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MISSION06 -二段作戦(前編)-

 認証センサーを備えていた格納庫前だが、AI(プレリア)のハッキングにより一秒足らずで解錠し、侵入者を招き入れた。物量こそ他社に勝るザイオンだが、肝心の質では大きく水をあけられている。旧式の安価なセキュリティシステムの突破など、プレリアからすれば紙細工を破るようなものであった。


「早かったな」

「何世代も前の、錆び付いたセキュリティでした。こんなのへっちゃらです!」


 ロイドの言葉にプレリアは得意げに胸を張る。

 外と比べ幾分か涼しくなった格納庫の中にはザイオンの主戦力となるメタルライナー「ミンティエン」が、その角張った姿を5騎ほどずらりと横に並べて自らの出番を待ちわびている。その内の一騎、一番手前の機体に目を付けた瞬間――。


「哨戒か⋯」


 靴音が格納庫に響き、メタルライナーの足下に身を隠すロイド。視線の先にはパイロットスーツに身を包んだ兵士2人が近付くように歩いていた。


「やっと順番が回ったかと思えば警邏任務だなんてよぉ、全く軍曹殿もひでぇお人だぜ」

「言うなよ。代わりに録画を拝借してきたんだ。これで納得するしかないさ」


「録画⋯? 何かの映像記録でしょうか?」

「⋯⋯」


 男達の会話が聞こえ、ロイドは眉間に皺が寄るのを感じた。最悪の事態は免れたようだが、手酷い仕打ちを受けていることが容易に想像ついたからだ。

 息を殺し、周囲の状況に気を配る。その間も男達の下品な話は続く。幸いにも、この場にはロイドと敵兵2人しか居ない。じつと仕掛けるタイミングを計るロイド。足音がひとつ、またひとつ近付いていき――その内のひとつが鉄の階段を踏む硬い音へと変わった。


(ステップを登る⋯メタルライナーに乗り込むか。なら、都合がいい)


 そしてもう1人の足音も階段を踏み、何段か登った瞬間――ロイドは階段の隙間、敵兵のほぼ真下から拳銃を構え、引き金を引く。空気の抜けるような音と共に続けざまに放たれた2発の銃弾が、男の正中線を撃ち抜き、その命を刈り取る。一瞬のうちに生命活動を停止した肉体は制御を欠き、階段に口づけするとそのまま階段を転げ落ちる。


「なんだよ、浮かれすぎて足でも滑らしたか⋯て、おいどうした!?」


 音に気付いたもう1人の兵士が階段を降る。血を流し四肢をあらぬ方向に投げた同僚を見て動揺する兵士。その隙をロイドは逃がさなかった。素早く背後に回り込み、ヘルメット越しに後頭部を思い切り殴りつける。

「ぐあっ」と情けない悲鳴を上げて転倒した兵士を、背後からのダブル・タップが貫く。攻撃開始から僅か10秒足らずで格納庫の制圧を済ませたロイドは、殺害した2人の兵士からIDカード(身分証)――機体の認証や施設の入退出記録などに用いられる――を抜き取る。


「周囲に反応なし。お見事です、兄さん」

「油断していたからな。さて、機体を起こすか」


 死体を尻目に階段を上り、空いていたコックピットに乗り込むロイド。コンソールの一部に先程奪ったIDカードを翳すと薄暗いコックピットに明かりが灯る。


「ID235711、登録名ツバロフ・ボャースキを確認しました。メタルライナー”ミンティエン”、起動します」


 AI特有の無機質な合成音声が流れ、メタルライナーが待機(アイドリング)状態に移行する。特注品であるプレリアと異なり、企業の使用するサポートAIのほとんどは人格のようなものは存在しない。飽くまで戦闘補助のパーツに過ぎないからだ。

 ロイドは腕輪から一本のコードを引き出し、コンソール下部の接続口に挿し込むとプレリアが無数の化粧道具を引っ提げて現れた。だが、その表情は困惑しているようにも見えた。


「うそ⋯このソースコード、雑すぎ⋯?」

「機体をハッキングする。やれるか?」

「はい、任せてください。さっきので底は知れました。所詮時代遅れの斜陽企業が作った粗末なシステム、私の敵ではありません!」

「⋯そうか」


 普段のプレリアらしからぬ辛辣な物言いに戸惑いを隠せないロイド。対するプレリアは自信満々の表情で――ほんの僅かに苛立ちや怒りを内包した顔を見せる。AIにとってソースコードはいわば福利厚生や設定者()からの愛情に近い。無論単なる機械にそのようなものを知覚する術はないのだが、プレリアだけは違った。精密・精巧に造られた彼女にとって、粗末なコードは企業の力量が見えるだけでなく同胞(AI)に対する虐待ですらある。

 凄まじい速度で書き換えられていくプログラムの文字列とリンクするようにプレリアが化粧道具を振り回す。その顔はどこか楽しげですらあった。


「おめかし完了。さぁ、しっかり踊ってください」


 プレリアが得意げに手を払うと同時に、開いていたウィンドウが閉じる。今回のハッキングで仕込んだものは、特定条件で作動する自動操縦だ。ロイドたちが本部に侵入すると同時に格納庫を飛び出し、可能な限り敵の目を惹き付けながら暴れ回ることで目眩ましにする算段である。


「上出来だ。次に進むぞ」


 ケーブルを抜き、機体から飛び降りるロイド。6メートル程の高さだが受け身をとり難なく着地すると、格納庫を抜け、本命の建物へと向かった。



◇   ◇   ◇


 ロイドが先行してから数分経った頃。アイリスは岩陰から拠点を睨み、”合図”を待つ。銀色の前髪から汗が滴り、肌着(インナー)が背中に張り付く感覚に顔を顰める。気温60℃を超える環境は、エーテロイドであっても「暑い」ことに変わりない。

