紫陽花の下には
今回もまずタイトルを決め、そこから話を作ったため、なんちゃってミステリーになりましたが、軽い気持ちで、お楽しみいただければ幸いです。
『紫陽花の下に死体を埋めると、青い花が咲くという。
彼の家の庭には、一面ピンクの紫陽花が咲く中、一株だけ青い紫陽花が咲いている。
突然姿を消した清流の恋人はどこに行ったのだろう?
その紫陽花のように、綺麗な青い目をした彼女は…』
私は今日も文芸部の主のように、部室に居座る。部員でもないのに。
でもこの部は、幽霊部員がほとんどなので、別に構わないだろう。
先日も、あまりにも投稿する部員が少なく部誌が作れないと言うから、協力したところだ。
顧問の小鳥遊清流先生は、呆れながらもマグカップにお茶を入れてくれた。
部室には、先生と私の二人きり…。
「亜梨子この前のあの部誌に載せた散文は何だ?
あれじゃ、俺が元カノの瑠音を殺したのかと勘違いされるだろう…。
お前の姉ちゃん、俺を置いてフランス留学して、留学先でイケメン捕まえて結婚しただけじゃないか…」
そう、この清流先生は姉の元カレで、実は子供の頃からの知り合いだ。
うちの両親は生粋のフランス人なのに、二人共すごいアニメ好きの日本好きだった。
いつか日本に行くことを夢見て、子供に日本でも通じる名前をつけるくらいにだ…。
そして、とうとう念願叶って日本に引っ越すことになったのは、私が丁度小学校に上がった年だった。
7歳年上の姉は、14才というの多感な時期の引っ越しとなり、日本に越してから1年近く両親と口を聞かなかった…。
そんな尖っていた姉も、高校に入って彼氏が出来たことをキッカケに、少しずつ態度が軟化していった。
年の離れた妹の面倒を見てくれるくらいには…。
姉の彼氏は爽やかなイケメンで、頭も良く、優しい人だった。
幼い頃から母親の代わりに家事をしていたという彼は、料理の腕もプロ級で、私もたびたび彼のお家で夕飯をご馳走になった。
普通ならあり得ない話だけれど、うちは両親が共働きで家に放置されることが多かったため『こんな幼い子を家に1人で置いておくのは心配だ』と、彼は嫌がることなく、私の相手もしてくれた。
それが清流先生との出会いだ。
でも二人が高3になると、受験で忙しくなり、清流先生の家に遊びに行くこともなくなった。
そして卒業後、姉はフランスに留学し、清流先生は東京の大学に進学した。
いつの間に別れたのかは知らないけれど、姉はフランスに留学して1年後には向こうで彼氏ができ、卒業と同時に結婚して、結局日本に帰って来なかった。
今ではフランスで、可愛い天使のような男の子のお母さんをしている。
「いいじゃない。それっぽく話を作った方がみんな盛り上がるし…実際、今回興味持ってくれる人が多くて、増刷したでしょ?」
「部誌なんて、別にそんなに広めなくても良いんだよ。内輪の人間だけで、ひっそり楽しめればいいんだから…」
清流先生は、その件に関してはもう世に出てしまった後だし、今更なので追及を諦めた。
「そう言えば、亜梨子は何でそんな形しているんだ?
おかげで学校で初めて見た時は、亜梨子と分からなかった…」
そんなというのは、私が髪を茶色く染めて、茶色のカラコンにしていることを言っているのだろう。
「何かお姉ちゃんに、この高校では目立つとイジメられるから、地味にしていった方が良いとアドバイスしてもらったの。
お姉ちゃんもそれで大変だったと言ってたから…」
姉も清流先生も、この高校の卒業生だった。
「あいつがイジメられるような奴だと思うか?
単に一匹狼的なところがあったから、他人とは群れなかっただけだ…」
確かに…あの姉がイジメられるなんて、おかしな話だと思った。
じゃあ、何でそんなアドバイスをしたのだろう?
姉は、そんな冗談を言う人ではないのに…?
