第3話:宮廷魔導師、アルスに弟子入り(?)する
オークの一万という大軍勢が、謎の「お花畑」によって無力化されたという報せは、早馬によって王都へと届けられた。
当然、国王をはじめとする重鎮たちは色めき立った。
「ルーフェウス辺境伯領に、伝説の聖者が現れたというのは真か?」
「いや、あれは神話級の結界魔法だ。五歳の子供が放ったなど、何かの間違いだろう」
疑念を抱いた王宮が派遣したのは、王国随一の気難し屋として知られる宮廷魔導師長、イザベラ・フォン・カストールであった。
彼女は二十代という若さで第七階梯までの魔法を極めた天才であり、同時に「理屈に合わない魔法」を何よりも嫌う合理主義者である。
豪華な馬車に揺られ、ルーフェウス邸に到着したイザベラは、出迎えたグランツ辺境伯に対し、挨拶もそこそこに言い放った。
「辺境伯、おふざけはやめていただきたい。オークの一万を花に変える? そんな事象の改変、神にしか不可能です。……その『神童』とやらをここに。私の魔力測定器で、その化けの皮を剥いで差し上げます」
「……イザベラ殿、言葉を慎んでいただきたい。息子は、ただの素直な子供なのだ」
グランツが苦笑いしながら案内した先は、屋敷の裏庭だった。
そこには、地面に座り込んで泥遊びをしている五歳の少年、アルスがいた。
「アルス、お客様だよ。王都から魔法の先生がいらしたんだ」
「あ、こんにちは! アルスです。魔法の先生? わあ、すごい!」
アルスはキラキラとした瞳でイザベラを見上げた。
イザベラはその無邪気な笑顔に一瞬毒気を抜かれそうになったが、すぐに鼻を鳴らした。
「ふん、魔力感応は……極めて微弱。どこにでもいる平凡な子供ではありませんか。おい、坊や。君がオークの森を花畑に変えたというのは本当か?」
「えーと、あの子たち、お腹が空いてたみたいだから……お花の種をあげただけだよ?」
「種をあげた? ……ハッ、やはり。何か植物魔法の触媒でも使ったのでしょう。いいですか、坊や。本物の『魔法』というものを見せてあげましょう」
イザベラは自慢の杖を掲げた。
彼女が練り上げたのは、最高級の攻撃魔法『ライトニング・ジャッジメント』。
空に小さな雷雲を呼び出し、正確に庭の枯れ木を撃ち抜く。
バリバリッ! という轟音と共に、枯れ木が一瞬で炭化した。
周囲の騎士たちが「おお……!」と感嘆の声を上げる。
「これが、世界の理を理解した者が放つ『本物』です。君のやっているお遊びとは次元が違うのですよ」
得意げなイザベラに対し、アルスはパチパチと拍手をした。
「すごい! 空からピカピカ光るのが落ちてきた! ……でも、先生。あの木、熱そうで可哀想だよ」
「可哀想? 魔法とは破壊の術でもあるのです。……なっ!?」
イザベラの言葉が止まった。
アルスが炭になった木に、そっと手を触れたからだ。
「よしよし、痛いの飛んでいけー。……ついでに、もっとキラキラになぁれ!」
アルスが【万物創造】を無意識に発動させる。
彼にとって、炭になった炭素構造を組み替えるのは、粘土細工の形を変えるより簡単だった。
一瞬だった。
真っ黒だった炭の塊が、虹色の光を放ち始めた。
炭素が再結合し、極限まで圧縮され――。
「……だ、ダイヤモンド!? しかも、この大きさ……何カラットあるというの!?」
そこには、炭になった木と同じ形の、巨大な『虹色の宝石樹』がそびえ立っていた。
太陽の光を反射し、庭全体を幻想的な虹色で染め上げる。
「えへへ、綺麗でしょ? これなら熱くないし、夜も明るいよね!」
「な……ななな……ッ!!」
イザベラは、持っていた杖を地面に落とした。
彼女の腰にある『魔力測定器』が、ガチガチと音を立てて限界を超え、そのまま火を噴いて爆発した。
「事象の改変……! 物質の根源的な変質……! しかも、呪文も陣も、魔力の予兆すらなく……!? あ、ありえない……こんなの、魔法の歴史を根本から否定しているわ……!」
イザベラは膝から崩れ落ちた。
彼女が一生をかけて積み上げてきた魔法の理論が、五歳の子供の「よしよし」という一言で粉々に打ち砕かれたのだ。
アルスは心配そうにイザベラに駆け寄った。
「先生、大丈夫? あ、その機械、壊れちゃったね。僕が直してあげるよ」
アルスが爆発した魔力測定器を手に取った。
バラバラになった歯車や水晶の破片。
「えーと、これをもっと……便利に、壊れないように……えいっ!」
光が収束する。
アルスの手の中に現れたのは、元の測定器とは似ても似つかない、スマホのような形状をした薄型の板だった。
「はい、どうぞ! これなら落としても壊れないし、お歌も歌えるようにしておいたよ!」
受け取ったイザベラが、震える指でその板に触れる。
板からは、神界の音楽のような清らかな調べが流れ、同時に画面にはイザベラの魔力が『測定不能(無限)』という文字と共に表示された。
「……あ……ああ……」
イザベラは、アルスの足元に額を擦り付けた。
宮廷魔導師長のプライドなど、もはや一片も残っていない。
「……アルス様。いえ、師匠……。どうか、愚かな私に、世界の真理を教えてください……! 私が今まで学んできたのは、魔法ではなく、ただの砂遊びでした……!」
「ええっ!? 師匠!? 先生、変なこと言わないでよー!」
アルスは困り顔で笑うが、イザベラはもう離れるつもりはないようだった。
傍で見ていたバルドが、誇らしげに胸を張る。
「はっはっは! イザベラ殿、お気持ちは分かりますぞ! 坊ちゃまの御業は、一度見れば人生観が変わりますからな!」
父グランツは、頭を抱えていた。
「……イザベラ殿、あなたは王宮の重要人物だ。そんな風に息子に縋り付かれては困るのだが……」
王宮最強の魔導師を、一瞬で「不登校の弟子」に変えてしまったアルス。
本人はただ、綺麗な木を作って喜んでもらいたかっただけなのだが、その無自覚なチートは、王国のパワー
バランスを劇的に書き換え始めていた。
「ねえ、お歌聴きながらおやつ食べようよ! イザベラ先生!」
「はい、師匠! おやつを創造する際の手順を、ぜひ一万文字程度でご教授ください!!」
「だから、お菓子は作るものだよー!」
アルスの賑やかな日常は、ますます加速していく。