 物理的な暑さに加え、同胞を救いたいという焦りが彼女を内側からじわりと炙る。


(まだ動きはない…)


 最早何度目か忘れた、手に握る拳銃の確認を行う。収容されたマリアン博士は機械工学――特にメタルライナーの設計開発に精通した人物であり、アイリスの駆る愛機(ヴァルキュリア)の設計者でもあり、企業連ですら実用化に至らなかったエーテル・アーマーの開発者という、企業の侵攻に抗する”UrHeN”を支える技術者でもあった。それ以上にアイリスにとってマリアンは親同然の関係であり、幼い頃からよく懐いていた存在の窮地にすぐさま救援に迎えないこの状況がもどかしくて仕方ないのだ。


(ああもう、まだなの…!?)


 アイリスの焦りが強くなる。一方のロイドは機体のハッキングを終えたところでこれからセキュリティを落としに行くところなのだが、彼女に知る由もない。今にも駆け出してしまいそうな衝動を抑え込み、相方(ロイド)の行動を待つが、募る焦燥感は薄らと彼への疑念すら湧かせ始めていた。

 ――クリステラに来た者は、みな決まって略奪と戦争に明け暮れていた。エーテライトを掘り、同胞を狩る。多様な企業がこの地に降り立ったが、例外なくそうであった。少なくとも自分が対峙し、撃ち落としてきた者たちはそうであったと、アイリスは回顧する。だが、ロイドは違った。彼にとっては自然な判断だったようだが、彼女にとっては文字通り信じがたいことだった。ブリーフィングを経て信用すると決めたアイリスだったが、信頼まではしていない。

 しくじったか、それとも裏切ったか。痺れを切らす、その時。


「あれは⋯爆発!?」


 轟音を伴う閃光と共に格納庫の一部が吹き飛び、もうもうと登る煙の中から一騎のメタルライナー(ミンティエン)が飛び出し、基地の中を走り回る。同時に拠点全体に警報が鳴り響く。目を凝らせば他の建物でも人が慌ただしく走り回っているのが見えた。


 素早く立ち上がったアイリス。そのまま地面を蹴り、拠点へと駆ける。過酷な環境とエーテリウムに適応した肉体は、人間の比にならない身体能力を発揮する。五体に蒼白く光る線が血管の如く薄く浮かび上がると同時に、弾丸の様に飛び出した女戦士はその勢いのまま、残光を曳きながら数百メートルはある距離と段差を10秒余りで駆け抜けていく。



◇   ◇   ◇



「サボりがいたとは⋯運がないな⋯」

「ごめんなさい兄さん、私がもっと早く解除できていたら⋯!」

「ヘッ、金に釣られた傭兵が、よくも好き勝手してくれたなァ?」


 首尾よく侵入し、拠点の中枢を制圧したロイドだったが、ふたつ誤算があった。ひとつはセキュリティが想定よりも強固だったこと。外部発注だったのか、メタルライナーや他の場所とは数段にセキュリティ強度が高かったのだ。もうひとつは制御室の兵士が1人持ち場を離れていたこと。時間差で持ち場に戻った男はロイドを背後から襲撃したのだ。作業中でコンソールと腕輪を繋いだ状態では満足に応戦できず、ヘルメットを奪われると好き放題殴られて武器も落としてしまう文字通りの窮地、仮にコンソールが壊されれば接続中のプレリアに甚大なダメージが及ぶ。ロイドに避ける選択肢はなかった。幸いハッキングは成功しており、他の兵士は架空の脱走兵にてんてこ舞いだが、自動小銃(アサルトライフル)の銃口と睨み合いしている状態では反撃も回避も不可能に近い。口中に広がる鉄の味を吐き出し、震える膝を無理矢理踏み込んで姿勢を立て直す。


「しくじったな⋯」

「どこから雇われたか、足を潰してケツを掘りながら聞いてやってもいいが⋯てめえの眼を見たら気が変わった。やはり殺しておくに限るぜ」

「兄さん!」

「大人しく死んどけ、傭兵⋯!」


 兵士の指が引き金を引こうとした瞬間、硝子の砕け散る音と共に、蒼白い“風“が弧を描くように颯爽と部屋に飛び込んだ。


「なっ、なんだコイツ――がはッ⋯!」


窓をぶち抜き飛び込んだアイリスは、その勢いのまま銃を構えた兵士の顔面を蹴り飛ばす。蹴りの衝撃でヘルメットが砕け、生身の後頭部をコンクリートの壁に叩きつけられた男は白目を剥き、泡を吹いてその場に崩れ落ちる。その様子にロイドは感嘆と戦慄交じりに立ち尽くしていた。


「お待たせ⋯随分と、男前になったじゃない。ロイド」

「危うく死化粧になるところだったが⋯いいタイミングだった」


 振り向き、ロイドの顔と手首を見遣るアイリス。皮肉交じりだが、その口調には別の感情も混ざっているようだった。落ちていたヘルメットを広い、手渡すとロイドは手早く被り直す。ロイドも軽口で返すと手短に状況を共有した。


「監視システムは一先ず落とせた。尋問室の場所も割り出せている」

「やはり、最上階ね。すぐに向かうわ、走れる?」

「ああ。息は整った、急ぐぞ」


 目標地点を確認し、2人は駆け出した。

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