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MISSION02 -遭遇、そして邂逅-

「――索敵完了、5時の方向やや下、距離800!そのまま戦闘モードに移行します!」


 ヘリから機体(ルプレリア)が勢いよく飛び出し、深紅の空に放り投げられた。ロイドが落ち着いた様子で索敵を指示すると、間髪入れずに報告が返る。

 敵は機体の遥か後方であり、バランス型の武装構成をしたルプレリアでは交戦距離として些か遠い。

 だが、先程の砲撃を見たロイドは気を抜くことはできなかった。

 発射間隔(インターバル)は?弾数は?威力は?

 何もかもが不明――ひとつ言えることは、砲撃(それ)が当たればヘリ(クラウス達)が落とされるであろうということ。

 であれば、このままのんびりと接敵を待つ訳にはいかなかった。


「っ、目標に高エネルギー反応! ロックオンされていません!」

「やらせるか、注意をこっちに向ける…!」


 操縦桿を引くと同時に視界が縦に回転し――逆さまに映る敵機(・・・・・・・・)に照準が合わせられる。

 機体を縦回転させたルプレリアは、右背部に搭載したレーザー・キャノンを構えていた。

 折りたたみ式の砲身(バレル)が展開され、その砲口には蒼白い光が漏れ出す。

 ――高濃度に圧縮されたエーテリウムのエネルギーを、光の砲弾として発射する。反動が大きく扱いの難しい兵装だが、それだけに威力と射程には優れる。


「ロックオン反応あり、砲撃、来ます!」

補助推力を切れ(バーニアカット)砲撃の反動(リコイル)で躱す⋯いけッ!」


 直後、モニター上部が蒼白く輝き、大砲から圧縮エーテリウムによる光の砲撃が放たれ、視界を勢いよく揺らした。

 同時に画面奥の敵から放たれた閃光がモニターを青く薄らと照らす。ロイドの読みが当たり、本来であれば機体各部に取り付けられた姿勢制御用のバーニアで反動を吸収するところを敢えて反動を利用することで、紙一重で狙撃を躱したのだ。


「距離を詰めるぞ、オーヴァードブースト点火。照準補正を近接戦に合わせろ」

「了解、近接戦闘仕様クロスコンバットモードに調整します!」


 一合撃ち終え、姿勢を戻すと即座にペダルを踏み込む。ルプレリアの背部装甲から一対の大型ブースターが露出し――焼けた空と同じ色の炎を噴き上げながら機体を文字通りかっ飛ばす。

 瞬間速度は音速すら超える超加速が敵との距離を数秒で消し去る。ロックオンマーカーの形が変わり、近接戦闘用に調整されたFCS(火器管制システム)が横飛びに動く機影を捉え、その姿が鮮明になる。

 全身を覆う流線的な白い装甲は古代の騎士の甲冑(プレートアーマー)を彷彿とさせるデザインであり、縦にいくつものスリットが入った特徴的な顔面装甲からはカメラアイの赤い光が漏れ出ている。右肩の箱状の黒い機構からは排熱の蒸気が噴き出されており、先程の砲撃はこの装置から放たれたものだとロイドは推測する。

 初めて見る形状と装備は、ロイドだけでなくAI(プレリア)にもわからないものらしい。マーカーに表示される機体名は「Unknown(正体不明)」だ。


(武装は⋯右腕のレーザー・ライフルと左肩の機構、左腕の(シールド)か。どれも見ない形状だが、特注(ワンオフ)機か?)

「レーザー特化のバランス型の構築(アセンブリ)…さしずめ、「白騎士」と言ったところか。下手に間合いを取ると捌ききれん。意地でも喰らいつくぞ⋯!」


 操縦桿に取り付けられた引き金(トリガー)を握り込むと、右腕のヘビー・マシンガンがけたたましく咆哮し、無数の緋色の閃光を敵機めがけて吐き出した。

 左右に細かく切り返す”白騎士”に追い縋るようにブースターを吹かし、その度に目まぐるしく切り替わる予想地点を先読みしながらマシンガンを撃ち続けると、最後の数発が敵の機体を捉えた。

 着弾の瞬間、まるで弾かれるように弾丸の軌道が逸れる。同時に”白騎士”の周囲、丁度弾を弾いていた箇所が蒼白くスパークする。


「エーテル・アーマー…!?」


 ロイドの瞳が僅かに見開かれる。

 ――鉄騎兵(メタルライナー)が既存の兵器を駆逐し、現代の戦争の最前線を張るようになったのには、いくつか理由がある。

 そのひとつが、「盾」による機動力と両立した防御力だ。

 ほとんどの機体の共通兵装として、攻防一体の「可変式エーテル力場投影装置(フィールド・デバイス)」を装備している。これは可変フレームを活かした装備であり、攻撃用のレーザー・ブレードと防御用のレーザー・シールド――通称、エーテル・シールドと呼ばれる盾型の防御幕とを切り替えることができるものだ。

