第8話:魔神さん、アルスの巨大積み木になる
王立セント・ルミナス魔導学院の地下深くには、建国以来一度も開けられたことのない『禁忌の図書室』が存在していた。
そこには、かつて世界を闇に包もうとした「終焉の魔神」が、重重しい幾重もの結界によって封印されているという。
特別講義の最中、アルスはふと、床の下から聞こえる「トントン」という小さな音に気づいた。
「ねえ、イザベラ先生。地下室に、誰か閉じ込められてるみたいだよ? 『出してー、出してー』って、お腹空いた声がする」
「……は? 地下室……まさか、伝説の封印指定区域のことですか!? 師匠、そこは王国の存亡に関わる……」
「大丈夫、ちょっとだけ中を見てみるね! あ、鍵がかかってるなら、僕が『お散歩用』に作り替えちゃうよ!」
アルスが床をぽん、と叩いた。
瞬間、ガガガガッ! という地響きと共に、講堂の床がパズルのように組み換わり、地下深くへと続く豪華な大階段が出現した。
「なっ……何重もの神話級結界を一瞬で『リフォーム』したというの!?」
エドワード王子が腰を抜かす。生徒たちも、恐怖と好奇心に駆られてアルスの後に続いた。
最下層。そこには、赤黒い魔力を放つ巨大な棺があった。
棺の表面には、数千年前の聖者たちが命を賭して刻んだとされる『絶望の封印』が施されていたのだが――。
「うーん、この箱、トゲトゲしてて危ないね。……もっと可愛くして、中のおじさんを助けてあげよう!」
アルスが棺に手をかざす。
【万物創造】の権限が、数千年の封印を「ただの不自由な梱包材」として再定義した。
(えーと、この怖い魔法を、全部『リボン』に変えて。……中のおじさんは、すっごくお掃除が上手な、優しいお兄さんになぁれ!)
パシュゥゥゥ……ッ!
封印の魔力が、一瞬にしてピンク色のサテンリボンへと書き換わった。
そして、棺の蓋がゆっくりと開く。
溢れ出したのは、世界を滅ぼす暗黒の波動――ではなく、なぜか「ラベンダーのいい香り」だった。
「……クハハハハ! 数千年ぶりか……。ついに我が復活する時が来たのだ! この脆弱な人間界を、再び恐怖と混沌の――」
棺の中から這い出してきたのは、二本の角を持つ漆黒の美青年だった。
魔神アスタロト。かつて神々にすら恐れられた破壊の象徴である。
彼は禍々しい魔力を練り上げ、目の前の幼子に放とうとした。
「……死ね、人間――」
「あ、おじさん! 出てこれてよかったね! はい、これ、お祝いのクッキーだよ!」
アルスが、魔神の口に「ぽいっ」と、万物創造で作った特製のチョコチップクッキーを放り込んだ。
「……むぐっ!? な、何だ、この芳醇な甘みは……!? サクサクとした食感の後に、舌の上でとろけるカカオの……っ! 美味い、美味すぎるぞぉぉ!!」
魔神は、自分の暗黒魔法を霧散させ、ボロボロと涙を流してクッキーを咀嚼した。
アルスはニコニコしながら、魔神の角に「よしよし」と手を置いた。
「おじさん、お洋服がボロボロだよ? 僕、もっとかっこいいのにしてあげる。……えいっ!」
光が爆発した。
魔神が纏っていた不吉な黒衣は、一瞬にして、一点の曇りもない最高級の「燕尾服」へと書き換えられた。
さらに、アルスは魔神の深層意識にある『破壊本能』を、勝手に『究極の奉仕精神』へとデバッグしてしまった。
「……あ、あれ? 我は何を……。……はっ! 大変失礼いたしました、アルス様!」
魔神アスタロトは、その場で流麗な動作で跪き、アルスの小さな手を取って、恭しく甲にキスをした。
「我が主、アルス様。数千年の眠りの後、ようやく真の主に出会えた喜びで、魂が震えております。……今日より、このアスタロト、あなたの影となり、庭のお掃除から世界の管理まで、完璧にこなしてみせましょう」
「わあ、お掃除のお兄さんだ! よろしくね、アスタくん!」
「アスタ……。素晴らしい愛称です、我が主。……さて、そこにいらっしゃる若輩者の方々。主の講義の邪魔です。今すぐ廊下をお掃除なさい」
アスタロトが指を鳴らすと、エドワード王子や生徒たちの手に、勝手に『自動洗浄機能付きのモップ』が出現した。
「……ま、魔神が執事に!? しかも、私の魔力より高いモップを装備させられた!?」
イザベラが白目を剥いて卒倒した。
「あはは、みんなでお掃除だね! アスタくん、お掃除が終わったら、みんなで地下室を『おもちゃ箱』に変えて遊ぼうよ!」
「畏まりました、我が主。……では、この迷宮の設定を『キッズルーム』に書き換えておきますね」
魔神アスタロトは、不敵な笑みを浮かべながら、指先一つで王立学院の地下を、ふわふわのクッションと無限のお菓子が湧き出る、世界一贅沢な遊び場へと作り替えてしまった。
かつての破壊神は、今やアルスの「着せ替え人形兼、最強の家事手伝い」として、王都の新たな伝説を刻み始めることになった。




