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5. 魔法使いの弟子になる

 

 記憶がないわたしたち二人を、ゲルダは快くお菓子のおうち招待しただけでなく、そのまま滞在するように勧めてくれた。実はお菓子のおうちに見えるのは幻覚で、このおうちの一部を一口でも食べようものなら、一瞬で深い眠りに落ちて記憶が消され、転移魔法で森の外へと追い出されてしまうらしい…大魔法使いはやっぱり伊達じゃない。


 なりゆきでゲルダの弟子になって魔法を教えてもらうことになったのだけれど、弟子になったわたしは意外と役に立っていた。ギフトによってもたらされた前世の記憶が、実はとても有用で、料理と魔法以外は壊滅的に何もできないゲルダの家事全般を一手に請け負うことができたからだ。


「グレーテル、助かるわ。研究室の床が見えるのって、いったい何年振りかしら?」


 のほほんととんでもないことをおっしゃるお師匠様は、大魔法使いらしくポーションを作っているだけでなく、どうやら魔道具の製造や修理をして生計を立てているんだそうだ。好き嫌いがハッキリしているせいか、できない家事はどんどん後回し...最終的にはできない家事に時間を取られたくなくって放置状態であることの方が通常となったらしい。わたしたちと会った日はお得意の魔法で幻覚を見せていたんだからまったくもって詐欺にでもあった気分だった。お師匠様が幻覚を解いたあとにわたしたちが見た現実は、わたしをフリーズさせただけじゃなく、ヘンゼルを...あのイケメン兄の尊顔からも一切の表情を失くさせた...無表情のイケメン(いや、それでもね...無表情でもやっぱりヘンゼルはかっこよかったんだけれどもね。)こう説明すれば、いかに悲惨な状況だったかは想像できるんじゃないだろうか。だってあんなに可愛くて素敵なおうちの本当の姿ってば...あの惨劇は思い出さないほうがいいことのような気がするから忘れることにした...そう、キレイさっぱり‘消去’した。こうして家事に時間を取られなくなったゲルダは、張り切って新しいポーションや魔法具の開発も始めたらしい。


「グレーテルのおかげよ。好きなことだけに没頭できるって幸せ。」


 昼に用意した軽食のサンドイッチをつまみながら、ゲルダが満面の微笑みを浮かべる。


 ‘やばい…お師匠様が可愛すぎる!’


 怖くて年齢など聞けやしないが、ゲルダは確実に年上...のハズ。それでも嬉しそうにサンドイッチを頬張りながら満面の笑みを浮かべている女性には‘カワイイ’という言葉が一番似合っている。生活能力ゼロだけどね。もっかい言っちゃう?魔法以外なにもできないヘッポコだけどね。



 ヘンゼルは家での力仕事をしたり、狩りに出て食料(主に肉)を調達してくれたりする。魔法を使うとびっくりするほどお腹がすく。この空腹感は尋常じゃない。正直言ってヘンゼルの狩りの能力がなければ、わたしはやせ細って大変なことになってしまったかもしれない。自分にも何かできるはずだと、曖昧な記憶を頼りに弓をもって森へ出かけたのに、帰ってきたヘンゼルの狩猟袋には野兎や野鹿、野鳥がたくさん入っていた。あの獲物を持ち帰ったときのイケメンの満面の微笑みってば…兄の三活用を繰り返さなければ…いや、繰り返してもなお夕日が言い訳にできないくらい頬が真っ赤になった。さいわいヘンゼルに気づかれることはなかったようだけど、絶対ゲルダには気づかれてた。だって、思いっきり生暖かい視線を感じてひどく居心地が悪かったんだもの。恐るべきイケメンの威力。兄なのに...兄だけど…ドキドキさせられっぱなしで時々目を合わせることができない...困る。



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 魔法の訓練をはじめてすぐ、ゲルダがわたしの特殊魔法能力に気づいた。言霊魔法と呼ばれるそれは、イメージがはっきりしていて構造や構築が分かっているものは言語化できれば魔法として使用できるというほぼ無敵なもので、その威力と可能性の恐ろしさにゲルダが速攻で制御をつけた。