 そして”白騎士”が今用いたそれは、盾ではなく鎧――有り体に言えば障壁(バリア)のように機体全体に展開されたエーテル・シールド、言わば「光の鎧(エーテル・アーマー)」であり、しかしあまりにも重いエネルギー負荷により理論止まりの代物だ。

 少なくとも、鉄騎兵が運用している様をロイドは見たことがなかった。


 わずかに攻撃の手が弛んだ、その隙を”白騎士”は見逃さない。

 バックステップで再び距離を離すと、右腕とそこに据えられたレーザー・ライフルが向けられる。

 ロイドが反射的に機体を動かした直後、その影を蒼白い光線が貫く。

 レーザー兵装は多くの実弾兵装と比較して弾速が圧倒的に速い。至近距離こそ大きな差はないが、中距離ではそのアドバンテージがもろに出る。

 先程までとは打って変わって攻守が入れ替わる形になり、”白騎士”が一気に攻め立てる。

 左肩の装置が僅かに盛り上がり――チカリと光った直後、4条の光線が放たれ、緩く弧を描く軌道で機体に襲いかかる。


「レーザーが…曲がって…!?」

「回避は間に合わん、シールド展開!」


 直後、ルプレリアの左腕に装備された投射装置のフレームが、まるで傘のように広がり蒼白い光の盾を形成すると、その盾で避けきれないレーザー弾を受ける。

 僅かな衝撃を残して凶弾はあらぬ方向へと弾き飛ばされ、やがて消滅した。


「空中戦なぞやってられるか…!」

「地上戦にシフトします、着地貰います!」


 回避の慣性のまま高度を落とし、着地するとその勢いのまま機体が高速で地面を疾走する。

 脚部のローラーによる高速移動もまた鉄騎兵特有の機動戦術であり、地上では高速かつ複雑な機動力を発揮する。

 頭上から降り注ぐレーザー弾を紙一重で躱しながら、”白騎士”の攻略の糸口を探す。

 厚く張られたシールドに対して、携行火器の火力はやや不足なきらいがある。

 無論、レーザー・キャノンの様な高出力の攻撃であればシールドを貫通してダメージを与えることができるが、そもそもそれを当てる相手でもない。

 レーザー・ブレードは数少ない、エーテル・シールドに干渉し無効化する兵装だが、接近のために攻めあぐねているのが現状だ。


(このままではらちが明かん、一旦仕切り直すか…?)


 回避を続けるうちに、ロイドは地上に落ちていた大きな瓦礫に気付いた。

 撃ち落とされ、破壊された大型ヘリのようで、既に火も消えた文字通りの残骸である。

 その瞬間、ロイドの頭にある考えが浮かぶ。

 地面に着弾し、僅かに反射して消える光線には目もくれずロイドはマシンガンを連射しながら左背部のミサイルを起動する。

 機体に搭載された四角い箱状の装置がぐいとせり上がり、ルプレリアの左肩に載る。

 ――4連装ミサイル・ランチャー。鉄騎兵の一般的な兵装であり、牽制から火力まで幅広く使用できるロングセラーだ。

 モニターに映る機影に4つのマーカーが重なるのを確認し、ロイドが操縦桿のスイッチを押す。

 同時に機体のミサイル・ランチャーから4つのミサイルが順番に放たれる。

 それぞれの弾頭は白煙をたなびかせながら”白騎士”へと向かい、そして本懐を遂げることなく着弾の直前に爆発する。”白騎士”のエーテル・アーマーによって阻まれたのだ。

 だが、その爆煙が”白騎士”の姿と――そのカメラが写すはずの、機体の機影を隠す。

 ルプレリアが放った弾頭は「スモーク弾」と呼ばれるものであり、破壊力ではなく煙幕による視界不良を引き起こすためのものだったのだ。

 その隙に射線を切るように残骸の影へと身を隠す。当然レーダーまでは欺くことはできないが、僅かな時間を稼ぐことはできそうだ。

 右手のマシンガンから弾倉が離れ、硬い音を立てて地面に落ちる。その間に新たな弾倉がマシンガンに填め込まれていた。

 僅かに荒くなっていた呼吸を整え、反撃に移行する――その直前。


「っ、待ってください。足下に反応あり!これは…人!?」

「なに…?」


 虫眼鏡を取り出し、地面をのぞき込むプレリア。それに合わせて地面を映すモニターがズームアップし、その”人影”を捉えた。


「この地面に…人、だと…?防護服もなしにか…!?」

「ありえません…この大気では人間は生存できるはずがありません…!」


 驚愕し目を見開く2人。だが、モニターには褐色の肌に銀のショートヘアの少女が同じように驚き、怯えた顔で見上げていた。その服装はパイロットスーツや防護服でもない、チュニックのような民族衣装であり、とても灼熱の環境下で過ごすものには思えなかった。

