MISSION05 -ダンス・マカブル-
『作戦を説明する』
薄暗いコックピットに、男のバス・ヴォイスと共に1枚のマップが投影される。クラウスのものではない、通信の相手は企業の仲介人だ。
目覚めと共に仕事が入った旨のメールを受け取ったロイドは、着替えと食事――いつの間にか部屋に置かれていた、パンの堅くなったBLTサンドとほんのりと湯気の上がるコーンスープ――を摂り、ブリーフィングの二分前にコクピットの電源を入れると程なくしてロイドの側に水色の髪の少女が現れる。きっちり戦闘服を着込んだ彼女がひとつ頷き、その黒い瞳――偶然か否か、ロイドのそれと同じ色の――をモニターに向ける。
『依頼主は”トライスター・ヘビーメタル”、内容はポイントE09、”要塞ラムセス”の制圧。具体的な場所はマップに提示してある』
仲介人の言葉に従い、モニターに映るマップに視線を移す。世界地図と思しき広大な地図、その北側を占める大陸最南端の一角が赤く塗られており、「Target」と記されていた。
『ラムセスは大型の軍事要塞で、”ヴィヴィアン”の傘下企業が保有している。ここは交通の要衝であり、陸海を繋ぐ補給路として戦略的価値が高い。ヴィヴィアンはこの拠点を足がかりに大陸での支配領域を拡大する腹づもりだろう。さしずめ橋頭堡と言ったところか』
男の口に合わせて、マップの上のさらに南――海を跨いだ別の大陸から伸びる矢印が要塞を通じてさらに細かな矢印の群れとなってあちこちに伸びている。その中には、「Ttister」と書かれた場所もあった。
『敵戦力については、対空用固定砲台に戦闘ヘリ及び戦車多数、それと旧式のメタルライナーが数騎確認されている』
「……」
男が伝える戦力は、並の傭兵であれば怖気付くようなものだ。
メタルライナーは戦場の支配者ではあるが、無敵ではない。特化戦車や固定砲台による砲撃や無数の包囲網を前に単機で挑めばたちまち鉄屑に成り果てることは想像に難くない。
『だが、お偉いさんとしてもこの拠点は喉から手が出るほど欲しいらしい。あちらからは”ミョウオウ”を出すとのお達しだ』
「ミョウオウ……」
「トライスターの保有する、最強のメタルライナーでしたね」
プレリアが返事と共に、明王と呼ばれたメタルライナーの映像をモニターに映す。
そこに現れたのは全高12メートル――ルプレリアの1.5倍の巨躯。全身を覆う紅い装甲板は常軌を逸した厚さを誇り、前方の大型回転式砲塔式機関砲や上部の160ミリ滑空砲を始め、ハリネズミの如く配された無数の火器は、まさに「動く要塞」の異名に相応しい外観である。
静止状態ですら異様な威圧感を放つ、文字通り規格外の大型メタルライナーの姿。
『さて詳細を話すぞ。制圧と言ったが、本件にはあちらさんのメタルライナーとの共同戦線になる。ミョウオウはラムセスに東側から突入し、敵方の視線を釘付けにする。お前さんにはその隙に背後、西側から攻めて貰う』
「挟撃か。俺の取り分は少ないようだが」
マップ上ではシミュレーション結果が出ており、制圧度合いを表すゲージの8割はミョウオウの戦果を示している――その上、ミョウオウ自身の損耗率は15%。誰が見ても、ロイドが居ても居なくても結果は変わらないだろう。
『保険、或いは腕試しを兼ねていると思ってくれていい。お前さんの想像通り本来はミョウオウ単機で片が付く作戦だが、お偉いさんからの”推薦”があってな』
僅かに息をつくロイド。”推薦”という言葉に、思い当たる人物は1人しかいない。
「…そういうことか」
『まぁ、名を売るいい機会だと思うといい。顔に泥を塗る趣味はないだろう?』
「言ってくれるじゃないか」
『俺の勘が言っているんだ。お前に賭けろとな。ブリーフィングは以上だ。決行は10時間後、日没と共に突入する。いい結果を待ってるぜ』
通信が終了する。
『作戦開始位置への移動時間を考えると4時間後には出発する。装備編成はお前に一任する』
「了解した」
居ても居なくても構わないような作戦に割り当てられたのはいささか不服ではあったが、その仕事を取って来るまでの経緯を考えれば、文句も言っていられない。シミュレータが叩き出した自分の制圧比率は20%――最低限、それぐらいは働かねば置物扱いだ。そう納得したロイドは今回の作戦に使用する武装を選定するため、コンソールから装備一覧を呼び出した。
◇ ◇ ◇
