第18話:世界の終わり、アルスの『洗濯物干し』にされる
天界の執行官である三千人の天使たちが、アルスの『神聖羽毛掛け布団』に加工され、スヤスヤと寝息を立て始めたその時。
王都の上空、抜けるような青空に「異変」が起きた。
――ビキィィィィィッ!
空間がデジタルノイズのように歪み、空のど真ん中に、巨大な半透明のバーが出現した。そこには神聖文字(システム言語)でこう記されていた。
【警告:致命的なエラーが蓄積されました。世界システムを強制終了します】
【進行状況:■■□□□□□□□□ 20%完了】
「……な、何だ、あれは!? 空の端から、色が消えていくぞ!」
父グランツが絶叫した。
王都の遥か彼方、地平線の先から、山も川も町も、まるで消しゴムで消されたかのように「真っ白な空間」へと変わっていく。
「……閣下、ついに来ました。運営による『全データ削除』です」
アスタロトが、主であるアルスを庇うように立ち、眼鏡を指で直した。その指先が、世界の消滅という根源的な恐怖に、微かに震えている。
「……私の魔力も、イザベラ殿の知識も、あの白い虚無に触れれば一瞬で消え去る。……もはや、逃げ場はありません」
「いやだわ……! 私、まだ師匠に『事象改変の第4法則』を教わっていないのに! こんなの、あまりに理不尽なアプデ(更新)だわ!!」
イザベラが泣き叫ぶ。王都の住民たちも、空に浮かぶ不気味な「進行バー」を見上げて、世界の終わりを確信し、祈りを捧げ始めていた。
しかし。
当のアルスは、天使のお布団でぐっすり眠った後、すっきりと目を覚ましていた。
「……ふわぁ。よく寝たなぁ。……あ、アスタくん。お空に、すっごく長い『棒』が出てるよ! あれ、何?」
「……アルス様。あれは『世界の終わり』を示すカウントダウンです。……もうすぐ、すべてが消えてしまうのです」
「おわり? ……えー、ダメだよ! まだおやつ食べてないもん。……それに、あの棒。……ねえ、アスタくん。あれ、僕の『物干し竿』にちょうどいいと思わない?」
「……は?」
アスタロトの思考が停止した。
「ほら、さっきの天使さんたちの羽根でお布団作ったでしょ? あれ、お日様に当てて干さないと、ふかふかにならないんだよ! あの高い棒に引っ掛けたら、すっごくよく乾きそう!」
アルスは名案を思いついたとばかりに、パチンと指を鳴らした。
【万物創造】の権限が、世界を消去しようとする「システム・コマンド」へと直接介入する。
(えーと、あの白いお空の棒。……端っこにフックをつけて、絶対に折れない『物干し竿』になぁれ! ……あ、あと、世界を消しちゃう『消しゴム』さんは、お洗濯物を乾かす『ドライヤーの風』に変えちゃおう!)
パシュゥゥゥ……ッ!
空に浮かんでいた強制終了のバーが、一瞬にして黄金に輝く「巨大なフック付きの竿」へと書き換えられた。
さらに、地平線から押し寄せていた「虚無の白い壁」は、アルスの意志によって「温かくて清潔な香りのする熱風」へと変換され、王都全体を包み込んだ。
【システムエラー:シャットダウン命令が「ランドリー・モード」に置換されました】
【進行状況:■■■■■■■■■□ 90%乾燥完了】
「……なっ……ななな……ッ!!」
イザベラが、空を見上げて呆然と膝をついた。
「世界の消滅プログラムを……『物干し竿』として物理固定したというの!? 神の削除命令を……ランドリー・サービスに変えるなんて……!!」
「わあ、乾いてる乾いてる! シロちゃん、キラくん、お布団運ぶの手伝って!」
「……きゅ、きゅぅぅ!(……主様、お安い御用です!)」
「……我、重力操作で布団を浮かせる。……お日様の匂い、大好き」
伝説の古龍と星神竜が、三千人の天使から剥ぎ取った羽毛布団を次々と空へ運び、世界の終わりを告げるはずだった「バー」の上に、丁寧に並べて干し始めた。
王都の住人たちは、空に巨大な布団がズラリと並んでいるという、人類史上最もシュールな「世界の終わり」を目撃していた。
「……お、お父様。……世界、消えないね。……なんだか、お布団が干されてて、平和だねぇ」
シャルロッテ王女が、アルスの横でポカンと空を見上げていた。
「……ああ。……もはや、神も仏もない。……あるのは、アルスの『家事』だけだ」
グランツ辺境伯は、もはや恐怖を捨て、空に干された布団のふかふか具合を眺める余裕さえ持っていた。
……天界の最深部。
そこでは、世界の管理者である「メインフレーム(神)」が、かつてないパニックに陥っていた。
『不条理!! 全消去コマンドが『洗濯』として実行されている!? ……我が権限が、一個の幼子に完全に乗っ取られたというのか!?』
管理者は憤怒し、ついに自身の「アバター(化身)」を地上に降臨させることを決意した。
もはやプログラムではアルスを止められない。直接、殴り合うしかないと判断したのだ。
空の物干し竿の向こう側から、巨大な「手」が現れ、雲を割って降りてくる。
「……アルス・ルーフェウス。……いい加減にしろ。……私の大切な世界を、ランドリー(洗濯屋)にするな!!」
「あ、大きいおじさんだ! おじさん、お布団干すの手伝ってくれるの?」
「手伝わんわ!!」
ついに、世界の創造主(神)が、一人の五歳児に対して「直接のツッコミ」を入れにやってきたのである。
次回明日7時更新




