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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

火付け令嬢

作者: あおい蜜葉

肉をフランベしてたら思い付いた話。

 王城への報告を終えて、視察がてら入った王都のカフェ。

 最近はどういうのが流行りで、どんな作物の需要が上がっているのかしら――そんなことを考えながら席に着き、周りの会話に耳を澄ませていた。


 その時だ。

 平民の女の子ばかり四人ほど集まったテーブルから、私の運命を変える言葉が聴こえてきたのは。


「ねぇ聞いてよ~。ジョンがまーた浮気してやがったのよ! これで五人目よ五人目!」

「懲りないねぇマリーも……いい加減別れな。どうせアイツ変わらないよ」

「だってぇ、顔が良いんだもん……」

「それだけで四回の浮気を許してきた気持ちが分かんないわぁ」

「ねー。マリーちゃん逆にすごい」

「アタシもムリ。アタシを大事にしてくれないなら、アタシも相手を大事にできない」

「『浮気されたら刺しても無罪』って法律作るために役人になったのもハンナくらいだろうけどね」

「『ちょんぎっても無罪』の方が研修先のお姉さま方にウケが良かったから、今はそっちにしようかなって」

「貞節過激派かぁ」

 


 聞こえた瞬間、雷に打たれたような衝撃が走った。

 そう、前月まで子爵令嬢だった私、アルカーシア・バールグラウは気づいてしまったのだ。

 

 ――私を大事にしない人なんて、大事にしなくて良い。


 本当にふと、気づいてしまったのだ。

 この世の真理とも呼べるそれに。

 私にとっては女神の託宣も同然だった。


(そうよ……亡くなったお母様のことは大好きだったわ。でも私を愛さないお父様なんて必要ないわよね?)


 お父様と呼ぶのも違うだろうか。あんなのは「種馬」とか「アレ」で十分だ。

 お母様のご存命中から愛人の家に入り浸り。

 こちらに帰ってくるのは年に一度、年ごとに個人に割り当てられる年間支度金を貰う日だけなのだから。

 妻や娘の誕生日は忘れても、その日だけは忘れたことがないのはいっそさすがだ。

 

 お母様が亡くなってから屋敷にきた継母と異母妹も、私を大事にしないのだから母や妹と認識しなくて良いはずだ。

 種馬の愛人と不貞の娘。今度からそう呼ぼう。

 本人の居ないところでだけ呼べば陰口だけど、本人の居るところで言えばただの悪口。

 何より、単なる真実なのだから。 


(そもそもあの二人、家族の籍にも、貴族籍にも入れてないものねぇ)


 子爵家としての血はお母様の物だ。アレは入婿に過ぎない。

 それを良いことに「これはお前の家なんだから、子爵家の仕事はお前がしろ」と全ての書類や手続きをお母様に押し付けてきた。

 お母様が亡くなってからは、当たり前のように私に押し付けてきた。

 

 そのくせ使用人が多く豪華な本邸で暮らしたがる。

 本邸には私の部屋と執務室があり、私が視界に入って邪魔だからと、ついには私を別邸に追い出した。

 仕事道具と執事と侍女の一部をつけたのは、爵位相当の仕事ができずに身分返上になっては困るからだろう。

 

 お母様と結婚して子供をもうけるだけが役目と思って結婚した愚かな男。

 愚かさの極めつけが、愛人と不貞の娘を籍に入れる書類さえ私に任せたのだ。

 当然、私が処理するはずもない。そんなことすら気づいていない。

 

 特にあの不貞の娘を籍に入れるわけがない。

 入婿の種馬とその愛人の平民が親なのだから、子爵家の血が一滴も入っていない娘。

 そんなモノが子爵令嬢を名乗るのは法に触れる。

 

 青い血というのは、その正当性が保証されるために継がれているのだ。 

 爵位こそ低いけど、中興の祖にお引き立て頂いて騎士爵から子爵家にまでなれた由緒あるバールグラウ家に、汚らわしい血を入れるわけにはいかない。

 

 そんなことさえ分かっていないのだ。

 仮にも本人は男爵家の子供だったはずなのだけど。


(どうせ私の誕生日どころか年齢すら、覚えてないかもしれないわ)