「人の心身に害を与える魔法は使えないようにしておくわ。これは、わたしの魔力があなたより大きければ解除できないし、あなたがわたしを殺しさえしなければ有効よ。」


 などと、これまたとんでもない爆弾発言をへろッとしたものだから反応に困ってしまった。言霊魔法が使えるようになると、魔法使用の原理が理解できたため、決して多くはないがヘンゼルにも魔力供給ができるようになった。そうすれば、彼も魔法が使えることが分かったので、それからは二人でゲルダに魔法を教わるようになった。ヘンゼルは特に狩りに有益な攻撃魔法の訓練をはじめたのだが、彼には才能があったのか、風、水、炎の3属性を使いこなせるようになった。しばらくして身体を作りこみ魔力に慣れると、ヘンゼルの魔力量が次第に増えて蓄積できるようになり魔力供給の頻度が減った。


 イケメンには特殊能力も備わっているのか、ヘンゼルは魔力をわたしから取り込む感覚を覚えると、それを自然界からできないかためし始めた。


 「自然界には魔力の源であるマナが溢れている。その自然の力を借りたのが魔力のはじまりなのよ。本当はヘンゼルのように誰もが自然界からマナを吸収できるはずなの。いまはできる人がほとんどいなくなってしまったのだけれどね。」


 ヘンゼルの訓練を見ながらゲルダが魔力の本来の在り方をそう教えてくれた。お師匠様が何か言葉を続けることを躊躇ったことには気づいたが、その表情から詳しく聞くことはしないほうがいいと判断した。わたしたちの暮らすこの世界では、個人でもって生まれる魔力量は人それぞれで、それが悲しいほどの差別につながっているのだ。本来の魔力は自然界からの借りものなのだから、魔力量で差別すること自体が間違っているのに...と寂しそうにつぶやいたゲルダは、何かを誰かを思い出していたのかもしれない。


 マナの吸収と基本の攻撃魔法を習得すると、ヘンゼルは“狩場で応用訓練だ”と言って森や川へ出向き、その才能を遺憾なく発揮した。弓矢の才能だってあったのに、攻撃魔法はそれ以上に才能があったのか、それとも‘狩場の訓練’が思ったよりも楽しかったのか、訓練のあと数日はかなり贅沢な食事が用意できた。もっともその彼の‘訓練’の恩恵を最大に受けたのはわたしなんだけれど...もう一度言い訳をしておこう。魔力を使うととてもお腹がすくの。


「ぼくが狩ってくる獲物はゲルダが魔法を享受してくれて、グレーテルが魔力供給をしてくれた対価なんだから、遠慮なく食べてもらいたいな。」


 イケメンがそれはもう眩い光をキラキラさせながら、満面の笑みでそう言えば、頷く以外の選択肢はない...と言い切れる。この人、光魔法が使えるんじゃないかって思えるくらい笑顔が輝いて見える。もう何度も繰り返しているが、イケメンの破壊力ってすごい...ここでまた兄の三活用を呪文のように唱えなければいけなかったことはきっと想像してもらえるだろう。



 魔法の基礎訓練は実戦形式で徹底的に仕込まれたが、ゲルダの方針で、ルールや理論、歴史に及ぶまで魔法に関する座学もしっかり学んだ。


「魔法は座学を基礎にして実践で活用する前にちゃんとイメージを作れることが大切なの。なぜこの魔法が生み出されて、どんな目的でどのように使うのか。魔法は力ではなく自然の恩恵。力を行使する先にどういう世界があるのかが見えなければ、たやすくすべての命を奪ってしまうのよ。共存するために使う。それが守れなければ魔法は使わないほうがいい。」


 弟子を取ったことがないと言っていたのに、ゲルダの教え方はすごく丁寧で、でも厳しくて大切なことも一緒に学んだ。ヘンゼルが攻撃魔法を主体に学んでいたこともあって、必然的にわたしの魔法は防御に突起するようになった。加えて治癒魔法も早い段階で基礎を学び、特訓を繰り返した。



 前世の記憶と言霊魔法で、わたしたちの森での生活はかなり異世界の文明に近いものになっていった。まずはキッチン。調理場を整え、冷蔵庫や電子レンジ、食洗器までつけてしまった。もちろん洗濯機や乾燥機、掃除機を作って、大きな浴室にお風呂も完成させた。お菓子の家は今や冷暖房つきの森林快適リゾート風ハウスだ。家主のゲルダも大満足。研究に専念したいゲルダは、魔法指導と同じくらいの厳しさでわたしに家事を押し付け...もとい、家事を任せ、偶然にも前世の記憶の中でレシピというものを発見したわたしは、それに従って料理すればたいていの食材は使いこなせることが分かった。すぐに、珍しい食材やなじみの薄い料理に挑戦してゲルダとヘンゼルにふるまうのがわたしの楽しみのひとつになった。


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