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12. 兄じゃない...あなたは

 



 「おそらく、わたしにかけられた魔法は記憶操作魔法だったと思われます。」


 ゆっくりと息をして、グレースは両親に自分の見解を述べ始めた。


 「その魔法作用でわたしは公爵令嬢としてのわたし自身を忘れ、ひとつ前の人生を思い出しました。‘前世の記憶’です。ゲルダ様はこれを祝福(ギフト)とよんでいました。」


 グレースの鼓動が早鐘をうつ。突飛もないことを言っている自覚がある。証明する方法も説明する手段さえない‘前世の記憶’という言葉を告げた瞬間に自分の声に緊張がはしる。目の前の両親の反応が怖かった。けれど、父も母も固唾をのんでグレースの声に耳を傾けてくれているが、驚いた様子も戸惑った様子も見せなかった。真剣にグレースの身に起きた出来事に聞きいっていた。その姿に人知れずホッと息をついて言葉を続ける。


 「偶然にもその前世の記憶の中に、その時の自分の状況に類似する物語がありました。そのため、わたしは自身をその話の中の人物だと認識しました。ヘンゼルは少し離れた場所に眠っていたのですが、わたしが気づいた場所とほぼ同じ所にいたこともあり、彼もまた物語の登場人物の1人―わたしの兄だと思いました。」

 

 緊張しているのか説明が早口になる。

 

 「互いの記憶を確認しましたが、わたしが覚えていたのは‘前世の記憶’のみ。ヘンゼルはほとんど何も覚えてはいませんでした。幸運にも物語には続きがあって、わたしは森の中にある一軒家のことを覚えていたので、その記憶をもとに二人で森の奥へ入りました。」


 「興味深いな...前世の記憶に物語の登場人物か…」


 公爵は何かを考えるようにつぶやく。


 「誤解のないように申し上げますが、前世の記憶の中で思い出した物語のわたしたちは、貧しい平民の子供で、生活に困った両親に森に捨てられたというものでした。だから、わたしにはヘンゼルしかいなかったし、ヘンゼルにもグレーテル...わたししかいなかったのです。」


 今後のためにもここは...特にヘンゼルの立場は明確にしておくべきことだ。彼が誰だろうと公爵令嬢と行動を共にし、ましてや寝食を共にしていたとなれば大問題になりかねない。たとえこの話がこの場から一切出ることがあり得ないとしても、父である公爵にはヘンゼルに処罰を下す権限がある。自分の娘の醜聞を公にすることはできないが、公爵家と娘の名誉のために秘密裏に人を処理することくらいできないはずがない。そうなっては困るのだ。グレースは言葉でなく瞳で父に訴えかける。父が自分の言葉の心意を受け取り誠意をもってこの事実を受け入れてくれることを信じて力強く見つめる。


 「森の中で、わたしたちはわたしの記憶にあった一軒家を見つけ。そこで大魔法使いのゲルダ様に出会いました。彼女は行き場のなかったわたしたちに居場所を与えてくれて、そしてそこで三人一緒に暮らすことを提案してくれました。」


 「三人だけで...森の中で?」


 公爵は驚きが隠せない様子だった。


 「さいわい、前世の記憶は様々な知識と技術を与えてくれたので、わたしは家のお手伝いを、ヘンゼルは狩りをして共同生活を始めました。わたしには魔法の才があると気づいたゲルダ様は、わたしを弟子として受け入れ魔法を教えてくださいました。すぐにヘンゼルにも魔法が使えることがわかったので、彼も魔法を学び、創意工夫のもと生活の基盤を固めたのです。」


 グレースの口から家事をしていたと聞かされた夫人は、ハンカチで目元をおさえた。小さなころから常に侍女がいて身の回りのことは任せてきた娘が、家事がしていたというのだ。それが一体どんなものなのか想像もつかず、ただただ不憫で仕方なかった。


 「お母様、前世わたしは一人で生活する能力も働いてお金を稼ぐ術もあったのですよ。その記憶がなければおそらくわたしはもっと大変なことになっていたと思うのです。けれど、その記憶のおかげでわたしは生活には困りませんでした。むしろ思い出した知識と技術は、わたしたちの生活をより快適なものに、より豊かなものに変えてくれたのです。感謝こそすれみじめだなんて思ったことは一瞬でもありません。」