 何を隠そう、先月私は十六歳になった。

 この国で爵位を継げる条件を満たしている。ので、子爵位を継承していた。

 襲爵の公式な祝いは、年が変わって最初の式典で前年の襲爵分が一斉に行われる。

 私が何もしなければ、式典で初めて私が十六歳になったことに気づくとか、そんなところだろう。


  

 先月までの、私の公的な立場は『バールグラウ子爵令嬢にして子爵家当主代行』。

 例外処理なのだけれど、それが認められる程度の事情があった。

 

 婿に入っただけで養子縁組をしていないアレは、子爵位を継ぐ資格がない。

 その娘である有資格者の私は未成年だった。

 お母様には兄も弟もいない。

 お母様の妹はいるが、私と同じく女性継承になるなら、そもそも私に優先権がある。

 仕方なく『当主位保留』となってしまったのだ。


 ――多分アレはそんなことすら知らずに、自分が子爵様になった気でいたようだけど。

 面倒な社交界のパーティーも、本邸に届く招待状が自分宛ではないことに気づかない。

 それより愛人と居る方がいいからと仮病で私に丸投げするから、間違いに気づく余地もないのだろう。

 

 当主位が保留とはいえ、子爵家として国から要請される仕事は毎年ある。

 それを執行するため、当面必要な地位としての当主代行位につけられたのが次期当主の最優先候補である私だった。


 けれどあくまで対外的な仕事をするための地位であり――例えば、領地からの税収の最終報告は、当主か当主代行にしかできない――家庭内での地位は、未成年だった私の方がアレより弱いのだ。

 

 だからこそずっと、我慢してきた。

 私を愛さないアレらを、家族として遇してきた。

 けど、それももう終わりだ。

 私は、気づいてしまったのだから。

 

 当主権限であの種馬と愛人と不貞の娘を追放しよう。

 それから、罪の告発を。

 成年になれば、親の保証がなくとも証言に正当性が認められるから。

 

 どうせなら『貴族の屋敷に不法滞在していた平民』『貴族を虐げた平民』として、重罪で突き出すのがいい。 

 前者はムチ打ちと領地追放で済むけれど、後者は極刑になる。

 平民が貴族を虐げるなんて、死をもって贖わせる以外では社会体制が崩壊するからだ。 


 でも、国法に制裁させるだけでは気が済まない。

 

 幸いこの国では、国法に問うまでもないこまごまとしたことは、領主裁判権を使える。

 つまり子爵領の領主である私の判断で余罪を追及していい。

 これはかなり強力な権限だ。

  

 具体的には「あの時の態度は無礼だ」とか「平民のくせに、立場の弱い私に無理やり頷かせて、お母様の遺品を奪ったわよね」とか、そういったことを。

 

 私が被害を訴えて、

 私が被害届を受領して、

 私が起訴して、

 私が有罪の判断を下して、

 私が量刑を決めて良い。

 

 身も蓋もない言い方をすれば、貴族家当主には、私的な制裁が許される。

 もちろんなんの罪もない領民にそんなことをすれば反乱は必至だから、普通はやらない。


(でも、平民が貴族家を乗っ取っている現状は、普通ではないものね?)


 やっちゃいましょう。今日から。


 意気揚々と席を立つ。

 託宣の女神たちに何かお礼がしたいけど、隣の席の貴族から急にケーキを奢られたってビックリするだろう。

 彼女は確かハンナ嬢と言ってただろうか。役所勤めで法に携わる部署のようだから、子爵家程度の力でも、法案提出の力添えくらいしてあげられるだろう。

 侍女にハンナ嬢の身元を詳しく調べるように頼み、自分は急いでタウンハウスに戻った。



 そうと決まれば! ということで、まずはアレの除籍手続き。これでアレも、私の許しなく本邸にいる権利がなくなった。

 大金貨を必要とする急ぎ便を奮発した。

 これで手続きを優先してもらったから、今日中に受理される。

 

 それから、国法に照らして有罪となる案件を司法院に報告。

 とはいえ一度収監されたら次に外に出るのは処刑台が確定しているので、その前に領主裁判もやりたい。

 ので、逮捕は週明けまで待ってもらうよう付け加えるのも忘れない。

 

