第6話「約束のステージと、世界のバッターボックスで」
――3月20日。
リユニオンライブ当日。
WBC・日本対ドミニカ共和国 強化試合、第一戦。
奇しくも、同じ日にふたりは“かつての夢の場所”に戻っていた。
* * *
【東京ドーム・ステージサイド】
楽屋の空気は、緊張と懐かしさが交錯していた。
トップアイドルグループ「Shiny☆Lily」のかつての仲間たちが集まるのは、実に5年ぶり。
「ひかり、久しぶりだね!」
「……うん、みんな変わらないね」
少しぎこちなく、それでも笑い合える。
あの頃と違うのは――「母になったひかり」が、そこにいることだった。
「大丈夫? 緊張してない?」
「……ううん、めちゃくちゃしてる。でも、今日だけは、絶対逃げたくないの」
衣装に袖を通し、メイクを終え、ステージの光が彼女たちを包み込む。
「Shiny☆Lily、リユニオンライブへようこそ!」
観客の歓声が一斉に弾けた瞬間、ひかりの足は自然と前へ出ていた。
イントロが流れる。
懐かしくも鮮やかなビート――
そして、マイクを握ったその瞬間、全ての迷いは消えていた。
「――きらめきが、未来を照らす!」
まるで、光の奔流の中を舞うように。
歌声が、踊りが、彼女の身体に再び宿っていく。
ブランクを超えたそのステージには、母であり、夢を追う“今の朝比奈ひかり”が確かにいた。
* * *
【京セラドーム大阪・試合会場】
WBC強化試合。
スタンドは、開幕前にもかかわらず満員に膨れ上がっていた。
「……4番・ファースト、相馬悠真!」
アナウンスに応え、バッターボックスへ向かう。
相手はドミニカ代表のエース、最速160キロの右腕マルティネス。
初回、2アウトランナー1塁。
カウントは2-2。
(見逃すな……俺の仕事は、打って、魅せることだ)
「――来いッ!」
160キロ。
まるで時間を裂くようなストレート。
悠真のバットが鋭く軌道を描いた――
カキィィィンッ!
打球は一直線にレフトスタンドへ吸い込まれた。
完璧な一撃。4番の重責に応える“確信の一発”。
球場全体が揺れた。
ベンチに戻る途中、悠真はふとポケットの中のペンダントに手を触れた。
そこには、小さな家族写真が入っている。
(ひかり……俺も、ここでちゃんと戦ってる)
* * *
【東京ドーム・終演直後】
ライブが終わると同時に、仲間たちとハイタッチを交わしたひかり。
汗まみれの笑顔。
客席に手を振りながら、心の中で一人に語りかける。
(悠真くん……私、やったよ)
楽屋に戻ると、マネージャーがひかりにスマホを差し出した。
「ご主人からです。試合終わったみたいですよ」
動画が再生される――悠真が放った、4番らしい堂々たるホームラン。
京セラドームを歓声で満たしたその姿に、ひかりは自然と涙がこぼれていた。
「……やっぱり、かっこいいなぁ。うちのパパは」
その声は、アイドルではなく、ひとりの“妻”のものだった。
* * *
【夜・帰り道】
夜、東京のホテルの一室。
リモート越しに繋がった画面の向こう、悠真が笑っていた。
「見たよ、ライブ。最高だったな。泣きそうになった」
「こっちも見たよ。あのホームラン、すごかった!」
「俺たち、やったな」
「うん……ほんとに、やったね」
離れていても、心はひとつ。
それぞれの“夢の場所”で、自分にしかできない輝きを放てた日。
それは、家族の形を、もう一歩前に進めた証だった。