second episode『ステージとスクール、ふたりの挑戦』
ロンドンでの生活が始まって一週間。
時間だけはどんどん進んでいくのに、心はなかなか追いつかない。
そんな中、それぞれの「挑戦」が静かに始まろうとしていた。
⸻
◆ 悠真のはじまり ―スクールでの授業―
「Nice to meet you, Mr. Yuma.」
初日の会議で、英語での自己紹介を求められたとき、悠真の喉は少し詰まった。
口にする言葉のひとつひとつが、まるで自分じゃない誰かのもののようだった。
彼が赴任したのは、ロンドン市内の国際教育機関。
多国籍の生徒にテニスや日本文化を教える「特別講師」としての役割だ。
「日本の礼とは、技術だけじゃなくて、心を鍛えることでもあります」
そう言いながらも、相手の表情が読みきれない。
ルールも常識も違う場所で、「伝えること」は想像以上に難しい。
昼休み、スタッフルームでひとり、悠真は深く息を吐いた。
(言葉が通じても、心はまだ遠い……)
それでも、彼は諦めなかった。
陽菜には、はるかには、自分の姿を見せたかった。
「挑戦は、逃げない父親でいたい」
⸻
◆ はるかの挑戦 ―ステージの光と影―
一方、はるかはロンドン郊外の劇場で、ローカルライブへの参加を決めていた。
初めての会場。初めてのオーディション。初めての審査員。
「名前は?」
「…Harukaです」
「歌、自己紹介、自由にどうぞ」
緊張で指が震える。
でも、歌い出した瞬間、その震えが遠ざかる。
♪風がふわり つれてゆく
わたしの声も 夢のかけらも♪
審査員の表情は変わらない。
終わった後、頭を下げたその瞬間、はるかの目に涙が浮かんでいた。
(こんなにも、自分が小さく感じるなんて……)
夜、帰宅したはるかを、陽菜が笑顔で迎えた。
「ママ、きょうもステージいった?」
「……うん。まだ、練習だけどね」
「こんど、見たいなぁ。ママの歌!」
陽菜のその一言が、どれほど救いになったか、はるかは言葉にできなかった。
⸻
◆ ふたりの夜
「俺さ、今日“Thank you”すらちゃんと伝えられなかったんだ」
「わたしも。“Your song is too simple.”って言われた」
ソファに座って、お互いの挑戦を報告し合うふたり。
失敗や悔しさも、笑い飛ばせる相手がいる。
だから、次の日もまた立ち向かえる。
「……負けないよ、わたし」
「俺もだよ。陽菜にカッコ悪いとこ、見せられないからな」
ふたりは静かに手をつなぐ。
その手の温もりが、「大丈夫」と語りかけてくれていた。
⸻
◆ エピソード終わりに…
異国でのはじめての一歩は、戸惑いと悔しさの連続。
でも、ふたりの心は確かに歩き出していた。
夢のために。
家族のために。
そして、何より「自分を信じる」ために。