――日没。
作戦領域ギリギリ外で待機する輸送ヘリから電磁投射機で放り出されたルプレリアは、薄暮の空を切り裂きながら要塞を目指す。
そして要塞内部が視認できるほどに近付けば、既に騒然としている様子が見えた。遠目に見て分かるほどに巨大な赤の塊が、そこら中で花火のように爆発を巻き起こしていた。
「状況確認。メタルライナー“ミョウオウ“、交戦状態です」
「随分と派手にやっているな。しかし、作戦開始までもう少し時間があったはずだが…」
僅かに困惑の色を滲ませるロイド。モニターの片隅を見遣ると作戦開始時刻より幾分か早い時間が示されている。
出遅れたかと独りごちると、狙ったかのように通信が入った。
「通信入りました。発信元は、ミョウオウです!」
「よし、繋いでくれ」
早速通信を開く。どんな大男が出るかと考えたロイドだが、モニターを見た途端に顔が固まる。
『君が今回の共演者かい? 予定より早いけど、見ての通り舞台は大盛況を見せているよ』
「共演…? 何を言っているのでしょうか⋯?」
「……」
画面に映し出されたのは眩い金髪が特徴的な妙齢の女性の得意気な顔。自信に溢れたその顔は彫りが深く誰もが認める、絵に描いたような美形だとわかる。
パイロットスーツを着用しておらず、前時代的な装飾の施された華美な服装は、口調も相俟って演劇の役者にも見える男装の麗人だ。
つらつらと特徴的な言葉を紡ぎ出す様子に、ふたりは言葉を失っていた。
『どうしたんだい、もしかして僕の美しさに見蕩れたかな?』
「いや⋯少々面食らっただけだ」
『そうかい。さて、戦況は伝えた通りさ。ミョウオウはつい先程公演を開始した』
「…抜け駆けで握手会とは、マナーの悪い客人もいたものだな」
『はっはっはっ、そう言ってくれるなよ。この判断も僕のものじゃないさ』
ロイドの皮肉に画面越しの美女は肩を竦める。早めの突入は上層部の判断らしい。ロイドは小さく鼻を鳴らした。
「スポットライトの独り占めは困るな」
『ふふ、急いでおくれよ? チケットは有限だ』
「上等だ。脇役で終わるつもりはない」
『デュエットも悪くないね――さぁ、世界を驚かせておくれよ!』
通信を切り、ルプレリアが要塞に飛び込む。
混乱に乗じた侵入者にメタルライナーの一騎が慌てて振り返るが、既に遅い。
「ショウタイムだ、先ずは1つ」
ルプレリアの左腕に搭載された装置がその形状を変化させ、蒼白い輝きを放つ光の刃を形成する。
レーザーブレード。メタルライナーの標準的な近接装備であり、無類の威力を誇るそれは開発当初から対メタルライナー用の武器として多くのパイロットに信頼されている。
高出力で発振されたエーテリウムの光が剣のように収束し、凄まじいエネルギーの塊となって敵の装甲を構えた鉄板ごと溶断する。
ルプレリアが左腕を振り抜くと同時に、胴を斬られた敵機の上体がずるりと滑り落ち、次の獲物へと迫る侵入者の背後で爆発する。
「し、侵入者…うわぁぁぁ!!」
「挟撃か、応援はどうなっている!?」
「く、来るな、来るなぁぁぁぁ!!」
「撃て、撃ちまくれ! なんとしても撃ち落とせ!!」
敵兵が口々に叫ぶ。疑問・恐怖・絶望――そしてそれらひとつひとつがロイドによって掻き消えされていく。
右手に握られたヘビー・マシンガンから放たれた弾丸が戦車の装甲板を容易く貫く。砲台からの砲撃を盾でいなせば、右背部の縦長の立方体状の”箱”――折り畳み式レーザー・キャノンの代わりに積まれた、光の散弾を放つ、中近距離向けのレーザー・ショットガン――が釣り銭代わりに無数の光線を放ち、近くのヘリごと穴だらけにした。
「ロックオン確認、6時の方向」
「ミサイル解放、複数体同時捕捉で一斉掃射だ」
ルプレリアが振り向き、盾を構える。背後のヘリが取り付けられた機関砲を放つが、光の盾に阻まれ――ミサイルの直撃を受けて爆散する。
「今のでいくつだ」
「23機目、撃墜。目標未だ多数です」
「足を止めたら囲まれる、捌いていくぞ」
ルプレリアは壁を蹴り、ブースターを吹かして縦横無尽に戦場を舞う。その姿を捕え損ねた弾丸がコンクリートの壁を砕いたが、彼の姿はそこにはいない。一機、時に数機。立て続けに起きた爆発が夜空を明るく照らす。そうしておおよその敵を撃墜した、その時。
『やらせるかぁ!』
「ち…っ」
