表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/29

◇エピソード6:約束のラリー、出産の日

春の暖かい日差しが差し込む朝。

はるかの陣痛が静かに始まった。


悠真はすぐに準備を整え、手を握りしめながら病院へ向かう。


「大丈夫、はるか。僕がいるから」


その言葉に、はるかは微笑んで力を振り絞った。



分娩室では、助産師さんや医師が慌ただしく動く。

悠真はずっとはるかの隣で、励まし続けた。


「もう少しだよ。君の強さ、みんな知ってる」


はるかはラケットを握るときの集中力を思い出し、呼吸を整えた。



長い時間が過ぎ、ついに新しい命の産声が病室に響いた。

小さな手、小さな足、そして愛おしい瞳。


悠真は涙をこらえきれず、はるかに向かって囁いた。


「約束する。君とこの子をずっと守る」


はるかもまた、その言葉に応えるように微笑んだ。



その夜、病室の窓から見える星空を眺めながら、三人は静かに未来を誓った。


テニスのラリーのように、

何度でもボールを返し合い、支え合いながら。



新しい家族の物語が、今、ここから始まった。

出産予定日を3日後に控えた夜。

窓の外には柔らかい春雨が降っていた。


はるかは、ソファに座りながら、手編みの小さなベビー服を膝の上に広げていた。

お腹の中で静かに動く新しい命に、どこか語りかけるように、優しく手を当てる。


そのとき――ふいにお腹の奥がずしんと重くなり、鈍い痛みが走った。


「…来たかもしれない」


寝室から飛び出してきた悠真が、はるかの顔を見てすぐに察する。


「陣痛?」


「うん…でも、まだ大丈夫。病院に電話してみるね」



深夜2時、病院に到着。

はるかは病室のベッドに横たわり、波のように押し寄せてくる痛みに歯を食いしばる。

悠真はその手を握りしめ、呼吸を合わせながら声をかけ続けた。


「はるか、君は何度も試合を乗り越えてきた。今だってきっと大丈夫。君ならできるよ」


「これは…テニスより…ずっと長いラリーだよ…っ」


はるかの額から汗が流れ落ちる。

10代の頃、汗を流した夏の大会。あの時の試合と、今のこれはまったく違う――

でも、どこか似ている「越えるべき山」だと思えた。



朝が来る頃、陣痛はさらに強まり、分娩室へ移動する。

悠真は、震える手ではるかの髪を撫でながら、必死で祈っていた。


「大丈夫、もうすぐ会えるよ」



「あとひといき! 頑張って、はるかさん!」


助産師の声が響く中、はるかは最後の力を振り絞った。

悠真の手を強く握りしめ、瞼の奥に浮かんだのは――

結婚式の日、テニスの決勝戦の日、最初に「好き」と伝えた日。


たくさんの「ふたりの瞬間」が、支えとなってよみがえった。


そして――


「おぎゃあ! おぎゃあ!」


小さな産声が、病室の空気を切り裂いた瞬間、世界がまったく違って見えた。



「おめでとうございます。元気な女の子ですよ」


はるかの胸に抱かれた赤ん坊は、ほんのり赤くて、しっとりとあたたかくて、

この世でいちばん、尊い命だった。


「……こんにちは。会いたかったよ」


はるかの目から、静かに涙が流れた。



その夜、窓の外には雨が上がり、満天の星が広がっていた。


病室の小さなベッドには、寄り添うように眠る母子の姿。

そのそばで、悠真は日記を開き、こう綴った。


「202X年 ○月○日

世界でいちばん大切な人たちが、今日、出会った。

はるか、本当にありがとう。

このラリーは、まだ始まったばかり。

3人で返し合いながら、きっと最後まで続けていこう。」



テニスでつながったふたりが、家族になり、命を迎えた日。

それは、人生という試合でいちばん長く、いちばん尊い――

**“約束のラリー”**の始まりだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