MISSION05 -独立傭兵-
書き溜めはここまで。以降はカクヨムと同時掲載となります。
前回の仕事を終え“セーフハウス“に戻り、仮眠を摂ったロイドとプレリアはコックピットの中で回線を開いていた。
――“アンダーヘブンズ・ネットワーク“。クラウスの口から告げられたその名前は、惑星クリステラの現地勢力であること以外は謎に包まれている。名称から察するに何らかの繋がりを帯びた組織らしいが、現状では憶測に過ぎなかった。
「通信、入電。発信元は…”アンダーヘブンズ・ネットワーク”です」
「時間通りだな。繋いでくれ」
予定時間と同時にルプレリアのモニターに通信用のウィンドウが開く。「SOUND ONLY」と表記され、代わりに映し出されたのは特徴的な『白い翼と剣』の紋章――傭兵の個人識別に用いられる、固有の意匠――だ。
『”14th”の独立傭兵で間違いないな?』
「その声…あの時の」
『…依頼の前に1つ、訊きたいことがある――あの時、何故彼女を庇った? お前たちにとって、彼女を庇う理由などなかったはずだ』
声を聞いた瞬間、ロイドの脳裏を駆ける、”白騎士”の姿。1人の人間を仲介に互いに銃を納めた、この星どころか戦場全体でも希有な存在。現状、ロイドが現地人の理解を深める鍵となる唯一の人物であり、ロイドの心を刺激した人物は警戒心を露わにロイドに初戦の時の行動を問うた。
仕切り直しのために隠れた物陰に、偶然鉢合わせた少女。捨て置くことも、人質として”白騎士”の動きを制限することも――無論、排除することもできたあの時に、ロイドは迷わず盾を構え守りの姿勢を取ることを選んだ。
「質問の意図を理解しかねる。非戦闘員、ましてや民間人を巻き込む理由がないだけだ。強いて挙げれば、お前が撃たなかったからか」
『……』
ロイドが考える素振りすら見せることなく答えると、”白騎士”のパイロットが黙る。その様子は、まるで未知の存在出会ったかのようだ。その様子にプレリアは得意げに深く頷いていた。
『…お前、いや、あなたの実力と立場を見込み、協力を依頼したい。内容は…ある人物の救出だ』
――独立傭兵。特定の勢力に属さず、依頼によってその勢力の作戦に荷担する根無しの戦力。企業が直接雇用している企業傭兵と異なり、彼らの行動理念は主に「金」であり、その上個々の戦力は玉石混淆。この星に限らず、独立傭兵は信用こそすれ信頼はされることがない。
だが、ロイドは”白騎士”と戦い、事実上の引き分けに持ち込んだ。徹底した実力主義の傭兵社会において、彼の実力は依頼に適うと信用されたのだ。
「詳細を聞かせてくれ」
『感謝する。先日、私たちの同胞が企業の連中に攫われた』
言葉と共にモニターに1人の顔写真――分厚い瓶底眼鏡と額の角が特徴的な、白衣を纏う痩せぎすな長髪の女性――が映し出された。所謂研究職に就く者であろうと、ロイドは推測する。
『場所の目処は付いてある。彼女は今、”ザイオン・カンパニー”占領下の前線基地に捕らわれている。機械工学のエキスパートであり、交渉術にも長けている彼女が早々に殺害されるとは考えたくないが…企業の連中は、我々を”動く資源”程度にしか見ていない。事態は一刻を争うんだ』
彼女の言葉に合わせてモニター上の地図が大陸西側へとスライドし、その内の一点を指す。「|Ziong Company」と表記され、紅く塗り潰された支配領域、その一部にピンが立つ。
”ザイオン・カンパニー”は”トライスター・ヘビーメタル”、”ヴィヴィアン・インダストリアル”に並ぶ、この星の三大勢力のひとつである。共産国家の国営企業を母体とする彼らは、その物量においては他企業とは一線を画す。
「場所も割れているのか。なら、俺に依頼するまでもないようにも思えるが」
『そうだな…単純に力でねじ伏せるならそれでもよかったんだ』
地図を見ながら、ロイドはふと生じた疑問を投げる。モニターに映し出された推定戦力程度であれば”白騎士”で処せないはずがない――少なくとも、自分であれば、余力を残して殲滅可能な程度だ。だが、彼女はそうしなかった。否、そうできない理由があった。
『人質には首輪型の爆弾が取り付けられている。それも遠隔操作式の物だ。これを解除できない限り、機動兵器による強硬手段は取ることができない。だからこの作戦は…私とあなたが生身で潜入し、敵に勘付かれるより前に救出する必要がある』
◇ ◇ ◇
惑星クリステラの外気温は平均62.8℃。エーテロイドでなければ数分の内に健康に深刻な被害を及ぼす灼熱の星。それは夜間とて例外ではなく、日が落ち月が昇る時間帯であってもその熱気はパイロットスーツや防護服がなければ一時間と経たず死に至る。
