第2話:秘密の練習とトラウマ
放課後のテニスコート。
春の日差しが少しずつ赤みを帯びる中、悠真とひかりはコートに立っていた。
手にはそれぞれラケット。ひかりはまだ不慣れな様子だが、目は真剣そのもの。
「グリップは…そう、それでOK。次は構えて」
悠真がフォームを教えると、ひかりはぎこちなくうなずく。
「こう…かな?」
「もうちょい腰を落として。…そうそう」
悠真の指導は的確だったが、どこか戸惑いがある。
“芸能人”とテニスをしている自分。まるで夢みたいだ。
だが、それ以上に――
悠真(心の声)「なんでこんなに一生懸命なんだ、こいつ…?」
ボールを受けるたび、ひかりの動きは少しずつ洗練されていく。
まだまだ初心者だが、意欲と飲み込みは早い。
「君、やっぱり…努力型でしょ」
「ふふ、バレた?」
⸻
数日後。
昼休み、悠真は一人で体育倉庫の裏に座っていた。
食べかけのパンを手に、空を見上げる。
「……なんで俺だけ、あんなに負け続けるんだろうな」
ひかりが現れ、隣に座る。
「誰も“負け続けるため”にテニスしてるわけじゃないでしょ?」
「でも、結果がすべてだ。特にこの部じゃ」
ひかりは悠真の言葉に、一瞬だけ寂しそうな表情を浮かべた。
「……私も似たようなもんだよ。“笑顔が命”の世界で、泣くのは禁止」
ふいに風が吹き、彼女の帽子が飛びかける。悠真が慌てて押さえた。
「バレたらどうすんだよ」
「うん。でも、悠真くんには…隠してないから」
悠真は目を見張った。初めて、彼の名前を呼ばれた気がした。
その日の放課後。
部活中に、顧問が突然告げる。
「来月、地区大会の選抜メンバーを決める。試合形式でやるぞ」
ざわめく部員たち。悠真は目を伏せる。
部内でも有望視されていた1年・蓮見が横目で笑った。
「また本番で崩れるんじゃないっすか、先輩」
悠真は言い返せない。試合の記憶が、頭をよぎる。
タイブレークでの二連続ダブルフォルト
悠真の頭に蘇るのは、1年前の春季大会。
あと1ポイントで勝てるはずだった。
自分のサーブ。だが、手は震えていた。
フォールト。
そしてもう一球――また、フォールト。
ダブルフォルトで試合終了。
その瞬間、観客席が静まり返ったことを、今でもはっきり覚えている。
悠真(心の声)
「またあんな風に…負けるかもしれない――」
そんな彼を、ひかりは遠くから見つめていた。
どこか、自分と同じ“舞台の恐怖”を知る瞳に思えた。
⸻
夕暮れのコート。部活が終わったあと、ひかりがラケットを持って現れる。
「ねえ、また練習、付き合ってくれる?」
「……なんでそんなに頑張るんだ。芸能活動だって忙しいだろ」
ひかりは小さく笑った。
「今の私は“普通の女の子”でいたいの。それに…」
彼女はラケットを見つめる。
「ステージに立つのと、試合に立つのって、似てるのよ。
練習ではできるのに、本番では足が震える」
悠真が目を見開く。
「……お前も、そうなのか」
「うん。だから、わかるよ。悠真くんが怖いって思う気持ち」
ひかりは手を差し出す。
「一緒に強くなろう? 私も、君も」
悠真はその手を、一瞬ためらって――でも、握り返す。
⸻
その頃、月城はるかは部室の隅で、ひかりの置き忘れた手帳を拾っていた。
ぱら、とめくった瞬間――
そこにあったのは、テレビのスケジュールと、ライブの日程表。
はるか(心の声)
「やっぱり……この子、ただの子じゃない」
⸻
数日後。
選抜メンバーを決める校内練習試合が始まった。
初戦は、悠真 vs 蓮見。
部員たちの視線が注がれる中、試合開始のホイッスルが鳴る。
悠真(心の声)
「震えるな、俺。いつも通り、いつも通り――」
後ろのベンチから、ひかりの小さな声が届く。
「大丈夫。君は、できる」
その声に背中を押されるように、悠真はラケットを構えた。
1球、2球――サーブが決まる。
悠真(心の声)
「俺はもう、ひとりじゃない――!」
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試合は接戦。だが、悠真は徐々にリズムを取り戻していく。
観客席ではるかが立ち上がる。表情は複雑だった。
はるか(心の声)
「あんな顔、久しぶりに見た……」
そして試合終了。
「ゲームセット! 相馬、6-4で勝利!」
歓声が上がる中、悠真はベンチのひかりの方を向いた。
ひかりは、笑顔で小さく拍手を送っていた。
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その夜、ひかりは一人でスマホを見ていた。
【マネージャー:来月の地方ツアー日程、確認よろしく】
【ひかり:わかりました。でも、まだ決めたいことがあるから…少し待って】
画面を閉じ、そっとラケットを撫でる。
「もう少しだけ、この場所にいたいの――」
ディング・モノローグ(悠真)
「あのときのサーブは、確かに震えてなかった。
誰かが見ていてくれるって、こんなに心強いんだな」
次のお話では、はるかの心が大きく動き出し、三角関係が本格化します。
ひかりの正体が学園内でバレる危機、そして、悠真の中で生まれる“恋心”も徐々に浮かび上がっていきます。