 これで待ってもらえる程度には『領民に対する領主の権利』は強い。

 アレは自分がその権利を持っていると勘違いしているからこそ、次期当主の私に不当な扱いができたのだ。


「さて、アレは本邸にいるかしらね」

「アレ……でございますか?」

「そう、アレ。昨日までは一応『お父様』と呼んでいたけど」

「なるほど。明日なら三名とも王都の本邸におられますよ」

「そう、じゃあ明日帰るわ」 

 

 執事のパトリックは、お母様を「お嬢様」と呼んでいたくらい前から我が家に仕えてくれている使用人だ。

 彼なら私の意図を理解できるはず、と含みの多い言葉を交わす。

 

「ねぇパトリック。私も既に当主を継いだし、そろそろ大掃除をしようかと思うの」

「それはそれは、ご英断でございます。本邸の使用人たちは正当なる子爵家にお仕えしている者たちですから、総力を挙げて『大掃除』に馳せ参じましょう」

「ありがとう。とりあえず領主権限でかる~くやっておくわ。それから司法への手配も今済ませたの」

「さすがでございます」


 本邸から出したアレらを、生かしておく気はない。

 それが伝わったのだろう、別邸の使用人たちに引っ越しの準備を命じるパトリック。


「本邸へお帰りになるにあたり、何かすぐに必要なものはございますか?」

「そうねぇ。新しい家具の手配と、使い捨ての火種と松明、あとバケツの水をたくさん用意しておいて」

「かしこまりました。お嬢様――いえ、女子爵様が火傷なさいませんよう、お気をつけくださいませ」

「ええ、ありがとう」




 翌日。

 王都の本邸に帰ると、怠惰に爛れきった空気が充満していた。

 使用人たちは屋敷を綺麗に保ってくれているのだろうけど、主人ヅラして住んでいる者がだらしないから仕方ない。


 こちらの執事の案内でホールを通り、まずは使用人通路へ入り込む。これからやろうとしていることで使用人たちを極力怪我させないためだ。

 配置を指示し、教えた時間が来たら、突入隊以外の者は屋敷の外に逃げるよう告げて回る。


 最後に、話し声がする大きな居間の扉の前へ。水の入ったバケツを廊下に運び込み、火をつける前の松明で扉を殴って開け放つ。

 はたして予想通り、我が物顔でくつろぐ三人がいた。

 家族でもなんでもない、不法侵入者たち。


「子爵様が楽しく酒を飲んでるところになんだ! 使用人のくせに無礼だぞ! そんなにムチで叩かれたいならそこに座れぇ!」


 まだ宵も浅いというのに酔っぱらっている。仕事などしていないのだから何時から何時までお楽しみでも構わないということだろう。

 無言で酒瓶を取り上げ、中身を頭から注いでやる。

 チラッとラベルを確認すると、45度。都合が良い。

 

 ぎょっとした様子だが、実の娘だとまだ気づかないものだろうか。


「無礼なのはお前よ」


 カラになった瓶も顔面にぶつけ、空いている扉を背にポイと火種を放る。松明に火をもらうのも忘れない。


「ひぃっ!? し、死ぬ!!! やめろ、火を消せ!!! ひぃぃぃ……!!!」


 大して気化しない内に火をつけたから服と肌の表面が焦げる程度かと思ったが、ソファごと燃え始めた。どうせ焼いて処分するし問題はない。

 

 逃げたくとも入り口には私が控えていて、手には火の着いた松明。

 近寄れば火を移されるか殴られるかの二択だから、寄ってくることもできないのだろう。

 必死に絨毯に転がって火を消そうとするのが精一杯のようだ。

 

 もちろんこれで死なれては困るので、バケツの水をかけてやる。

 かつてこの愚か者が選んだ女から私がされたように。

 必死に「止めて」と叫んでも、聞こえないフリをして。

 笑い声を聞かせながら、何度も、何度も水をかける。

 肩口を足蹴にして、顔が上を向くように固定して、バケツの水を打ち付ける。

 

 親らしいことは種付け以外なにひとつしなかったこの男も、少しは子供の気持ちが分かる良い親に近づけることだろう。

 感謝してほしいものだ。


  

