MISSION01 -赫灼の空-
紅に染まる空を1台のヘリが闊歩する。
惑星クリステラ。宇宙へと住処を移した人類が新たに見出した、資源鉱石“エーテライト“が山程眠るこの星は、灼けた空と黒い大地が広がる荒野のような星である。
荒退した国家に代わり星外に各々の王国を打ち立てた巨大企業は挙ってこの星に押しかけ、皿上のパイを切り分けるように星の各地で声高に所有権を宣言し、誰の許しを得るでもなくそこに眠る資源を貪っていた。
そして時に他者の支配域を強奪せんと他の企業が攻め入り、それを掠め取る。
この星における採掘権とも呼べる支配領域の奪い合いは、遠巻きに眺めれば陣取り合戦にも似た様相を呈していた。
そして今、その朱い盤上に新たな勢力が加わろうとしている。
――特定の企業に属さず、同時に他の企業の雇われとしてその依頼をこなす根無しの傭兵部隊。たった1台、輸送用の大型ヘリに“商売道具“を載せて乗り込んだのは、クラウス・エルドレッド率いる民間軍事会社「14th」。
一会社のオーナーでもあり、企業からの依頼を受け、子飼いの傭兵に斡旋する“請負人“でもある彼はモニターに映し出される紅蓮の空を睨んでいた。
「ボス、セーフハウスまであと40キロです。少し落ち着いた方がいいんじゃないですか?」
「そうそう、腰痛が悪化しやすぜ」
部下の軽口にクラウスは不満げに溜息の声を漏らす。
彼が意識を制御盤に向けると、無数の機器が思い思いに明滅し、中央のマップレーダーには目標地点であるセーフハウスの座標へ向かって1本の線が伸びているのが見えた。
このヘリの速度なら20分とかからない。到着した時の段取りに思考を巡らせながら、クラウスはおもむろに通信機器の電源を入れた。
◇ ◇ ◇
『程なくして目的地に到着する…ロイド、調子はどうだ?』
機械ひしめく格納庫に、鉄の騎兵が屹立する。白と赤色を基調に黄の差し色が施されたそれ――細身のシルエットながら所々に追加の装甲や推進器を具えた一点物のカスタム機だ――は、静かに出番を待つように沈黙していた。
機械越しに投げられた“飼い主“の言葉に、薄暗い操縦席に座る黒髪の青年はゆっくりと瞼を開く。
「ああ、問題ない。今起きたところだ」
ロイドと呼ばれた青年がどこか無機質にも聞こえる声で短く返事をすると、同時に周囲がゆっくりと光を放ち、狭い部屋を様々に彩る。同時に青年の身体をぴたりと包む、機体と同じ配色のパイロットスーツが朧気に浮かび上がる。
程なくして正面のモニターが外の景色――ヘリの格納コンテナの、鉄色の部屋を投影する。
「メインシステム、通常モードで起動しました。おはようございます、兄さん。62分17秒の仮眠でした」
軍服を身に纏い、赤縁のメガネをかけた水色の髪の小さな少女の立体映像がロイドの正面に映し出され、鈴の鳴るような声が発せられる。
『プレリア、現在地点を共有する…確認しておけ』
「マップデータが送られてきました。開封して同期します」
直後、モニターの中央に新着データを報せるメッセージが浮かび、プレリアと呼ばれた幻影の少女がどこからか取り出した箱を開ける仕草をする。
――メタルライナー。傭兵として戦場を駆ける鉄の騎兵には、それぞれ搭乗者をサポートするためのAIが組み込まれている。彼女もそのひとつで、クラウスが手がけ、自我に近いものを宿した“それ“はロイドを兄と呼び、機体の細かな制御や情報処理を担う。
「同期完了、表示します」
「ああ」
モニターに外の景色が映し出される。 茜色に焼けた空と、どこまでも続くような黒い大地。片隅には先程ヘリの操縦席にもあった地図もあった。
「赤い、空…」
「はい、大気温度62℃――この外は文字通り、灼熱の地獄です」
ロイドの呟きにプレリアが、ガイドブックと書かれた分厚い本を片手に答える。
『お前にはこれから、この星で行われている“エーテライト採掘権“獲得のために戦ってもらう。エーテライトから抽出されるエネルギーは莫大なものだ。俺たちの身の回りのほぼ全てがこいつに依存している――無論、この星の外に浮かぶコロニーの動力源にもな。既に熾烈な奪い合いが行われ、それはこれからも続くだろうが、それだけに得られるものもでかい。…身寄りを亡くし、戦うしか道のないような身分であっても、新しく人生をやり直せるだけの金になる。…一体、どれほどの額になるのだろうな』
後半はまるで自分に言い聞かせているようだ、とロイドは頭の隅でぼんやりと考える。
「クラウス、それがあんたの望みなのか?」
『…この作戦には、いくつか目的がある。金はそのひとつに過ぎん』
「他の目的は?」
『またいずれ、機会があれば話そう。それよりもマップは見たか。今向かっているのは、この星における俺たちの拠点――セーフハウスだ。まずはそこで実績を積み、企業連中にお前を売り込む。最終的には…そうだな、企業が保有する採掘権の2%でも獲れれば上々と言ったところか』
「? そんなものでいいのか?」
ロイドの疑問にクラウスは「そう思うだろうな」と返し、言葉を続ける。
『ところがそう簡単な話でもない。当然だが企業にも子飼いの傭兵がいて、その中にはエース級の実力者もいる。木っ端の勢力では話も聞いてもらえんだろう。お前にはまずそういった手合にも劣らぬ実力者であることを誇示する必要がある。交渉は、こちらの領分だが――』
クラウスの言葉を遮るように通信機の向こう側が騒がしくなる。
『ボス、地上付近でこちらに接近する機影あり。識別不明』
『なんだと…?』
『距離800で停止――んなっ、ロックオン警報!?あいつ、この距離からぶっ放つつもりか!?』
『急制動をかけます。ボス、何かに捕まってください』
直後ロイドの視界が大きく揺れ体が前につんのめり、同時に眼前を青白い光が通り過ぎた。
『…どうやら仕事は前倒しのようだ。ロイド、応戦しろ』
「了解。プレリア、出撃準備だ」
「はい! 機体制御システム、チェック開始…問題なし…装備システム接続確立……」
プレリアがぺたぺたと自分の体を叩く動作とモニターのウィンドウの羅列がリンクし、出撃に向けて機体チェックが進む。いつの間にか背景は格納庫に戻っており、視界の一部が開けて外の赤空が覗いていた。
『気をつけろ、相手は所属どころか構成すらわからん。お前が殺られれば、この計画は水泡に帰す』
「チェック完了。いつでも行けます、兄さん」
『ハッチ解放、リニアカタパルト起動…射出推力、正常…進路クリア、“ルプレリア“発進どうぞ』
機体を固定する装置が外れ、軽く上下にに視界が揺れると、視界が90°回り出撃口と相対する。
通信機から女性の声が入り出撃コントロールを委ねられると、視界に機体と同じ武装を纏ったプレリアが映り込む。
「メインシステム、巡航モードに移行します」
「了解。ロイド・アストラ――“ルプレリア“出撃する…!」
操縦桿を強く押し、ペダルを踏み込んだ直後、視界が凄まじい速度で加速する。電磁加速装置により勢いよく放り出された紅白の鉄騎兵が、紅蓮の空に飛翔した。