第7話「小さな嘘、大きな約束」
春の柔らかな陽光が差し込む休日の朝。
悠翔はリビングでいつものように、ぬいぐるみと遊んでいた。
「ねえ、ママ、パパ」
ひかりはキッチンで朝食を準備しながら振り返る。
「なに?」
「ねえ、ふたりって、結婚してるの?」
悠翔の瞳は真っ直ぐだった。
ひかりは一瞬、胸がぎゅっと締め付けられた。
(結婚してるって言ってるけど、本当のこと、まだ全部話してない……)
「うん、結婚してるよ。パパとママはずっと家族だよ」
そう、やわらかく答えたけれど、悠翔は続けた。
「じゃあ、なんでパパはいつも忙しいの? いつも野球ばっかり?」
「……」
悠真は外出前、スマホでそのやり取りを見ていた。
彼もまた、自分の不在が息子の心に小さな隙間を作っていることを痛感していた。
* * *
夕方、家族揃っての食卓。
悠翔は少し俯きながらも、ぽつりと話し出した。
「パパ、ママ、僕ね……」
「うん、何?」
「僕、パパみたいにかっこよくなりたいな」
悠真は目を細めた。
「おお、いいじゃないか。それには練習が必要だぞ」
「でも僕、野球よりママみたいに歌が好きなんだ」
ひかりは優しく微笑む。
「それでいいのよ。大事なのは、自分が好きなことを頑張ること」
悠翔は嬉しそうに笑った。
「じゃあ、ママとパパ、僕の応援団になってね!」
「もちろんだ」
ふたりは声を揃えて答えた。
* * *
その夜。
悠真とひかりは静かなリビングで向かい合った。
「ねえ、正直に言うよ。俺、仕事も野球もすごく忙しくて、悠翔の時間を十分に取れてない気がする」
「私も……ステージに復帰してみてわかった。家族のこと、ちゃんと話してなかった部分がある」
「でも、今日の悠翔の言葉で気づいたんだ。家族って、夢だけじゃなくて、毎日の積み重ねだって」
「そうね。大きな夢の前に、小さな約束がある」
ふたりは手を取り合い、真剣な表情で誓い合った。
「これからは、もっと家族の時間を大切にしよう。夢を追いながらも、家族の支えを忘れずに」
「うん、一緒に頑張ろう」
* * *
翌日。
悠翔が学校へ向かう背中を見送りながら、ふたりは見つめ合った。
それは、小さな嘘の上に築かれた家族の約束だった。
けれど、その約束こそが、これからの長い未来を支える大切な礎になる。