 唯一の違いは少女の額から芽のように突き出た、黒曜石のような質感の”角”だろうか。

 驚き固まるロイド。だが、ここは戦場であった。


「ロックオン反応!」

「しまった…!」


 いつの間にか背後に回っていた”白騎士”。その照準が向けられている事に気付いたロイドは慌てて回避しようとし――咄嗟のところで盾を構えた。


「兄さん…!」

「下手に動けばこいつが死ぬ…!」


 モニターの隅には、目を見開き、”白騎士”を見つめる少女の姿。回避すれば流れ弾に当たるかもしれず、そうでなくても回避行動の余波に巻き込みかねない程の近距離。むしろ最初の時点で轢いていなかったのが奇跡ほどのニアミス。ロイドに回避の選択肢はなかった。

 だが。ロイドの焦りに反して”白騎士”もまた、向かい合ったまま動かない。僅かな沈黙を破ったのは”白騎士”だった。


「通信です。出所は…Unknown(アンノウン)、”白騎士”からです」

「…繋いでくれ」

『そちらのパイロット、私の声が聞こえるか』


 通信を開くと、女性の声が飛び込んできた。プレリアより年上の凜とした声、おおよそロイドと同年代だろうか。

 一瞬の思考を挟み、ロイドも応答する。


「ああ、聞こえる」

『では単刀直入に言う。足下に気付いているな?彼女を引き渡して欲しい』

「…お前の同胞か?」

『そうだ。誤って紛れ込んでしまったらしい』


 ”白騎士”のパイロットと少女は知り合いのようだ。ロイドは眉を寄せた表情のまま、思案する。

 ――この状況は、やや有利だ。無論、目の前の襲撃者を倒すことではない。目標はあくまでも「クラウスたちの戦闘領域離脱」であり、これ以上の戦闘を行うメリットは薄い。


「1つ条件がある。俺の目的は時間稼ぎだ。俺たちの安全を保障してもらう」

『…いいだろう』


 通信が切れ、”白騎士”が構えを解く。ゆっくりと降下した”白騎士”が着地すると地表の塵が舞い上がった。

 ロイドは足下の少女を踏みつぶさないよう注意しながら機体を横に動かし、少女が”白騎士”に向かって走るのを確認する。

 少女が小さく会釈をし、”白騎士”がそれを拾い上げる。直後。


『ロイド、こちらは戦闘領域を離脱した。帰投しろ』

「了解」


 向かい合う体勢から180°反転し、再び点火したオーヴァードブーストがルプレリアを宙へ打ち上げる。

 ”白騎士”はじつとその様を見送っていた。


『あの機体…なぜ彼女を撃たなかった…?』


 コックピットの中、パイロット――地上の少女と同じ銀色をした長髪と、額から覗く短い黒角の相を持つ色白の少女――は初めて見る動きをする”侵入者”の背中に疑問を投げかける。

 当然、その答えは返ってこない。



 ◇   ◇   ◇



『ルプレリア収容確認、機体チェックおよび補給を行います』

『メインシステム、通常モードに変更します。兄さん、お疲れ様でした。レポートはまとめておきますね』

「ああ、頼む」


 戦闘を終え、格納庫に戻ったルプレリアは再び固定用の器具が取り付けられ、出撃前と同じように壁際で佇んでいた。

 ロイドはヘルメットを外し、珠のように浮かんだ汗を払う。

 機体内部は灼熱の外気に対し、空調により適温が保たれている。つまり室温による発汗ではない。

 強化人間特有の疲労感と、張り詰めた緊張が緩んだ反動だった。


 戦災孤児だったロイドはクラウスに拾われ、”猟犬”として戦うためエーテリウム適合手術――通称、強化人間手術を受けていた。強化人間は通常のそれとは異なり、非常に高い身体能力・反応速度を得られ、エーテリウム被曝による「結晶化」に耐性を持つ。

 結晶化はエーテリウムの光に触れた有機物に発生する現象であり、結晶化が発症した物体はその構造が徐々にエーテライト結晶へと変化していく。

「未来的エネルギー」と謳われたエーテライトだが、その反面で不可逆の変質をもたらす死の結晶でもあった。


 一息ついたロイドに、書類を持ったプレリアから報告が入ると同時に、モニターにつらつらと文章が流れる。

 今回の戦闘の情報をまとめたレポートの内容であり、ロイドの確認を以てクラウスへと提出される。


『兄さん、レポートがまとまりました。確認してください』

「ああ。…………問題ない、提出しておいてくれ」

『わかりました。兄さんはそのまま休んでいてください』


 プレリアは書類を紙飛行機に折り、そのままいずこかへと投げる――無論、一連の動きは全てホログラフであり、実際に用紙を折っている訳ではない――と、「提出済み」の通知が視界に入る。

 押し寄せる疲労感に身を委ね、ロイドはゆっくりと瞼を閉じた。

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