第15話:隣国の王女様、アルスの『お砂場遊び』に嫁ぐ
アルスが王都を「ピカピカタイツの庭師(元スパイ)」たちと共に花で埋め尽くした翌日。ルーフェウス辺境伯の屋敷には、バラの香水を撒き散らしたような、異様な熱気が漂っていた。
門前に並ぶのは、隣国『フローリア聖王国』の豪華絢爛な馬車列。
この国は「美と血統」を何よりも重んじる宗教国家であり、アルスが降らせた「聖蜜果汁」を神の奇跡と断定、その源泉であるアルスを「聖王家の入り婿」に迎えようと、最年少の王女を送り込んできたのだ。
「グランディア王国の至宝、アルス・ルーフェウス様。……お初にお目に掛かりますわ。私はフローリア第一王女、シャルロッテ・ド・フローリアと申します」
馬車から降り立ったのは、金髪縦ロールが眩しい、アルスより一つ年上の六歳の少女だった。
彼女は幼いながらも「完璧な淑女」としての教育を受けており、その瞳には大人顔負けの「打算」が光っていた。
(ふふん。この五歳児さえ籠絡してしまえば、我が国は永遠の繁栄を手に入れられるわ。……子供なんて、少し可愛く微笑んであげればイチコロですもの!)
シャルロッテは、ドレスの裾を摘み、完璧なカーテシーを披露した。
父グランツは、冷や汗を流しながらそれを見守る。
「……シャルロッテ王女。息子はまだ五歳。結婚や婚約など、あまりに時期尚早では――」
「あら、辺境伯。運命の出会いに年齢など関係ありませんわ。……さあ、アルス様。私と一緒に、王国の未来を『創造』いたしましょう?」
シャルロッテが、白い手袋を嵌めた手をアルスに差し出した。
だが、当のアルスは、庭の隅にある「お砂場」で、泥まみれになりながら山を作っていた。
「あ、こんにちは! お花みたいな匂いのお姉さんだ! ねえねえ、今ね、アスタくんと一緒に『お空のお城』を作ってるんだよ。お姉さんも一緒に遊ぶ?」
「……お、お砂場遊び? ……ええ、よろしいですわ。あなたの心に寄り添うのが、未来の妻の務めですもの。……ただし、泥でドレスが汚れるのは――」
「大丈夫! 汚れなんて、僕が『お掃除』しちゃうから! えいっ!」
アルスが指を鳴らした瞬間。
シャルロッテの着ていた数千万ギル相当の最高級シルクドレスは、一瞬にして、動きやすさを極限まで追求した「うさぎさんのアップリケ付きスモック(砂遊び専用)」へと書き換えられた。
「な……ッ!? 私の……私のお気に入りのドレスが、幼児服に!? 事象改変を、こんな、着せ替えごっこのように……!?」
シャルロッテは絶叫したが、アルスの【万物創造】は止まらない。
彼にとって、お砂場遊びは「世界設計」のシミュレーションなのだ。
(えーと、このお砂の山を、もっと……本物のダイヤモンドみたいにキラキラさせて。……あ、お城の周りには、美味しいチョコレートの川を流して……えいっ!)
ズズズズンッ……!
アルスが砂の城に手を触れた瞬間、庭の片隅にあったはずの砂場が、急激に膨張を始めた。
砂は一瞬にして硬度を増し、透明な「魔導クリスタル」へと変質。高さ三メートルを超える、精緻極まる『クリスタルの城』がそびえ立った。
さらに、城の周囲には、蛇口から出るよりも濃厚な「最高級ミルクチョコレート」の運河が自動生成され、甘い香りが辺りを包み込む。
「わあ、できた! シャルお姉さん、これ、僕たちの『新しいおうち』だよ! 入ってみて!」
「……は、はい? おうち……?」
シャルロッテが、吸い込まれるようにクリスタルの城の中へ足を踏み入れた。
そこは、外見からは想像もつかないほど広大な『亜空間』となっていた。
床は雲のようにふわふわで、壁からは常に最新の流行に合わせた「可愛いぬいぐるみ」がドロップされる、究極の子供部屋だ。
「……な、なんなの、ここは……。……幸せすぎて、思考が止まるわ……。……打算? 政略? そんなもの、どうでもいいわ。……私は、ここでアルス様とおままごとをして、一生を終えたい……!!」
シャルロッテ王女の瞳から、打算の光が完全に消失した。
彼女は、アルスが作った「王冠型のビスケット」を一口齧ると、そのままアルスの足元に跪き、熱烈な視線を送った。
「アルス様……! 私、分かりましたわ! 王女として国を背負うより、あなたの『遊び相手』として、このクリスタル城に住まうことこそが、私の真の幸福!
……今日から私は、あなたの筆頭遊び相手(第一正妻候補)として、忠誠を誓いますわ!」
「あはは、お姉さん、変なの! じゃあ、今日のおままごとは、お姉さんが『お掃除大臣』ね!」
「喜んで! お城の隅々まで、私の聖魔法でピカピカに磨き上げますわ!」
こうして、隣国の「最強の外交官」となるはずだった才女シャルロッテは、アルスの無自覚な「お砂場リフォーム」によって、一瞬にして「重度のアルス信者(兼・お掃除担当)」へとジョブチェンジしてしまった。
それを見ていたイザベラが、悔しそうに歯噛みする。
「ぬ、ぬかりましたわ……! あの王女、師匠の『生活圏』に、お掃除担当として入り込むなんて……! 閣下、私も今日からこのクリスタル城に住み込みますわよ!!」
「……好きにしろ。……もう、私の許可など要らんだろう……」
グランツ辺境伯は、庭にそびえ立つクリスタルの城(国家予算百個分以上の価値)を見上げながら、遠い目をして呟いた。
アルスの「おままごと」は、隣国の王女を虜にし、二国間の同盟を「遊び友達」という、鉄の結束よりも固い絆で結びつけてしまった。
しかし、その平和なクリスタル城に、一通の黒い矢が飛来した。
それは、大陸の裏側を支配する『闇の暗殺結社』からの、最初で最後の警告だった。
次回明日7時に更新




