いている姉の在り方が、恵には何よりも辛かったであろうことは容易に想像できる。

 美菜も、自分が百パーセント正当であるとは思ってはいない。

 かといって。問題意識の温度差がこうも違う人間達と一緒になって踊りを踊る気もさらさらなかった。 そんなことをすれば、恵の身の安全も、そして自分達の身の安全を図ることも到底適わないと、心の奥底から思っていた。

 敢えて、自分が憎まれ役になって問題意識を嫌がられながらも呈し続けていけばいい、とも考えていた。が、それはいつか判る時がくるであろうと、ただ漠然と思っていたに過ぎない。

 橋を南から北へ渡り終えると、川沿いの通りとの交差点がある。

 交差点を過ぎてなおも北へ行くと、やがて駅前繁華街へと続いていくが、恋泉家はそちらではなく、川に沿って東の方角である。

 道路を横断し、桜並木沿いの通りに入る二人。川の北側に設けられた通りだから、二人は右手に桜並木と、その向こうに川を眺めながら歩いているということになる。片側一車線づつではあるが、市の本通りではないせいか、大して広くはない。

 思いがどこか交錯しているせいか、余り会話も弾まないまま、二人は歩いていく。

 恵はぼんやりと河川敷で動いている人の影を眺めながら、姉を皆の中で対立させないようにするにはどうすべきかと、これという思案もないまま考えていた。

 桜の木のある側に、歩道は設けられている。

 従って歩道の傍の車線は、東から西、今の二人に対抗するように車が走っている。

 乗用車が一台、こちらに向かってきているのを、恵は認めた。

 車が近づき、彼女の傍を走り過ぎて行き、通過風が彼女に吹き付ける――筈であったが、案に相違した。

 車は、彼女の傍を通り過ぎる直前、突如として掻き消えていた。

 はっとした美菜は、近寄りつつある悪意を感じた。

 一瞬、恵が後れをとったといっていい。


「……恵!」


 美菜は咄嗟に、恵を庇って桜並木側に押し倒すようにした。

 恵がその悪意に気が付いた瞬間には、鈍く輝く光の球、即ち命術が美菜の背に直撃していた。

 人の一人は包み込めそうな程度に大きい。

 その勢いをくらって、美菜の全身は跳ね飛ばされた。

 二、三回地面を転がった後、美菜は一瞬宙を浮く感覚に襲われた。が、それもほんの僅かな瞬間であったに過ぎない。

 彼女の身体は押し飛ばされたまま、土手を転げ落ちていったのである。

 一体、何回転がったかという程に転がされ、ようやく彼女の身体は悪意の勢いから解放された。


「……うぅ」


 何が起こったのか、すぐには理解できなかった。

 あちこち打身を作ったらしく、身体中が疼くように痛い。

 背中に、まるで大きな凶器で殴られたような鈍く広い痛みがある。はっきりしない頭のどこかで、命術をくらったことをかすかに思い出していた。

 美菜は、よろよろと立ち上がった。

 白いセーラー服はあちこちが擦り切れ、汚れ、脚のあちこちが擦り傷やあざだらけになってしまっている。


「……大した実力だな、双転の化身」


 頭上で、低い男の声がした。

 見上げると、白いローブ姿の男、幻魔衆が土手の上にいた。

 ほぼ反射的に右手を差し向ける美菜。


「ほう、やる気か。……止めておいた方がよくないか?」


 男の背後から、もう一人の幻魔衆が姿を現わした。

 美菜ははっとした。男は、恵をその手に捕らえていたのである。

 両手を後ろに捩じ上げられ、前から首を掴まれて宙吊りにされている。姉に助けを求めようとしているらしいのだが、苦しくて声が出て来ないのであった。

 恵を盾にされ、美菜は躊躇した。

 その隙を見た幻魔衆の男は、すかさず彼女目掛けて命術を放った。巨大な光の球が美菜の身体を掬い上げ、恐ろしいばかりの勢いで持ち去っていく。

 どれくらい、吹き飛ばされたであろうか。

 一瞬の事ではあったが、気が付くと、美菜の身体は数十メートル余りも離れた草むらにあった。がさがさとした雑草の感触が自分の胸から腹、脚にかけて触れてくる。そうして彼女は、自分がうつ伏せに倒れていることを知った。


(恵を……助けなくちゃ……)


 意識だけがそう望むのだが、もはや身体が動かなかった。どこに手があり、足があるのか、力が入らないから判らない。

 目の前が霞んでいく。

 と、急に視界に白い何かが飛び込んできた。

 そう思った途端、背中に鈍い衝撃を受けた。


「……お前じゃ、話にもならんな。もう少し手ごたえがあれば、お前を殺したということでも良かったのだが。なぁ?」


 なぁ、のところで幻魔衆が足を上げ、美菜を力任せに踏みつけた。そのまま、何度も何度も、美菜は踏みつけられた。

 身体が思う通りに動かないから、抵抗することもままならず、ただ幻魔衆の為すがままにされているしかなかった。衝撃のたびに肺が圧迫され、息が詰まる苦しさを覚えた。

 何度目かに踏みつけたとき、幻魔衆の男は足を止めた。


「もう一人の、双転の化身に伝えておけ。付双の少女の命を助けたければ、我々の異空まで来いとな。来ないのであれば、あの少女は手足と首胴をバラバラにされて殺されると思え」

「……あぅっ!」


 最後に一発、力を込めて美菜を蹴ると、幻魔衆は姿を消した。

 遠くなりゆく意識のどこかで、恵の助けを呼ぶ声を聞いたような気がした。 

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