スピーカー越しに雄叫びを上げながら一騎のメタルライナーが突っ込み、突撃槍を突きだした。鋭い突き込みがルプレリアの銃を衝き、弾き飛ばす。
「っ、右手武器喪失!」
「大トリのお出ましか…!」
『独立傭兵風情が、よくもぉッ!』
鬼気迫る怒号と共に槍が次々に繰り出される。他の機体と異なり、各所に装飾が施された指揮官機仕様のメタルライナーは縦横に槍を振るい、ルプレリアを壁際へと誘導する。そしてその背中が要塞の壁、角へと追いやられた。
その隙を逃さず敵メタルライナーが駆ける。槍を構え、串刺しにせんと突撃する。
『ここまでだ、くたばれ独立傭兵ッ!』
「壁際⋯逃げ場が⋯!」
「問題ない、まだ上がある⋯!」
メタルライナーの装甲板を容易く貫くランスの一刺し。だがその一撃は虚空を裂き、ただ壁に深々と突き刺さる。壁際に押し込まれたルプレリアだが、角であることを活かし、ローラーとブースターを利用して壁を垂直に登っていたのだ。
にわかに開いた間合い、大技を放った隙で動けない敵機をルプレリアの双眸が見下ろす。
『不覚⋯!』
「フィナーレだ!」
右肩のレーザーショットガンが幾条もの閃光を放ち、老兵――かつて時代を風靡した、「トライデント」と呼ばれた傑作機――を粉砕した。
「索敵――周囲に敵影なし。戦闘終了です、お疲れ様でした」
「幕引きか。スコアは――27.2%か」
動くものが無くなったことを確認したロイドは、ヘルメットを脱ぎ一息つく。強化人間特有の重い疲労感はあるが、“白騎士“と戦った時ほどではなかった。モニターには戦場の俯瞰図と、ミョウオウとルプレリアの制圧比率が表示されている。予想を7%余り超えた結果を見てロイドがプレリアに目を向けると、彼女は何か言いたげな表情を浮かべていた。
「プレリア、どうかしたか?」
「兄さん…先程から、口調に変化が見られます」
「…………」
思わず塞ぐように、手を自分の口に当てるロイド。彼にとっても無意識のことだったらしい。
「独特な世界観をお持ちの方でしたね」
「…そうだな」
「通信が来ています。ミョウオウからです」
「…繋いでくれ」
深呼吸をひとつ挟むと、プレリアが回線を開く。画面には数分前に見た顔が、上機嫌な顔で映っていた。
『ご苦労様。中々に悪くない公演だったよ。君も情熱的なダンスを踊れると知れて、僕は嬉しい!』
「そうか、お気に召したなら何よりだ」
『正直、このミョウオウに着いてこられるとは思っていなかったさ。いい意味で予想を裏切られたね! ああそうだ、僕はクリス。クリス・オートリア、高貴なるオートリアの誉れある騎士さ。君の名前と、その機体の銘を聞こう』
「ロイド・アストラ。機体名はルプレリアだ」
『ロ~イ~ド~! いい名だ、覚えておくよ! 次に会うときは、さらに磨きのかかった演技を期待しているよ!』
「…そうだ、な。善処しよう」
通信を切ると、ヘリの接近を表す標示が浮かび上がる。夜空を裂き、クラウスの乗る輸送ヘリがルプレリアを回収しに来たのだ。
『作戦は終了した。ロイド、帰投しろ』
「了解した。プレリア、レポートを作成してくれ」
「わかりました」
ルプレリアが飛び上がると上空に停止したヘリの後部ハッチが開き、吸い込まれる様に機体を収容する。
ブレードスラップ音を立ててヘリが遠ざかる。クリスはミョウオウのモニターに映るその様子をどこか興味深そうに見送った。
◇ ◇ ◇
”セーフハウス”に向かいながら、ロイドは今回の作戦を振り返っていた。それまでの依頼もそうであったが、ロイドは引き金を引くことに躊躇いを持たない。戦場にある以上は、殺すのも殺されるのも隣り合わせだと考えている。実際、今回の作戦でもロイドの中に葛藤や罪悪感の類いはなかった。それだけに、先日生じた心の乱れが特異であったのだ。
「レポート提出、完了しました。これにて全作戦行動を終了します」
報告書らしきものを丸めて遠くに投げるプレリア。人工的に生み出された存在でありながら、その表情はロイド自身よりも人間らしさを持つ彼女であれば、その疑問を晴らせるだろうか。一瞬の迷いの後、ロイドが口を開く。その時、コックピットに通信が入った。
『ロイド。次の仕事が入った。セーフハウスで7時間の休憩の後、ブリーフィングを行う。依頼主は”アンダーヘブンズ・ネットワーク”――この星の、現地人だ』
心臓が跳ね、僅かに体が強張る。心配したプレリアに呼ばれるまでの間、ロイドはしばし呆然としていた。