表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
次の勇者を召喚します。  作者: P4rn0s


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/8

回復の勇者

目を開けた瞬間、光の中にいた。


白く、境界のない空間。

上下も距離もなく、ただ意識だけが浮かんでいる。


声が、直接思考に流れ込んでくる。


『異世界転移を開始する』

『能力を選択してください』


意味は、最初から理解できた。

言葉として聞いているわけではない。

理解そのものを、押し込まれている。


視界に、文字が浮かぶ。


剣。

魔法。

強化。

回復。

耐性。


どれも見覚えのある言葉だった。

ゲームでも、漫画でも、何度も見た選択肢。


一瞬、迷う。


攻撃手段がないと、生き残れない。

だが同時に、思った。


生きていれば、やり直せる。

死ななければ、次がある。


《回復》


説明は短い。


負傷や状態異常を治癒する。


地味だ。

派手さはない。

だが、確実に役に立つ。


最悪、自分を治せばいい。

逃げることもできる。


他に選ぶほどの時間はなかった。


『能力を確定します』


光が、裏返った。


石の床に立っていた。


高い天井。

壁に垂れ下がる旗。

正面の玉座。


人影が見える。

誰かが話している。


音は聞こえる。

だが、意味がない。


異世界だと理解するより先に、違和感が来た。


言葉が、分からない。


細長い水晶が差し出される。


反射的に触れた。


その瞬間、音が意味を持つ。


「……言葉は通じるか?」


「はい」


自分の声が、はっきりと返る。


説明が続く。

魔王。

討伐。

帰還。


頭では聞いているが、心は別のところにあった。


生き延びられるか。

それだけを考えていた。


水晶が、改めて差し出される。


触れた瞬間、身体の奥がわずかに引き抜かれる感覚がした。


水晶は、かすかに光っただけだった。


最低起動量は満たしている。

それ以上でも、それ以下でもない。


王は玉座に身を預けたまま、退屈そうに尋ねる。


「能力は?」


男は水晶に触れ、言葉が意味を持つのを待ってから答えた。


「……回復です」


ざわめきが起こる。


「回復?」

「攻撃できんのか」


男は首を振った。


「治せるだけです」


王は小さく息を吐いた。


「どの程度だ」


男が答える前に、兵士が一歩前に出た。


短剣が、ためらいなく振り下ろされる。


痛みが来るより先に、血が落ちた。


「っ……!」


反射的に腕を引く。

赤い筋が、床に落ちる。


「治せ」


命令だった。


拒否という選択肢が存在しない声。


男は震える手で、傷口に触れた。


回復。


熱とも冷たさとも違う感覚が広がり、

裂けた皮膚が、ゆっくりと塞がっていく。


遅い。

目で追えるほど、はっきりと分かる速度だった。


王は理解した。

戦場では使えない。

魔王相手では論外。


処刑の言葉が出る前に、男は察した。


ここに、居てはいけない。


一瞬、玉座の背後にある高窓が視界に入る。

風が揺らす布。

開いている。


男は走った。


兵士が叫ぶより早く、窓を飛び越える。


高い。

骨が砕ける音がした。


だが、死ななかった。


地面に転がりながら、男は必死に手を当てる。


回復。

遅く、弱く、それでも確かに働く。


城の中は、静まり返っていた。


兵士たちが王を見る。


「追いますか?」


王は、窓の向こうを一瞥しただけだった。


「放っておけ」


「しかし……」


「どうせ王都の住民が殺す」


淡々とした声だった。


「勇者以外は殺してよい。そう布告してある」

「回復しかできぬ人間が、あの街で生き残れるはずがない」


王は興味を失ったように、視線を戻す。


「次の準備をしろ」


窓の外では、男が血まみれで立ち上がっていた。


足を引きずりながら、

それでも、歩いていた。


その背中を、王はもう見ていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