◇エピソード3:後輩たちへの指導と新たな挑戦
春の風が緩やかに吹く午後。
学校のテニスコートに、懐かしい声が響いていた。
「ラケットの握りが甘い! もっと前に踏み込んで!」
はるかが鋭くも温かい声で後輩にアドバイスする。
隣では悠真が、フォームの改善に悩む男子生徒に丁寧に寄り添っていた。
「まずは体の軸を意識してみて。リズムは崩さないようにな」
二人は結婚後、母校のテニス部に非常勤コーチとして関わるようになっていた。
後輩たちに自分たちの経験を還元し、次の世代へ「情熱」を伝えること。それが今の彼らの“挑戦”だった。
⸻
放課後のテニスコートは、かつての自分たちの姿が重なる場所。
無邪気に笑い、悔し涙を流し、何度も転んでは立ち上がってきた、あの日々。
「私たちも…こうだったよね」
はるかが照れくさそうに笑うと、悠真もまた頷く。
「うん。でもあの頃より、今の方がずっと真剣かもしれない」
それは“プレイヤー”としてではなく、“指導者”としての覚悟だった。
⸻
ある日、1年生の女子部員・沙月が、練習後の帰り道にぽつりと呟いた。
「はるか先輩…私、試合が怖いんです。負けたらどうしようって…」
その言葉に、はるかは自分の昔の姿を重ねた。
部活の大会で、緊張のあまり手が震えたあの時。観客席に悠真がいて、ただ頷いてくれたあの瞬間。
「怖いのは、ちゃんと頑張ってる証拠だよ」
はるかは優しく笑って言った。
「怖くても、踏み出した一歩は、きっと未来を変えるよ」
沙月の目に涙が滲んだ。
⸻
試合当日。
後輩たちは全力でコートを駆け回り、時に悔し涙を流し、時にガッツポーズを決めた。
そんな姿を見届けながら、はるかの隣で悠真が呟く。
「彼らも、きっと強くなるね」
「うん…もう、始まってるんだよ。あの子たちのラリーが」
⸻
帰り道、二人は手をつないで歩く。
夕焼けに染まった空の下で、はるかはふと立ち止まり、悠真の方を向いた。
「私たちも、もう一度本気で挑戦してみない? 今度は、自分たちのテニススクールを開くの」
悠真は少し驚き、そして笑顔になった。
「いいね。君となら、きっとできる」
⸻
次なる夢。
それは、ただ勝利を目指すのではなく、「誰かの未来」を育てること。
新たな挑戦の始まりを、春風が優しく後押ししていた。




