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後編

 慰霊塔のそばには、男女の亡霊らしき姿がぼんやりと現わしてきた。


 一昔前のテレビならば、夏の定番の心霊特集に登場した心霊写真で見た人は少なくないだろう。今でもやっていると思うけど、コンプライアンスの影響で深夜に追いやられた上に番組を見る人も少なくなって……。


 そんな中、雅典は偶然にも亡霊たちの姿をこの目ではっきりと見ることができる。けれども、他の人にはないその能力をどのように手に入れたかは雅典本人も全く分からない。


 そんな時、亡霊の男がいきなり怒鳴り声でしゃべり始めた。


「誰だ! こういうのを建てた奴は!」


 雅典は、冷静さを保ちながらこの世に現れた亡霊たちを相手にマイクを向けた。しかし、亡霊たちが雅典に向ける眼差しは冷淡そのものである。


「これは慰霊塔といって、大地震の犠牲者への追悼と防災への誓いを……」

「はあ? 犠牲者への追悼っていうけど、それはあんたら人間の身勝手さだろ」


 亡霊たちの異議は、放送人出身の雅典にとって受け入れ難いものがある。だが、ここで感情を露わにするわけにはいかない。


「それでは、どうして人間は身勝手だと思いますか?」


 雅典は、身勝手という意味を亡霊たちにマイク越しに問いかけた。これに対する彼らの回答は、人間に対する不信がそのままストレートに表している。


「大津波に飲み込まれた俺らは必死に助けを求めたんだ。しかし、誰も俺らを助けようとしなかった」


 相手からの怒りに満ちた言葉に、雅典は声を出すことができなかった。


「上空のほうにはヘリが飛んでいたけど、この辺りを旋回するばかりで何もしなかったじゃないか」


 約40年前の大地震は、まだ雅典が生まれる前の出来事である。端的に言えば、雅典は大地震を知らない世代と言っても過言ではないだろう。


 こうした大災害を風化させないように、学生時代から防災教育を繰り返し行われたのを体で覚えている。テレビ局の局アナ時代の時も、災害や防災に関する報道は報道機関としての使命ということを何百回も言われてきた。


「使命感という名のもとに惰性になるのが嫌で局アナをやめたのに……」


 雅典は頭を抱えながら、やめたはずのテレビ局をかばおうとする自分への自己嫌悪に陥っていた。そんな雅典に、亡霊たちは強い言葉で再び発した。


「どうした! 何も言わないのか!」


 亡霊から言われなくても、雅典には言いたいことがたくさんある。報道機関がヘリで現場へやってきたのはあくまで取材活動であり、今にも死にそうな者への救助は極めて限定される。


 雅典の脳裏には、テレビ局をやめる直前に顔を合わせた同僚の言葉が思い浮かんでいる。そこで交わされた会話は今でも忘れていない。




「使命感という言葉がプレッシャーになっているのか」

「災害からの復興と防災力の強化が報道機関の使命なのはよく知っている。でも……」


 本心では、他のテレビ局員も雅典と同じことを考えているかもしれない。けれども、彼らは防災報道の使命という名目で自我を出さずにひたすら我慢しているのだろう。


 そんな中で、雅典は自分の弱さをさらけ出すことへの葛藤を抱えていた。同僚は、そんな雅典の気持ちに寄り添おうとやさしく言葉を掛けた。


「弱さを隠さないでも大丈夫だよ。俺もお前の目指す道を信じているから」




 数少ない理解者だった同僚の言葉を思い出すと、雅典は慰霊塔のそばにいる亡霊たちの前で頭を下げながら声を振り絞るように語り始めた。


「もし、自分がヘリの運転手の立場だったら……」


 亡霊たちが怪訝そうに見つめる中、雅典はさらに言葉を続けように口を再び開いた。


「大津波に飲み込まれた者を見つけたら、周辺を飛んでいる消防や自衛隊のヘリに無線で人命救助をしてほしい場所をこちらから伝えていたと思います」


 雅典は自分ができ得ることを次々と語りながら、隔たりの大きかった相手との距離を縮めようと試みた。その様子に、亡霊たちは黙ったままで耳を傾けている。


「あなたたちはこちらの言うことを信じようとしないかもしれない。それでも、口で言うだけでなく、亡霊たちのことを認識して寄り添いたいという気持ちは変わりありません」


 上っ面の使命感で防災を言うのではなく、災害の犠牲となった亡霊たちのことを考えることが雅典にとっての大きな意義と言えよう。


「あなたの寄り添いたいという思い、ちゃんと受け取ったわ」


 女性の亡霊が雅典に言葉を返していると、他の亡霊たちもその様子をうなずくように見つめていた。


「じゃあ、あの世へ戻るとするかな」


 その一言を発すると、亡霊たちは雅典の前から跡形もなく消え去った。雅典は、慰霊塔のほうを振り返りながらこうつぶやいた。


「ここでの撮影はもうやめたほうがいいな」


 雅典は、『霊チャンネル』の配信を目的とした今回の撮影を行わないことを決めた。人間の身勝手さが亡霊の怒りを招いた以上、あの慰霊塔を被写体にしないことが身のためである。


 なぜなら、亡霊の領域へ足を踏み込むと生きて帰ることができないかも……。

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