「天使みたいに綺麗な金色だったのに…勿体ない…」
清流先生はそう言って、私の髪を一房つまんだ。
染める前の私の髪は、混じり気のないブロンドだ。
姉の瑠音はどちらかというと、ブルネットに近かった。
瞳の色は、二人共よく似た空色だけど…。
清流先生に髪に触れられ、カラコンの奥にある青い瞳を覗き込むように見つめられると、私の心の中まで見透かされているような気持ちになって、ドキドキする…。
「亜梨子は、陸上部には顔を出さないのか?
顧問の佐伯先生が心配していたぞ」
なんだ…熱心に見つめてくると思ったら、その話を切り出すタイミングを伺っていただけか…。
そう、私は今も文芸部ではなく、陸上部に在籍したままだった。
突然、バイク事故に巻き込まれた私の足では、もう高く跳ぶことも出来ないのに…未練たらしく、退部届を出すことも出来ないでいる。
そのくせ、元気に活躍するみんなを素直に応援することも出来なくて…こうやって文芸部の部室で、時間を潰しているのだ。
「分かってる。近いうちに行くって、佐伯先生に言っといて。
私ももう3年だし…いい加減気持ち切り替えて、推薦がもらえないなら受験勉強しないといけないしね…。
でも、今までハイジャンで推薦もらうつもりで部活にばかり力入れてきたから、今さら頑張っても入れる大学なんてあるのかな…?
いっそ就職しようかな…」
最近の私はずっと目指してきた進路を突然断たれ、尻切れトンボな感じだ…。
そんな私を見つめていた清流先生が、突然爆弾発言をした。
「じゃあ俺のところに永久就職するか?」
「えっ…!?」
突然の驚き発言と、初めて見る清流先生の真剣な表情に、一瞬時が止まった…。
「なんてな…冗談だ。さあ、暗くなる前に帰宅しろよ。気をつけてな」
清流先生は私がその切り替えについていけず、あたふたしているうちに、子供の頃のようにクシャッと頭を撫ぜ、部室から私を追い出した。
それから1年後…私は清流先生の妻となっていた。
清流先生は、もともと何れは大学に戻り、恩師の研究を引き継ぐことを決めていたので、私の卒業と同時に高校は退職し、その後結婚して、二人で東京へと引っ越した。
私が子供の頃よく訪れた彼の実家には、義父が1人で住んでいる。
今頃、紫陽花が美しく咲いていることだろう。
結婚式に参列するため帰国した姉は、
「あ~あ、せっかく私がその天使のような見た目を隠してあげたのに…あのロリコンには意味なかったか…」と呟いた。
「ロリコン?」
清流先生が選んだ純白のウエディングドレスに包まれた亜梨子は、髪も目も本来の色に戻していたので、本当に大天使のように神々しい美しさだった。
「だって、あいつ彼女の私よりも、まだ10才の亜梨子を熱心に見つめていたのよ。
せっかくあの変態から妹を守ろうと苦心してあげたのに…あなたったら自分から変態の巣に飛び込むんだもの…」
そんなこと…今更言われても、後の祭りだ…。
「おいおいおい、人のいない所で言いたい放題だな…。
俺は別にロリコンじゃなくて、亜梨子だから惚れたの。
子供の頃の亜梨子も、高校生の亜梨子も…。
亜梨子なら、おばあちゃんになっても可愛いに決まってる」
白いタキシードを着た王子様のような清流先生は、ハチミツのような甘い笑顔で、愛しい花嫁のつむじにキスをした。
「ゲーッ、甘すぎて砂糖吐きそう。清流、私相手にそんなこと、一度も言ったことないよね?」
「瑠音相手に、そんなこと…気持ち悪くて言うわけないだろう…」
二人の言い合いが、いかにも元カノ元カレという感じで仲良さそうに見えたので、亜梨子は思わず清流の袖を引っ張った。
そんな新妻のヤキモチが可愛くて、清流はその手を上から握り込み、大丈夫と微笑みかける。
「はいはい、もう亜梨子がそれで構わないなら、お姉ちゃんは何も口出ししません」
姉は呆れながらも、そんな二人の仲を認めてくれた。
「亜梨子さん、ご結婚おめでとうございます」
お義父さんとは、結婚の挨拶の時を合わせても、会うのは結婚式で2度目だ。
結婚後も、私達は東京で暮らすので、あまり会うことはないだろう…。
「ありがとうございます」
清流先生によく似たお義父さんは、とても優しそうな人だ。
結婚することが決まって、初めて教えてもらったのだけれど、先生の家にお義母さんがいないのは、他の男の人と浮気して、そのまま出奔してしまったからだそうだ…。
だから清流先生は、小さい頃から家事をしていて、あんなに料理が上手くなったらしい…。
どうして、こんな素敵な優しそうなお義父さんがいるのに、出ていってしまったのだろう…?
