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第6話:アルス、王都からのスカウトを『無自覚』に撃退する

黄金の雨が降り注ぎ、伝説の古龍が庭先で昼寝をするようになったルーフェウス辺境伯領。その異常事態は、ついに王都の「欲深い連中」を本格的に動かしてしまった。

 

ある日の午後。邸宅の門前に、仰々しいファンファーレと共に、白銀の鎧に身を包んだ集団が現れた。

 

王国最強を自負する『第一白金騎士団』。その先頭に立つのは、王都の有力貴族の次男坊であり、若くして副団長に昇進したカイル・フォン・ゼーレであった。


「グランツ辺境伯! 国王陛下の勅命である! その『神童』を直ちに王都へ連行……失礼、徴用しに参った!」

 

カイルは馬に乗ったまま、出迎えたグランツを見下ろした。その背後には、最新鋭の魔導重装歩兵が百名。さらには、無理やり魔力を絞り出す『強制魔力抽出機』を積んだ荷車まで引き連れている。


「……カイル殿。息子はまだ五歳だ。兵器のように扱うなど、親として承服しかねる。陛下も、そのような野蛮なことは望んでおられないはずだ」


「黙れ、辺境の田舎貴族が! この子供が持つ『創造』の力は、王国の軍事バランスを根底から覆す。これは国家の財産なのだ。拒否権などない!」


カイルが鞭を鳴らしたその時。

 

庭の隅で、ドラゴン(シロ)の尻尾を枕にしてお昼寝をしていたアルスが、目をこすりながら起き上がった。


「……ふあぁ。なんだか、お外がうるさいなぁ。シロちゃん、あのおじさんたち、誰?」


「……マスター。あれ、とても『バグ』の匂いがする。我、一口で食べていい?」


シロが巨大な頭をもたげ、黄金の瞳で騎士団を睨みつける。その圧倒的なプレッシャーに、並の馬なら泡を吹いて倒れるはずだが、カイルは懐から黒い水晶を取り出した。


「ふん、古龍か! だが、この王都秘蔵の『隷属の魔石』があれば、貴様などただのトカゲよ!」


カイルが魔石を発動させようとした瞬間。

 

アルスがトコトコと歩み寄ってきた。


「あ、その石、真っ黒で汚れちゃってるね。おじさん、そんなの持ってたらお手々が汚れちゃうよ?」


「……あ? 何を言って――」

 

アルスが、カイルの持つ魔石に「ぽてっ」と手を触れた。

 

彼にとって、呪いや隷属の魔力は、ただの「汚れたデータ」に過ぎない。


(えーと、この黒いのを、もっとキラキラさせて……あ、そうだ。最近、美味しいお菓子が足りないから、これ、キャンディになぁれ!)


パシュッ、という可愛い音がした。

 

次の瞬間、カイルが「最強の拘束具」として誇っていた魔石は、ピンク色の苺味の巨大なロリポップキャンディへと変質した。


「……は?」


「はい、おじさん! これ、あげるね! 甘くて美味しいよ!」


カイルは、自分が掲げていたのが「キャンディ」であることに気づき、顔を真っ赤にした。


「な、ななな、何をふざけた真似を……! 貴様、私の魔石をどうした!? ええい、構わん! 力ずくで連れて行くぞ! 全軍、突撃――」


「――動かないでくださる?」


冷徹な声が響き、カイルの喉元に鋭い氷の刃が突きつけられた。

 

いつの間にか現れたイザベラが、怒りで髪を逆立てて立っていた。


「私の……いえ、王国の至宝であるアルス師匠を、その汚い手で触ろうなどと。……万死に値しますわよ、カイル様」


「い、イザベラ殿!? なぜあなたがこんな辺境に……ッ!?」


「師匠に魔法の真理を教わっている最中なのです。邪魔をしないでいただけます? 今、私は『無限の魔力供給理論』の第三章を学んでいるところなのですから!」


イザベラが指を鳴らすと、百名の重装歩兵の鎧が、一瞬にして「花のドレス」へと書き換えられた。


アルスの影響で、彼女の魔法も「事象改変」の領域に足を踏み入れつつあった。


「な、なんだこの服は!? 重くない……というか、ひらひらする!?」


「うわぁ、いい匂いがするぞ!」


屈強な男たちが、ピンクや白のフリルに包まれ、手には剣の代わりに花の杖を持たされている。その光景は、もはや喜劇であった。


「……あはは、みんな可愛いね! イザベラ先生、お花がいっぱいだね!」

 

アルスは無邪気に笑いながら、カイルの馬の足元を「万物創造」で柔らかいマシュマロの地面に変えた。


「おじさんの馬さんも、疲れちゃうから、ここで休憩してね!」


ズボッ、と馬の足が甘いマシュマロに埋まり、カイルは無様に落馬した。


口の中には、先ほどのロリポップキャンディが突っ込まれる。


「……むぐっ!?(甘い! 悔しいがめちゃくちゃ美味い!)」


カイルは地面に転がりながら、涙目でキャンディを噛み砕いた。

 

武力も、魔力も、権力も。

 

アルスの「無邪気な優しさ(という名の圧倒的チート)」の前では、すべてが砂上の楼閣のように崩れ去っていく。


「カイル殿。……見ての通りだ。息子を連れて行くのは、諦めてもらおうか。……これ以上やると、シロ(ドラゴン)が本当に君を『おやつ』だと思い始める」


グランツが、呆れたようにカイルを見下ろした。

 

シロが「ゴクリ」と喉を鳴らす音が、辺りに不気味に響く。


「お、覚えておれ……! こんな屈辱……必ず……もぐもぐ……美味い……もぐもぐ……!」

 

捨て台詞を吐きながら、カイルと「ドレス姿の騎士団」は、尻尾を巻いて王都へと逃げ帰っていった。


「あー、行っちゃった。……おじさん、キャンディ気に入ってくれたかなぁ?」

 

アルスは満足げに、シロの背中の上に再び登った。


イザベラはその様子を敬虔な眼差しで見つめ、メモを取る。


「さすが師匠……。物理的な勝利ではなく、概念的な敗北を味合わせるとは。……『キャンディによる精神屈服』……メモ、メモですわ!」


「だから、ただのプレゼントだよー!」


アルスの意図とは裏腹に、王都には「ルーフェウスの神童に逆らうと、尊厳を粉々に破壊され、一生甘いものの虜にされる」という、恐ろしい伝説が刻まれることになった。

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