事件発生
「アリー、アリー起きてくれ!」
体を揺さぶられて目を覚ます。
あれ、私……眠ってしまっていたの?
しまった。ジャンは、いつもと違う場所で私が眠ってしまって大丈夫だったろうか……。
顔を上げると、目に入ってきたのは青い顔をしたクリスだった。
「クリス、どうしたの?……それに、その傷……!」
額から一筋血が流れている。
上着の一部が剣で切られたようになんか箇所か敗れ、腕には服に血のシミが付いていた。
「大丈夫?」
「ジャンがさわられた」
「え?」
慌てて部屋の中を見回す。
「ジャン、ジャンっ」
見当たらない。クローゼットの中にも、ベッドの下にも、布団の中にも。
狭い宿の中だ、他に隠れるような場所もない。
「さらわれたって……」
クリスが首を横に振る。
「手配が終わって宿に戻る途中、泣き叫ぶ子供を抱いたフード姿の男がいて不審に思って目を向けたらジャンだったんだ」
クリスの言葉に指先が震えだし、震えは全身に広がった。
「ジャンを取り返そうとしたんだが……」
クリスは頑張ってくれたのだろう。この怪我が何よりの証拠だ。
「ど、どうしよう……そうだ、警邏に連絡して、それから、町を出るなら門番に……」
部屋を飛び出そうとしてクリスに腕をつかまれる。
「待って、アリー。僕のけがを見てもわかるだろう?何をするか分からない」
「何をするかって……」
クリスの腕など振り払って部屋を出ていこうとしたけれど、私は何をされたっていい。でも、ジャンに何かあれば……。
「相手がどんな人物か分からない。ごろつきなら、逃げられないと分かれば足手まといで邪魔な者をどうすると思う?」
ま、まさか……。
「その辺に捨てていくならまだいい。顔を見られていると言って……」
クリスの言葉に恐ろしい想像をして膝をついた。
「そんな……」
「アリー、大丈夫だ、落ち着いて。だから、警邏に連絡するのは待つんだ。そもそもジャンを跡取りにしたくてさらったのだから、下手なことをしなければ身の安全は確保されるはずだ」
クリスの言葉に頷く。
そうだ。子供を攫われた犯人を捕まえてくれと騒げば騒ぐほど、ジャンは危険になるかもしれない。
「どうすればいいの!」
だからって、私はジャンを手放すつもりなんてない!
「相手は貴族だ。僕なんか手だしできない大物だから僕が取り返してあげることはできないけれど、君の話をすることくらいはできるだろう。アリーが伯爵令嬢だったと分かれば、ジャンの母親として迎え入れてくれるかもしれない」
クリスの言葉にうんとうなづく。
「話をしに行ってくるよ」
クリスが傷の手当てもせずに部屋を慌てて出て行った。
足に力が入らないまま、床に座り込んだ。
「ジャン……ジャン……」
私の……。
私が眠ってしまったから、どうして眠ってしまったんだろう。
「ごめんね、ジャン、ママが……ああああああっ」
床に伏して声がかれんばかりに泣いた。
ドンドンとドアが乱暴にたたかれ、部屋に大柄な男が入ってくる。
「困るんだよね、トラブルは。宿のイメージが悪くなる。出て行ってくれ」
宿の主人のようだ。主人の服の裾をつかむ。
「子供が、子供が攫われてしまったんですっ!何か知りませんか?」
「知らない。宿泊客を訪ねてくる者までいちいちチェックはしてないからな。昼間は食堂で人の出入りも多いから見てる暇もないんだ。自己防衛自己責任なんて常識だろ」
「フードをかぶった男を覚えていませんか?」
主人が私の腕をとり引っ張り上げて引きずるようにドアの外へと連れていく。




