第7話:五歳の講師、学院の常識を『創造』し直す
ルーフェウス辺境伯邸に届けられた一通の親書。それは国王直筆の「招待状」であった。
内容は、アルス・ルーフェウスを王国最高峰の教育機関『王立セント・ルミナス魔導学院』の特別名誉講師として迎えたい、という前代未聞の要請だった。
「……講師、ですか。五歳のアルスが?」
父グランツが、額を押さえながら溜息をつく。
「当然ですわ、辺境伯! 師匠の深淵なる叡智を、王都の若輩者たちにもお裾分けすべきなのです!」
イザベラが興奮気味に身を乗り出す。彼女はすでに「師匠の筆頭助手」として同行する気満々だ。
「えー、先生になるの? 僕、お友達と遊びたいだけなんだけどなぁ」
アルスは、シロ(ドラゴン)の背中の上で、昨日創造した「空飛ぶ綿菓子」をもぐもぐと食べていた。
数日後。王都にある魔導学院の正門前。
そこには、国内から集まった選りすぐりのエリート生徒たちが、不満げな表情で列をなしていた。
「……信じられん。今日の特別講義、講師は五歳の子供だと?」
「辺境伯のバカ息子だろう。親の七光りで講師の肩書きを買ったに違いない」
「第一騎士団のカイル副団長が、その子供にキャンディを食わされて泣いて帰ったという噂だ。……正気か?」
生徒たちの中心にいるのは、王国の第一王子であり、学院始まって以来の天才と称されるエドワード王子だった。
彼は冷ややかな瞳で、校門に入ってきた一台の馬車を見つめていた。
馬車から降り立ったのは、愛らしい幼子のアルス。そして、その背後から「王国最強」のイザベラが、まるで護衛騎士のような鋭い眼光で現れた。
「……イザベラ魔導師長!? なぜあなたが、あんな子供の荷物持ちを!?」
生徒たちに激震が走る。
講堂の演壇に立ったアルスは、踏み台に乗って、ようやく生徒たちの顔が見える高さになった。
「えーと、みなさん、はじめまして! アルスです。今日は、魔法について一緒に『お勉強』しに来ました!」
「……ふん、お勉強だと?」
エドワード王子が、最前列で立ち上がった。
「アルス君。ここは遊び場ではない。我々が求めているのは、実戦に即した高位魔法の理論だ。積み木の積み方を教わる時間はないのだよ」
「つみき? ……あ、魔法って積み木に似てるよね! バラバラのピースを組み合わせて、形を作るんだもん!」
アルスは嬉しそうに手を叩いた。
「……皮肉も通じないか。よろしい、ならば証明したまえ。我々が十年かけても到達できない『第八階梯』の極大魔法。君ならどう『創造』する?」
エドワードが杖を掲げると、講堂の空気が震え、幾重にも重なる魔法陣が展開された。
それは『獄炎の審判』。発動すれば講堂ごと焼き尽くしかねない、未完成の禁忌魔法だ。
「……これが、僕の限界だ。君に、これ以上のものが作れるのかい?」
エドワードの額に汗がにじむ。周囲の生徒たちは、その圧倒的な魔力の圧力に息を呑んだ。
だが、アルスは「うーん」と首を傾げた。
「あのね、王子様。それ、ちょっと『形』が歪んでるよ? ピースの角がぶつかって、魔力さんが痛がってる」
「……何だと?」
「えーと、こうして……ここをキュッてして。……あ、お空の星さんみたいにキラキラさせた方が可愛いよね!」
アルスが、ぽてっとした小さな指を、エドワードが展開した巨大な魔法陣に差し入れた。
彼にとって、他人の魔法は「書きかけの汚い図面」に過ぎない。
(えーと、この燃えるエネルギーを、もっと……優しくして。……あ、そうだ! キラキラ光る、冷たくない『お星様の噴水』になぁれ!)
アルスの【万物創造】が、エドワードの魔力を根底から「最適化」し、再定義する。
パリンッ、という綺麗な音が響いた。
次の瞬間、講堂を焼き尽くそうとしていた獄炎の魔法陣は、一瞬で「透き通るような青い結晶の魔法陣」へと書き換わった。
そして、そこから溢れ出したのは、熱い炎ではなく――。
幻想的な光を放つ、冷たい『星屑のシャワー』だった。
「……なっ!? 魔法陣を……他人の魔法を、手掴みで書き換えた……!?」
イザベラでさえ、その光景に目を見開く。
「わあ、綺麗だね! 王子様、これなら熱くないし、夜のお散歩にも便利だよ!」
アルスが笑うと、天井から降り注ぐ星屑が、生徒たちの肩に優しく降り積もった。
その光に触れた生徒たちは、一瞬で魔力が全回復し、心身の疲れが消え去るのを感じた。
「……私の……私の全魔力を込めた『審判』が、ただのイルミネーションに……?」
エドワード王子は、膝から崩れ落ちた。
プライドも、理論も、血の滲むような努力も。
目の前の五歳児の「可愛いよね」という一言で、すべてが過去の遺物に変わってしまった。
「師匠……! 今の事象変換、まさか『魔力のベクトル』そのものを反転させたのですか!? メモです、全生徒、今のをメモしなさい!!」
イザベラが興奮して叫ぶが、生徒たちはペンを握ることすら忘れて呆然としていた。
「ねえ、次はみんなで『空飛ぶ椅子』を作ってみようよ! そっちの方が、お教室の移動も楽ちんだよね?」
アルスが指を鳴らした瞬間、講堂にある数百脚の椅子が、一斉にバタバタと小さな羽を生やして空に舞い上がった。
「うわあああ!? 椅子が……椅子が勝手に飛んでいる!?」
「助けてくれ、どこへ連れて行くんだ!」
「あはは、鬼ごっこだね! 捕まえたら、お菓子のメダルをあげるよ!」
王国のエリート教育の場は、一瞬にして「五歳児の遊び場」へと変貌した。
だが、その混沌とした遊びの中に、現代魔法学が千年以上かけても到達できなかった「真理」が散りばめられていることに、エドワード王子だけが気づき、震えながら涙を流していた。
「……負けた。……いや、そもそも戦いの土俵にすら上がっていなかった。……アルス様、私を……私を、一番末席の弟子にしてください……!」
「ええっ!? 王子様まで変なこと言わないでよー!」
アルスの王都学院編は、初日から「エリート全員のプライド崩壊」と「椅子の反乱」という大騒動から幕を開けたのであった。