 両親がハッと顔をあげる。


 「ゲルダ様に出会い、ヘンゼルと助け合って生きてきました。その森の生活が落ち着いたころ、縁あってハワード様とも知り合うことができました。そして、その出会いがこの舞踏会への招待状もいただけるご縁となったのです。平民として決して裕福とは言えない生活をしていましたが、公爵令嬢としての記憶が戻った今も、その経験はわたしの誇りです。」


 グレースは両親を安心させるように頷き、隣に座るヘンゼルを見つめ微笑んだ。その瞬間…グレースのネックレスが発光する。まぶしすぎる光に部屋全体が覆われた。



 >>>>>>>><<<<<<<<<<



 アミュレットが光っていたのはわずかな時間だったかもしれない。それでも、その光を経験した者はその一瞬に永遠を感じた。強い光が徐々に落ち着き、その光が再びグレースのネックレスの中に納まっていく。


 「あなた様は…」


 ようやく周りがもとのように見えるようになり安心したグレースの耳に父親の動揺した声が聞こえてきた。一度として慌てた様子を見たことがない父親の聞いたことのない声にグレースは驚きながらもその様子に目をやれば、父だけではなくその隣にいる母までもがヘンゼルの方を凝視している。その非日常的な表情に戸惑いながらも、グレースはその視線の先を追う。


 「えっ...?」


 さっきまで隣にはヘンゼルが座っていた...はずだ。でも今そこにはヘンゼルがいない。代わりに全く別の人物が座っている。その男性を見つめてグレースは自分の目を疑った。自分の隣に座っているのが、毎日笑いあったよく知っている銀色のくせ毛、碧眼のイケメン兄ではなく、緩やかなカーブの美しい金髪でヘンゼルと同じ優しさを持つきれいなエメラルドの…少し透明感があるから翡翠色といった方がふさわしいかもしれない瞳を据えた、少し大人びた表情の男性だったからだ。




 しばらくの間、その男性はわたしをじっと見つめていた。まるでわたしの瞳の中に自分の姿を探すように、けれど静かに強いまなざしで瞬きさえ忘れたかのようにじっと見つめていたのだ。わたしもまた、彼の瞳から目を逸らすことができずに、静かにその翡翠色の瞳に魅入られていた。するとその左目に、薄く金色に輝く星型の印を見つける。




 「カルロス殿下…」


 グレースが小さくそう呟いた。瞳の奥の星の印を見つけた瞬間、目の前の男性が誰だか理解した。小さな声に反応したかのように男性の瞳から光が溢れだす。周囲が慌てる暇もなく目が開けられないほどのそのまばゆい光が放たれる。その光はグレースと青年を覆い、一度二人の姿を隠すとゆっくりと二人の中に消えていった。




 「グレース。」


 心地よいテノールの声が響く。曖昧だった記憶の霧を晴らし、漠然とした不安に怯えていた心を包むように、その声がグレースを包み込む。


 「わたしも自分の記憶を取り戻したよ。」


 翡翠の瞳がグレースを捕えて優しく微笑んだ。


 「殿下…」


 グレースの瞳に涙が溢れる。どうして彼を兄だと思っていたのだろう。どうして彼に気づかなかったのだろう。髪の色が違っても、瞳の色が違っても、彼の持つオーラも優しさもそのままなのに…。ずっと昔から知っているそのあたたかいまなざし。十歳にも満たないころから知っているその人の柔らかな空気は、いつも自分を包み込んで安心させてくれた。強い尊敬とあこがれを抱いていた。幼い思いは時と共に成熟し、それはいつしか深い愛情になっていった。互いに敬い、慈しみ合ったその人の存在にようやく今気づいた。ついさっきまで、自分の兄だと思い一切疑うことをしなかったヘンゼルは、この国の第二王子カルロス殿下…まごうことなきグレースの婚約者だったのだ。




グレーテル時代のドキドキは単なるイケメンに対するものじゃなかったということですね。

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