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第19話:神様、アルスの『肩叩き』で隠居を決意する

 空に干された三千枚の天使の羽毛布団。その巨大な「物干し竿」と化したシャットダウン・バーの向こう側から、ついに「その御方」は現れた。

 黄金の法衣を纏い、宇宙の真理を瞳に宿した、巨大な人の形をした光。

 この世界をプログラムし、管理し続けてきた唯一絶対の存在――『メインフレーム・ゴッド』である。

「アルス・ルーフェウス……。汝、我が管理する物理演算エンジンを勝手に書き換え、あまつさえ最終消去命令を家事道具に転用するとは……もはや言語道断。規約違反(BAN)という言葉すら生温いわ!!」

 神の怒声が響くたび、時空がピキピキと音を立てて軋む。

 父グランツは、神の後光を浴びただけで「ああ、もうダメだ」と、悟りを開いたような顔でその場に崩れ落ちた。イザベラもエドワード王子も、神の圧倒的な存在(情報量)を前に、意識を保つのが精一杯だった。

「……アスタロト。あれ、どうしようか? すごく怒ってるみたいだけど」

「我が主。……あれは、全宇宙の根源データそのもの。……私の魔力など、奴の一呼吸で初期化リセットされます。……ですが」

 アスタロトは、主人の横顔を見て、不敵に微笑んだ。

「今のあなたなら、あの『神様』という名のバグまみれのシステム、直せるのではありませんか?」

「えー、おじさん、バグってるの? ……あ、本当だ。おじさんの肩のあたり、真っ黒なモヤモヤが固まってる。……これじゃ、怒りっぽくなるのも当たり前だね!」

 アルスの目には、降臨した神の「肩こり」が見えていた。

 数万年もの間、ブラック企業並みの過密スケジュールで世界のバランスを取り続け、バグの発生にイライラし、アルスの規格外な行動によってついにストレスが限界に達した神の「疲労データ」である。

「アルス・ルーフェウス! 聞いているのか! 今すぐその――なっ、貴様、何をしている!?」

 神が攻撃を仕掛けようとした瞬間。

 アルスは【万物創造】で空中に「ふかふかのマッサージチェア」を錬成し、神の背後に『ワープ設置』した。

「おじさん、お仕事頑張りすぎだよ。……よしよし、僕が『もみもみ』してあげるから、ちょっと座っててね!」

「なっ……我が聖域に勝手に座椅子を置くな! 私は今から汝を消滅さ――う、うわっ!?」

 アルスが神の巨大な肩に、ぽてっと手を置いた。

 その瞬間、アルスの指先から「究極の最適化デバッグ振動」が放たれた。

(えーと、このおじさんの肩にある、ガチガチに固まった『運営の疲れ』。……全部ほぐして、美味しい『綿菓子』みたいな柔らかさになぁれ!)

 パシュゥゥゥ……ッ!

 アルスの【万物創造】が、神の身体を構成する高密度エネルギーを、直接リラックス・モードへと書き換えていく。

「……あ……あああああ……ッ!?」

 神の口から、威厳のかけらもない、とろけるような声が漏れた。

「なんだ、この感触は……。我が神核コアに直接アクセスし、積もり積もった『数億年分の肩こり』を……一瞬で消去したというのか!? ……ああ、温かい……。宇宙のビッグバンよりも心地よい刺激が……我が魂を駆け巡る……」

 神は、アルスが作ったマッサージチェアに深く沈み込み、黄金の瞳をトロンとさせた。

 もはや、世界を消去しようという殺気は一滴も残っていない。

「よしよし、おじさん。……お仕事、もういいんだよ。あとは僕とシロちゃんと、みんなで楽しく遊ぼうよ。……お仕事は、僕の『お掃除ロボ(ポンくん)』たちが手伝ってくれるから!」

「……そうか。……我は、疲れていたのだな。……誰も我が苦労を分かってくれず、ただバグを消すだけの毎日に、嫌気がさしていたのだ……」

 神の目から、黄金の涙が溢れ出した。

 それは、管理責任から解放された「安堵」の雫であった。

「……アルス・ルーフェウスよ。……汝は、我さえも救うというのか。……よろしい。この世界の『管理者権限(管理者パスワード)』、すべて汝に譲渡しよう。……我は、もう疲れたのだ……」

 神は、自分の首にかけていた「宇宙のマスターキー」を外し、アルスの小さな手に握らせた。

 アルスにとっては、ただの「キラキラした綺麗なネックレス」にしか見えていなかった。

「わあ、ありがとう、おじさん! これ、かっこいいね! ……あ、おじさんもこれからお休みでしょ? 月面に僕の『別荘』があるから、そこでシロちゃんと一緒にお昼寝してきなよ!」

「……ああ。……月の民の遺跡をチョコレート城にリフォームしたという、あの別荘か。……ふふ、あそこならゆっくり眠れそうだ……」

 神は満足げに微笑むと、マッサージチェアに乗ったまま、ユラユラとお空の向こう――月へと消えていった。

 

 ……沈黙が、王都を包んだ。

 父グランツ、イザベラ、エドワード、そして数万の民衆。

 彼らは今、「自分たちの世界の神が、五歳の子供に肩を叩かれて隠居した」という、宇宙規模の歴史的瞬間を目撃したのである。

「……師匠。……ついに、神さえも『わからせ(浄化)』なさいましたか」

 イザベラが、震える手でその光景を魔導板に刻む。

「……辺境伯。……私の息子は、これからどうなってしまうんだ?」

 グランツが、もはや魂が抜けたような顔で呟いた。

「畏まりました、我が主(管理者)。……今日からは、このアスタロトが『世界の運営代行』として、より快適なサービスを提供させていただきます」

 アスタロトが不敵に微笑み、アルスから手渡された「宇宙の鍵」を使って、世界の空に浮かんでいた「シャットダウン・バー」を「今日の給食のメニュー」へと書き換えた。

 アルス・ルーフェウス。五歳。

 彼はついに、自覚のないまま「世界の新しい神」になってしまったのである。

次回明日7時更新

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