 そうこうしている内に、部屋に突入した執事たちに押さえ込まれ縄を打たれた女二人も、やっと私の正体に気づいたらしい。

 何度も会っているのに顔を見てすぐ気づかないあたり、貴族であれば失笑ものだ。

 子爵夫人だの子爵令嬢だのを名乗ろうが、所詮この程度の平民に貴族の務めは難しいということだ。


「まさか……お姉様なの……!?」

「誰がお前の姉ですか。黙りなさい、平民」

「はぁっ!? アタシは子爵令嬢なのよ!? 平民じゃないわ!」

「入婿の種馬と平民の娼婦から生まれた不貞の娘ごときが、子爵令嬢になったと本気で思っているの? 貴族籍に入ってもないのに」

「な……っ!?」


 あけすけな言葉で立場を分からせてやると、怒りに赤くなり、それから理解が及んだのだろう、次第に青くなった。


「えっ、嘘でしょう、だってお父様が言ったもの、お前は今日から子爵令嬢だって……」

「残念ね。そこに転がってる無能は、私に手続きの書類を丸投げしたのよ。だから役所にはなーんにも届け出てないわ。

 再婚した後妻も、その連れ子も、貴族籍には載ってない。なんならその男も、昨日付けでバールグラウ家の戸籍から消されたわよ」

「はぁ!? 本気で言ってんの!?」


 子爵の後妻を自称する娼婦の方も、あまりの衝撃に口をパクパクさせるばかりで声が出ないようだ。


「よってお前たちは、平民でありながら貴族身分を詐称したこと、貴族の屋敷を不法に占拠した上に正当な権利を持つ住人を追い出したこと、平民が貴族を虐げたことについての罪人として司法局に告発されるわ。

 それ以外にも、正当なる次期当主に対する無礼の数々、物品の略奪、脅迫、財産の使い込み、余罪の全てをバールグラウ家当主アルカーシアの名において有罪とし、即刻処罰します」


 執事が後ろ手に縛られた二人にも酒を浴びせ、私から受け取った松明で軽く焙った。

 火がつくギリギリの度数だから爆発的に燃え上がったりはしないが、肌の上を火が這う苦痛はちゃんとある。

 

 悲鳴が耳障りだなと思ったところで水をかけてやった。

 アレに思ったより水を使いすぎたから、こっちの二人を水責め出来なくて残念だがまぁいいとしよう。

 司法に引き渡さなければいけないのだから、ここで死んでも困るのだ。


「お前たちの着たドレスなんて残しておきたくもないけど……そうね、子爵家に住んでいた若い女が着たドレスや寝衣だと言えば、金持ちの平民の好き者が高く買ってくれるかもしれないわ」


 あえて不快になる未来を聞かせてやると、イヤな顔をする。

 自分たちだって嬉々として私に同じことをしてきたのに、どんな厚かましい神経があればそんな顔ができるのだろう。

 まぁそれでも、この未来ほど絶望的ではないか――聞こえてきた重厚な馬車の音に、とびっきりの笑顔を浮かべて口を開く。


「平民が貴族を詐称し、平民が貴族をいたぶった、その罪は極刑しかないってご存じ? ほら、司法局の馬車が到着したわよ」

家庭環境のおかげで悪役令嬢に覚醒した気がするけど、ピンク髪の男爵令嬢がいないのでここで終わりです。

- - -

10/2 週間6位!? あ、ありがとうございます…!!

皆様さては、理論派蛮族がお好きか…!?

10/6 ついにジャンル週間1位…! 本当にありがとうございます…!

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― 新着の感想 ―
> 肉をフランベしてたら思い付いた話。 作家の想像力とはすごいものだなぁ
[一言] 作者自身に、「ピンク頭のヒロイン」は不在って言われた。 出来れば、ピンク頭(意味深)って言って欲しかった( ˘•ω•˘ )
[一言] 理論派蛮族がお好きか…!? 蛮族ってか脳筋ってか、そんな力任せネタ好きな人意外と多いんですよ。 ほら、昔の某ギャルゲーでも「筋肉エンド」があったじゃないですか。 やりました。
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