人の話を聞け
陛下はとがめるでもなく小さくため息をつく。
「配下からも聞いたと思うが、それはできぬ」
陛下は目配せをすると、謁見室から人が出て行った。
これは、人に聞かれてはまずい話をするということだろうか。残ったのは陛下と師匠と私と陛下の側近が3名。
「はっ。人払いとは、英雄に合わせられないそれなりの理由を聞かせてもらえるんだろうね?」
陛下は30代後半で自信家で野心家だと聞いている。
北の戦線での勝利でさらに自信をつけ、隣国へ戦略戦争をしようとしているとエディが言っていたが……。
もしかして、すでに隣国に向けて英雄は旅立っているとか?北で勝利に導いた英雄の人並外れた戦闘能力があるからこそ、陛下も野心を抱いているとも誰かが言っていたし……。
「英雄はいないんんだ。だから会わせたくとも会わせようがない」
「英雄がいないじゃと?死んだのか?」
陛下はすぐさま否定した。
「いや。姿を消した」
姿を消した?
「どうして?」
「分からぬ。褒賞に不満があったのかもしれぬ。娘との結婚を許すと言ったのじゃがいらぬと断られた。金も通常の何倍も用意したがそれも断られた。結婚はしたくない、金はたくさんあっても仕方がないと。ならばと、新しく公爵位を作り、領地も用意した。このうわさが届けば戻ってくるだろう」
本当に戻ってくるのだろうか。
エディも言っていたじゃないか。侵略戦争などまっぴらだと。
英雄だって、国民を守るために戦うことはできても、陛下の野望に力を貸したくないと思っていたのかもしれない。
なら、どんなにお金を詰まれようが高い地位が約束されようが、絶対に戻ってなど来ないのでは?
……クリス……じゃないシャルムは「息子を亡くした父親がジャンを世継ぎにと欲した」と言っていたけれど。
もしかして、英雄はジャンのことにかかわってないの?
「悠長に待ってられないんだよ。この子の息子が攫われた。犯人は英雄にかかわる人間だって証言があるんじゃ」
アイシャさんの言葉に陛下が顔をゆがめた。
「英雄の関係者が人さらいだと?聞き捨てならん言葉だな。その女の虚言じゃないのか?」
アイシャさんが箒の柄を陛下に向ける。
「証言者はギルドで預かっておる。そちらこそ、英雄をかばいだてしておるだけじゃあるまいな」
側近の一人が顔を赤くして怒鳴った。
「失礼だぞ!ちょっと名の知れた冒険者だからと言って、陛下とお会いできるだけでもありがたく思え」
「陛下、もうこのような下賤な者たちを相手にする必要はありません」
側近の言葉に、陛下は渋い顔をしたまま静止するように軽く手を挙げた。
「宰相補佐を呼んで来い」
宰相補佐と呼ばれる男が現れた。
「英雄の父親だ。公爵家にあらぬ疑いを持ったままでは、変な噂を流されても困るからな」
ジャンと……同じ髪の色の壮年の男が現れた。
ジャンの祖父と言われて完全に否定することもできない!
「ジャンを……!息子を返して!」
つかみかかりたい気持ちを抑えて、男に訴える。
本来は勝手に口を開くなど持っての他だとはわかっている。陛下の前だ。不敬だと断罪されても仕方がない行為だと分かっている。わかっているけれど、抑えることができなかった。
「息子……?」
公爵が顔を傾げた。
「孫の母親だと言うのか?どこで聞いたか知らないが、母親は死んだと聞いているが?」
「クリス……いやシャルムが……また嘘を……」
「証拠はあるのか?大方金目当てで母親を名乗っているだけだろう」
さげすむような目で公爵が私を見た。
陛下が口をはさんだ。
「何の話をしている?」
「まだ息子に確認はとっていないんですが、孫が見つかったんですよ」
「息子というのは英雄……のか?子供がいたのか?」
「そう。息子が戦地に行っている間に生まれたらしく息子も知らなかったのが、教えてくれた者がいまして。無事に手元に取り戻すことができました」
不敬だと言われて処罰されるような行為だと分かっている。
わかっているけれど……。黙ってはいられず声を荒げた。
「手元に取り戻す?私から取り上げたの間違いでしょう!返してよ!私の息子よ!ジャンを!返して!証拠がない?冗談じゃないわ!会わせてもらえればジャンは私をママと呼んで胸に飛び込んでくる、それが何よりの証拠よ!」
公爵が顔をゆがませる。
「は、そんなのは仕込めばいくらだってできるだろう」
仕込む?小さな子を仕込んで言う通りに動かしたというの?そういうことが公爵にとっては当たり前だということ?
そんなの……絶対ジャンが幸せになれると思えないっ!絶対に取り返さないと!
「じゃあ、周りの人に聞けばいいわ!私が産んで育てていたのを知っている人はたくさんいる!皆が口裏を合わせて嘘をついているとでもいうの?」
公爵がはぁと大きくため息をつく。
「いくら欲しいんだ」
「は?」
「平民が一生かかっても手に入らぬ額をやる」
もはや我慢の限界だった。
気が付けば公爵の襟首をつかんでいた。




