第10話:星神竜、アルスの『遊び相手』になる
ガリア帝国の空中艦隊を「アヒルボート」に変えてお風呂遊びに興じた数日後。王都セント・ルミナスは、かつてない平和と、そして「アルス様を怒らせてはいけない」という奇妙な緊張感に包まれていた。
当の本人は、王立学院の屋上で、執事アスタロトが用意した「星型特製クッキー」をもぐもぐと食べていた。
「ねえ、アスタくん。お空のお星様って、夜になるとキラキラしてて綺麗だよね。……でも、遠すぎて触れないのがちょっと寂しいな」
「左様でございますか、我が主。……では、あのお星様を少しばかり『配置変更(ドラッグ&ドロップ)』して、お近くに呼び寄せましょうか?」
アスタロトが慇懃に頭を下げる。もはや元魔神の彼は、主人のわがままを叶えるためなら、銀河の法則すら書き換えることに躊躇いはない。
「あ、いいの!? じゃあ、一番光ってるあの子を呼んでみて!」
アルスが無邪気に、夜空で最も輝く一等星を指差した。
彼にとっては、星もまた【万物創造】の素材の一つに過ぎない。
(えーと、あのお星様。……もっとふわふわしてて、一緒に遊べる、可愛いお友達になぁれ!)
アルスが指をパチンと鳴らした瞬間。
世界の空気が一変した。
大気圏を突き抜け、宇宙の深淵から「黄金の光」が一直線に王都へと降り注いだ。
――ゴォォォォォォン!!
教会の鐘が、触れてもいないのに鳴り響く。
現れたのは、半透明の光り輝く翼を持ち、全身が星屑で構成された、全長百メートルを超える超常の存在――『星神竜・アストライア』であった。
「……愚かなる地上の生命よ。数万年の眠りを妨げ、神の座にある我を呼び出すとは、いかなる――」
星神竜の咆哮が、王都中の魔導師たちの精神を粉砕しかける。イザベラは泡を吹いて倒れそうになり、エドワード王子は腰を抜かして震えていた。
この存在は、ドラゴンの王すら平伏させる、世界の管理システムそのものに近い神格である。
「あ、きたきた! わあ、すっごくキラキラしてるね! シロちゃんよりも大きいや!」
アルスは、恐れるどころか、目を輝かせて星神竜に駆け寄った。
星神竜アストライアは、その黄金の瞳を細め、足元の幼子を凝視した。
「……貴様か。我の重力圏を無理やり書き換え、この次元に引きずり下ろしたのは。……死を以て、その無礼を償うがいい。星よ、堕ちよ!!」
星神竜が翼を広げ、真昼のような輝きと共に、王都を一撃で消滅させる規模の『星核爆発』を練り上げた。
「……あ、危ない!」
イザベラが叫ぶ。だが、アルスはちっとも怖くなかった。
(えーと、この光ってるボール。……熱いのは困るから、冷たくて美味しい『バニラアイス』になぁれ!)
パシュッ。
星神竜が放とうとした絶滅のエネルギーは、アルスの【万物創造】によって、一瞬にして直径十メートルの巨大な「ソフトクリームの塊」へと変質した。
「……は?」
「はい、シロちゃん、アスタくん! みんなで食べよう!」
アルスが指を鳴らすと、空中に巨大なスプーンが出現し、星神竜の『全力魔法』だったはずのアイスを掬い取った。
「……なっ……我の神威を、乳製品に変えたというのか!? あ、ありえん……そんなデタラメな権限、創造神様でも持っていないはず……!」
星神竜は戦慄した。
自分の存在基盤である「星の魔力」が、この子供の手のひらで、あまりにも容易に「お菓子」へと書き換えられていく。
「お星様、怒らないで。君、一人ぼっちで寂しかったんでしょ? 僕、もっと楽しくしてあげるね。……よしよし、いい子だね!」
アルスが星神竜の、実体のないはずの光の首筋に触れた。
彼にとって、神格もまた「よしよし」されるべき、寂しがり屋のデータに過ぎない。
(えーと、このトゲトゲした鱗を、もっと柔らかい……ぬいぐるみみたいにして。……あ、お話ももっと楽しくできるように、ちっちゃくなっちゃえ!)
光が収束する。
巨大だった星神竜は、一瞬にして、手のひらに乗るサイズの「光り輝くハムスターのような生き物」へと姿を変えた。
しかも、背中には可愛い天使の羽が生えている。
「……きゅ、きゅぅ……?(我が……こんなに愛らしい姿に……?)」
「わあ、可愛い! 今日から君は『キラくん』ね! 僕と一緒に、おやつ食べよう!」
「……きゅ、きゅぅぅ……(……温かい。数万年、誰も我の核に触れる者はいなかったが……。……主様、好き。もう宇宙に帰りたくない……)」
世界の破壊者となるはずだった星神竜は、アルスの胸の中に飛び込み、幸せそうに頬を擦り寄せた。
その光景を見ていたイザベラ、エドワード、そして背後に控えていた騎士たちは、もはや驚く気力さえなく、ただ揃って拝むように跪いた。
「……辺境伯。……息子さんは、もう『神童』という枠を超えてしまいましたな」
バルドが、遠い目をして呟いた。
「……ああ。……あの子が『お星様とお散歩したい』と言い出したら、明日には太陽が二つになっているかもしれん」
父グランツは、もはや悟りの境地に達していた。
こうして、王立学院の特別講義編は、伝説の魔神を執事にし、星神竜をペットにするという、人類史上空前絶後の結末で幕を閉じた。
アルス・ルーフェウス。五歳。
本人はただ、毎日を楽しく過ごしたいだけなのだが、その無自覚な一歩ごとに、世界の常識は音を立てて崩れ、新しい「平和な理」へと書き換えられていく。
「ねえ、父上、アスタくん! 明日はみんなで、お月様にお団子を食べに行こうよ!」
「畏まりました、我が主。……月までの『階段(天の梯子)』、今すぐ錬成いたしましょう」
アルスの物語は、まだ始まったばかりである。
次はどんな「お友達」が、彼の無邪気なチートの餌食……いや、救済を受けることになるのだろうか。




