寝ぐせ
「おはようジャン」
寝坊助だったジャンが「エディが来るよ」の一言でしゃっきり起きるようになった。
「パパまだかな、パパまだかな」
ソワソワと服を着替えている間も、顔を洗っている間もずっとつぶやいている。
「ジャン、パパじゃなくて、エディは代理パパでしょう」
ジャンがはっと口を押える。
「しょうだ、パパしゃんだった。パパしゃんまだかな」
ドアの前でエディを待つのもいつもの行動だ。
だいたいエディは決まって朝の7の鐘とともにやってくる。
7の鐘が鳴ると、ジャンは嬉しそうに小さくジャンプする。
ところが、今日は鐘が鳴ってもエディはやってこない。
「おしょいなパパしゃん……」
遅いといっても、まだ2分も3分も経っていない。
「まだかなパパしゃん」
ドアの前で膝を抱えてしゃがみこんでしまったジャン。
「パパしゃん、来るよね?」
ジャンが不安げにつぶやいた。
どきりと心臓が捕まれる。
宿代を払っていたって泊まる義務はない。
食事代を払っていたって、食事をする義務はない。
パーティーを組んでいたって、いつも一緒に依頼を受けなければいけないわけじゃない。
エディは優しくて親切で……パーティーの仲間だけれど……。私は何かを要求することも束縛することもできる立場ではない。
エディがこの生活が飽きたり嫌になったりして、街から出て行ったとしても……。
責めることも恨むこともできない。
「ママ、パパしゃん、来るよね?」
鐘が鳴ってからどれくらいたつだろう。
まだ、たった5分くらいだろうか。それとももう10分はたっただろうか。
「ジャン」
泣きそうなジャンを抱き上げて背中をぽんぽんとする。
「ママもお仕事でときどき遅くなることがあったでしょう?」
うんと頷いてジャンが私の肩に顔をうずめる。
「ジャン、いい子で、まてりゅ」
背中を一定のリズムで叩く。
ジャンは落ち着いたようだ。
それなのに、私は落ち着かない。
エディが来なくなったらどうしよう。
ジャンが悲しむ。
ジャンにどう説明すればいい?
ジャンを傷つけないようにどう伝えれば……。
違う。
そうじゃないよ。
開かないドアを見る。
私が悲しい。
辛くて、苦しい。
ジャンの柔らかな手とは全然違う、エディの大きくてゴツゴツした手を思い出す。
あの手が、好き。
同じ色をしているけどジャンよりすこし硬い髪が跳ねているのを思い出す。
あの髪が、好き。
ジャンよりも少しオレンジ色が多く入っているアースアイを思い出す。
あの目も……。
首を傾げるしぐさも、きょとんと眼を丸くする表情も、ジャンに向ける笑顔も、失敗して恥ずかしいと顔を覆う姿も……。
全部、全部好き。
ああ、私……。
エディが、好き。
パタンと扉が開いた。
「すいません、遅くなりました。ちょっと寝坊して……」
ジャンがぱっと顔を上げて体をエディの方へと伸ばす。
「ジャン、いい子でまってたお、パパしゃんっ」
私の手からジャンがエディの手に移るときに、手の甲が少しだけ触れた。
びくりと、体が揺れる。
気が付いてしまった。
寝ぐせをそのままに急いで駆けつけてくれたエディが愛しい。
かわいいと思うのは、そのまま愛しさなのだ。
「寝ぐせ……」
「あはは、鏡も見ていなくて……」
恥ずかしそうに頭に手を伸ばして撫でるエディ。
「ここ」
と、手を伸ばして整えようとして、手を引っ込める。
やっと恋愛ジャンルっぽくなってきたw




