表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/22

◇エピソード5:はるかの想い、初めての告白(母として)

出産予定日まで、あとひと月を切ったある春の午後。

はるかは、大きなお腹を抱えながら、いつもの公園をゆっくりと歩いていた。


テニス部の高校時代、ひかりとお弁当を食べたベンチ。

悠真と試合の前に誓いを交わした桜の木。

季節は巡り、同じ風景が少し違って見えた。


ベンチに腰を下ろし、はるかはそっとお腹に手を当てて語りかける。


「ねえ、あなたはどんな子になるのかな」


声に出した瞬間、ふと込み上げてくるものがあった。

これまで何度も試合の前に緊張し、涙をこらえたはるかだったが、

このときだけは、ためらわずに涙が頬を伝った。



夜。

リビングのソファでは、悠真が資料を広げ、テニススクールの開校準備を進めていた。


「ねえ、悠真」

はるかの声がやけに静かで、真剣だった。


「私……ちゃんと“母親”になれるかな」


突然の問いに、悠真は少し驚いたように顔を上げた。


「どうした?」


「怖いんだ。いざ赤ちゃんを迎えるって思うと、ちゃんと守れるか、自信がなくなる」


はるかは言葉を詰まらせながらも、自分の気持ちを正直に語った。


「これまで私は、“選手”として、“妻”として頑張ってきた。でも“母”としては、何もわからなくて」


その目には、決意と戸惑いが交錯していた。


悠真は少し考えたあと、はるかの手をそっと握った。


「はるか、君はきっと、世界一の母親になるよ」


「どうしてそんなことがわかるの?」


「君が“母親になれるか不安だ”って、そうやって真剣に悩んでるからだよ」


「……」


「強くあろうとすることも大事だけど、不安を認めることも、愛情だと思うんだ。

君は、子どもとちゃんと向き合おうとしてる。

それだけで、もう“立派な母親”だよ」


はるかの目から、またぽろりと涙がこぼれた。

今度は、不安の涙ではなく、温かく包まれるような安心の涙だった。



それから数日後。

はるかは日記を広げ、一枚の手紙を書いた。


宛名は、まだ見ぬ「わが子」へ。


「あなたへ。

ママは今、とても不安です。

でも、それ以上に楽しみです。

あなたに会える日を、何よりも大切に思っています。

パパとママは、あなたのすべてを愛します。

どんな未来も、あなたとなら乗り越えられる気がするの。

――ありがとう。ママをママにしてくれて。」



手紙を閉じたはるかの表情には、もう迷いはなかった。

かつてラケットを握りしめていたあのときと同じ――いや、それ以上に強い覚悟があった。


新しい命を迎えるその日まで、あとわずか。


“母として”の、はるかの物語が、いま始まろうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