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第9話:帝国艦隊、アルスの『お風呂遊び』に付き合う

アルスが王立学院で「飛ぶ椅子」を使った授業に勤しんでいた頃、大陸東方の軍事大国、ガリア帝国の皇帝は激怒していた。


「辺境の小童が、一万のオークを無力化し、伝説の古龍をペットにし、さらには数千年の封印を解き放ち、魔神を執事にしただと!? ふざけるな、そのような『イレギュラー(異端)』は許されん!」


ガリア帝国は、王国とは比較にならない魔導技術を持っていた。彼らが信じるのは科学と力。

 

皇帝は即座に、王都への侵攻を決定した。

 

翌日、王都の上空は、巨大な影に覆われた。

 

帝国の誇る最新鋭魔導兵器――『空中要塞艦隊フライング・フォートレス』百隻である。

 

一隻一隻が都市一つを焼き払う魔力砲を搭載し、その威容は王国全土を恐怖に陥れた。


「……父上、あれ、なんだかお空が塞がれてるよ? お日様が見えない」

 

アルスは、グランツ辺境伯と共に王都の城壁の上にいた。

 

騎士たちがガタガタと震えながら、空を見上げている。


「あれが、帝国の切り札……空中艦隊か。……我が国の魔導砲では、歯が立たない」

 

グランツは絶望的な表情で呟いた。

 

艦隊の旗艦から、帝国の総司令官が拡声魔法で叫ぶ。


「王国軍に告ぐ! 直ちに『神童』を引き渡せ! さもなくば、この王都を灰燼に帰す!」

 

その威圧的な声に、アルスは首を傾げた。


「あの人たち、すっごく怒ってるね。……あ、もしかして、僕が昨日お城におもちゃを運びすぎたから、怒ってるのかな?」

 

アルスが心配そうに呟くと、隣に控えていた執事アスタロトが恭しく進み出た。


「我が主、ご安心を。どうやら彼らは、我々の『お風呂場』に勝手に入ろうとしている、無作法な酔っ払いのようです。……お掃除の時間ですね」

 

アスタロトは、もはや魔神の面影など微塵もなく、完璧な執事の立ち振る舞いであった。


「えーと、あの船、お空飛んでて危ないよね。……そうだ! アスタくん、あれ、僕の『お風呂遊び』のボートに変えてもいい?」


「畏まりました、我が主。……では、全世界の『物理法則』と『材質設定』を一時的に上書きします」


アルスとアスタロトが、同時に指をパチンと鳴らした。


【万物創造】と【魔神の事象改変】が、規格外の連携を見せる。

 

上空の空中艦隊百隻は、一瞬にして、お風呂に浮かべるような「アヒル隊長型のおもちゃのボート」へと姿を変えた。

 

材質は、高級なひのきの風呂桶と同じ質感だ。


「な……ッ!? 我らの艦隊が、アヒルに!?」


「しかも、魔力エンジンが消えている!?」

 

浮力を失った百隻の「アヒルボート」は、ユラユラと揺れながら、一直線に王都の中心にある巨大な『聖蜜果汁ネクターの湖』へと落下していく。


「キャアアアア!!」


「浮き輪がないと溺れるぅぅぅ!」


ドッパァァァン!!


巨大な水しぶきを上げ、百隻のアヒルボートは次々と湖に着水した。

 

中から慌てて逃げ出した帝国の兵士たちは、体が勝手に「水着」へと書き換えられており、もはや戦意喪失していた。


「な、なんてことだ……。我らの誇る帝国艦隊が、一瞬で子供のオモチャに……」

 

総司令官は、自分が檜の香りのするアヒルの頭に乗っていることに気づき、白目を剥いて気絶した。

 

城壁の上では、イザベラが興奮して叫んでいた。


「師匠! 今の『物理法則の書き換え』、まさか『浮力』の概念を魔力で再定義したのですか!? 天才です! 神業ですわ!」


「えへへ、お風呂遊び、楽しそうだね!」

 

アルスは満足げに笑う。


「……息子よ。お前は今、戦争を終わらせたのだぞ?」

 

グランツ辺境伯が、遠い目をして呟いた。

 

こうして、ガリア帝国の侵攻は、アルスの「お風呂遊び」によって、あまりにも呆気なく幕を閉じた。

 

帝国兵たちは、ネクターの湖で強制的に水浴びをさせられた後、アスタロト執事によって完璧に洗濯され、故郷へと送り返された。

 

王都には「アルス様に逆らうと、裸にされて風呂桶に浮かばされる」という新たな伝説が生まれ、もはや王国に手を出そうとする国は一つもなくなった。

 

世界は、五歳の少年の無自覚な優しさによって、呆気なく平和になったのである。

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