言語理解の勇者
目を開けた瞬間、世界が引き延ばされたように歪んだ。
足元はなく、上下の感覚もない。身体は確かに存在しているはずなのに、どこにも触れていない。白でも黒でもない光が、視界のすべてを満たしていた。
『時間は二十秒』
声がした。
男とも女ともつかない、感情の温度が存在しない声だった。
『これから君は異世界へ転移する。その際、能力を選んでもらう。最大三つまでだ』
異世界。
能力。
聞き慣れた単語に、思考が追いつくより先に鼓動が早くなる。
なろう小説。
テンプレ。
勇者召喚。
理解するのに、時間はかからなかった。
二十秒という制限がなければ。
『選ばなければ、能力なしで転移することになる』
それは死刑宣告と同義だと、直感的に分かった。
焦りの中で、男は考える。
戦闘能力。
チート。
即戦力。
だが、同時に思った。
まずは会話だ。
言葉が分からなければ、何も始まらない。
一つ目を選ぶ。
言語理解能力。
世界中のあらゆる言語を理解できる能力。
交渉も情報収集も、これがなければ始まらない。
次に、攻撃手段。
念力。
触れずに物を動かせる。応用範囲は広い。
最後。
逃げ道が必要だ。
瞬間移動。
位置さえ分かれば、どこへでも。
三つ。
ちょうど三つ。
『選択を確認』
声が告げた瞬間、視界が反転した。
重力が戻り、足が床を踏む。
石造りの広間。
天井は高く、壁には旗。
正面には玉座。
王の間だった。
「……言葉は分かるか?」
王冠を被った男が、確かめるように言った。
分かる。
意味も、ニュアンスも。
「分かります。」
即答すると、周囲がわずかにざわめいた。
側に立っていた男が一歩前に出る。
「あなたは異世界より召喚された勇者です。魔王を討伐すれば、元の世界へ帰ることができます。」
テンプレ通りの説明だった。
帰れる。
元の世界に。
その言葉だけで、胸の奥が少し軽くなる。
悪くない。
いや、むしろ当たりだ。
そう思った瞬間、細長い水晶が差し出された。
「こちらに手をかざし、魔力を込めてください。」
ランク測定。
ステータスチェック。
これもよくある展開だ。
男は疑いなく、水晶に手を伸ばした。
触れた瞬間、体の奥から何かが引きずり出される感覚がした。
熱でも冷たさでもない。
生命そのものを削られているような感覚。
水晶が淡く光る。
吸われている。
魔力が。
思ったより、長い。
だが、やがて吸収は止まった。
男は息を整え、王を見た。
「……俺は、どのランクなんですか?」
その言葉を最後まで言い切る前に。
視界が傾いた。
音が遅れてやってくる。
肉が断たれる音。
床に落ちる感覚。
首が、落ちたのだと理解するより先に、意識が暗転した。
「……あぁ」
王の声が、遠くで響く。
「またハズレだ。」
誰かが水晶を回収する気配がする。
「次の勇者を召喚したまえ。」