そんな地獄のような環境を生身で突破するのは、酔狂を通り越して自殺行為に近しい。少なくともロイドはそう考えていた。仮にクラウスが居たならば反対されていたのではないかと思うほどには無茶な作戦である。だがクラウスはブリーフィングの直前に「野暮用」で連絡を絶ち、ロイドに判断を委ねた。その結果、好奇心や同情心で受諾し、今や装甲車の荷台で揺られる有様である。
――生身の潜入に当たり、機体は作戦領域に進入できない。そのため自動運転モードにして山陰に隠し待機させている。これは”白騎士”――作戦開始前に渡された識別コードは「Valkyrie」。クリステラに伝わる神話のに登場する乙女の名だと云う――のパイロット、アイリスも同じだった。ロイドたちは現在、アウターヘブンズ――略称”UrHeN”のトラックに乗り、ザイオン領域の前哨基地を目指していた。
ヘルメット越しに横目で彼女を見遣るロイド。あの時の少女の様な民族衣装ではない、パイロットスーツにも似た戦闘服はその体のラインがくっきりと浮かび上がるタイプの代物であり、長い銀髪を後ろに括る姿は、茶褐色の肌と額の角を差し引いてもなお人間に酷似している。その上、整った顔立ちは神秘的な青い瞳も相俟ってロイドの目を惹き付けた。
否。この瞬間、ロイドは確かに「美しい」と魅入ってしまっていた。人とエーテロイドの境界線が曖昧になっていくような感覚すら抱いていた。
それが一瞬の気の迷いとなり、何の気なしにヘルメットのバイザーを上げ――その短慮を後悔すると同時に慌ててバイザーを下ろした。
「何をしているんだ!?」
「何しているんですか兄さん!?」
アイリスとプレリアの声が重なる。エーテロイドはクリステラの環境に適応した種であり、この地上で唯一、保護服なしに活動できる生物である。ロイドたちとは根底からして機能が異なるのだ。
そんな茶番も一段落した頃、運転席の男が左腕を窓から出し、投下を知らせるハンドサインを送ると2人の空気がピンと張り詰める。そのまま男の指が順に折られ――最後の小指が折り曲げられると同時にロイドとアイリスは荷台を蹴り、茂みに身を投じる。
作戦は大きく二段階に分かれて進行する。現在はその第一段階であり、生身で拠点に潜入し、人質――マリアン博士を救出する。セキュリティの解除はAIが担当し、道中の排除を2人で行う。首尾よく救助ができた場合、あるいは博士が死亡していた場合、待機状態の機体を呼び寄せ、基地を制圧する第二段階へ移行する。セキュリティを誤魔化せる時間は長く見積もって10分足らず。最速・最短・最適な進行が求められる作戦となっている。
茂みから双眼鏡で基地を俯瞰する。当然だがこの環境で出歩く者など居らず、それ故に基地の防衛システムは専らレーダー頼みとなっている。
尤も、それは外気に晒される屋外の話。空調の効く屋内であれば相応の人数が駐屯していることは必定であった。
「ドローンの類いはなし…随分とザルな監視網だが、連中め、舐めているのか…!」
「そりゃそうだろうな、生身で攻め込むヤツを想定してはいないだろうさ。機械は”エーテル・リアクター”で稼働する。連中からすれば、エーテル反応さえ見つけられればそれでいいんだろう」
眉間にしわを寄せるアイリス。ロイドはプレリアと共に見取り図を元に人質の幽閉位置を推測する。ロイドの言の通り、この戦争において、生身の歩兵は存在しない。恐竜的進化を遂げた機動兵器の前に、歩兵など鎧袖一触であり、そもそもとしてこの星の環境がそれを許さない。
(建物は全部で5棟。一際大きいのが本部だろうか。手前は格納庫か?この時間に明々としている奥の建物は恐らく兵舎だろうが…問題は、何処に隠す?最も到達に時間がかかるのは――)
「過去の作戦資料を検索…比較…推論…想定…パターン上、Dr.マリアンはあの建物の最上階に幽閉されているものと推測します」
ロイドの判断に先んじてプレリアが地図の一点――本部と思しき建物、その5階を指す。ロイドも同じ結論に至ったのか頷きを返した。
「作戦通り俺とプレリアが先行してセキュリティを改竄し、敵兵を動かす。それを合図にアイリスは目標地点に進行し合流。その後は最短で人質救出に向かうぞ」
「問題ない。必ず成功させてみせる」
――拠点は歩兵の侵入を想定した造りではない。だが、エーテロイドは別だった。彼女らからは微弱ながらエーテリウム反応が生じており、センサーに感知される恐れがあった。故にロイドに声がかかったのだ。
「作戦開始だ…いくぞ、プレリア」
「ナビゲートは任せてください兄さん」
蒸し暑い熱帯の森を1人の歩兵が駆ける。武装は消音器付きの拳銃のみ。侵入に気取られれば人質は即、抹殺される。取り残された間抜けはメタルライナーと生身で戦うことになり、その末路は考えるまでもないだろう。
徹底した隠密作戦の幕が今、上がった。