「清流には、私のせいで子供の頃から寂しい思いをさせてしまいました…。
私に似て、好きになったら一途になりすぎるところはありますが、優しい良い子です。
亜梨子さんが同じように思いを返してくれれば、幸せな結婚生活が送れると思うので、よろしくお願いいたします」
お義父さんは頭を下げて、真摯にお話してくれた。
「こちらこそ、まだまだいたらない嫁ですが、よろしくお願いいたします」
そんなお義父さんの願いを受けとめるように、笑顔で応えた。
私達の新婚旅行の行き先は、親戚に会うのも兼ねてフランスになった。
向こうでお祖父ちゃん、お祖母ちゃんや従姉妹達、お姉ちゃん家族にも清流さんを紹介し、無事日本に帰国した。
「お義父さんのお土産は直接渡しに行かなくて良かったの?うちの両親には直接渡したのに…」
義父へのお土産は全て宅配便で、直接挨拶に行くことはなかった。
「亜梨子のところは、お義母さんに色々と細かく指定されて買ってきたものもあるから、手渡しした方が良かったでしょ?」
せっかくフランスに行くなら…と新婚旅行なのに、まるで買い出しに出掛けたかのように、母に色々注文された…。
姉も里帰りするたびに、よく使われている…。
「それに、父さんはやっと独り占めできるようになったんだから…俺達は行かない方が良いんだよ」
・・・・何を・・・・?
「そんなことより…やっと帰国後の挨拶周りも終わり、亜梨子と二人きりになれたんだ。
今は亜梨子を満喫させてくれ…」
「そう言って、新婚旅行の間もずっとベッタリだったじゃない!!
お願い、帰ってきたばっかりだから、もう少し休ませて~」
新婚旅行後も、彼が仕事に復帰するまでの3日間、結局離してもらえなかった…。
私の選手生命を絶ったバイク事故に遭ったのは、私が清流先生に推薦で九州の大学に行くことを告げた直後のことだった。
家から遠く離れた大学を選んだのは、いつまでも自分を幼い子供としか見てくれない、先生への思いに終止符を打つためでもあった。
結局、バイク事故を起こした犯人は見つからなかった。
けれど…私はあの黒いバイクを何処かで見たことがある気がした…。
「亜梨子、元気にやってる?
あなた、まだ若いのに学校にも行かず、就職もせず、専業主婦なんて…退屈じゃない?」
「うん、清流先生は十分稼いでくれてるからお金の心配はないし…休みの時は遊びにも連れて行ってくれるよ。
それに私、家事なんて初めてするでしょ?
真面目にやってたら、あっという間に1日が終わるんだよね…」
「亜梨子が構わないなら、お姉ちゃんも煩く言わないけれど…本当に、何で自分から囚われに行くかな…あっ、ごめん!!ラファエルが起きたみたい…また電話するね…」
彼は初めて会った時から、私の空色の瞳の虜になったと言っていたけれど、それは私も一緒だった。
10歳の時、初めて彼の家にお邪魔した私に「大丈夫?」と目を細めて笑いかけてくれた…あの優しい笑顔が頭から離れなかった。
だから…あの日…。すごい嵐の翌日に、お庭の倒木などを見ながら散歩していて…土の中から出ている白いものを見つけてしまった私は…。
小さな手で一生懸命、土を掘り、地中深く埋めた。
『紫陽花の下には…』
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