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こんけるふぇん(仮)  作者: 黄昏狐
第1章 冒険者パーティー『狐火』
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第7話 狐娘は準備する。

 とりあえず宿の受付で部屋の空きがあるか確認すると大丈夫とのことなので、一泊分頼んでおいた。

 受付の人にカードを見せると少し驚いた顔をされたが、冒険者カードは身分証明になるのでそのまますんなり受け付けて貰えた。


 部屋のグレードについて聞かれたがよくわからなかったので、真ん中くらいのやつ! と頼んでおいた。

前金で銀貨5枚とのことだ。今度は麻袋から金貨1枚だけ取り出して渡し、お釣りを受け取る。

 金貨を出した瞬間ギョッとされたが、特に問題はないようだった。


 宿の確保ができたので今度は買い出しに出ることにする──と思ったが、薬草類と携行食とマントはどこで買えたものか。


 先ほど別れたばかりのアーランドがまだロビーにいたので呼び止める。


「まだ何か?」


 アーランドはまた訝し気な顔で見つめてくる。


「どこにいけば買える?」

「全部雑貨屋あたりで揃うとは思います。携行食は屋台で売ってるものもありますね」

「わかった。ありがと」


 また軽く手を上げて今度こそバイバイする。


「……師匠、本当に大丈夫なんですよね?」

「強さだけはお墨付きだ。俺が保証するぞ。あとは知らん」

「ええ……」


 遠ざかるあたしの背中に、アーランドの呆れるような声が聞こえた気がした。



 雑貨屋は冒険者ギルドを出て100mほどの所にあった。冒険者ギルドに来る途中に店先を通ったので覚えていた。

 店先が大きく開けていて、薬瓶から使い道の良くわからない装置から効能の全くわからない怪しげな薬草まで、多種多様の商品が並んでいた。

 カウンターには一人の老婆がいて斜め前を向いて新聞を読んでいる。その後ろにも商品が陳列されていた。


「傷に効く薬草と解毒草、あと包帯ありますか?」

「おやおや、かわいいお客さんだねぇ。冒険者さんかい?」


 声を掛けると老婆は新聞を置き、こちらに向き直った。


「うん。明日から初めての依頼で一週間くらい行ってくる」

「おやまあ! 新人さんかい? じゃあ初回サービスでお安くしとくよ! これからも贔屓にしておくれよ」


 老婆はガサゴソと裏を漁ると、カウンター上に薬草の束と少なめの解毒草の束、巻いてある包帯を置いた。


「一週間くらいだとこれくらいかね。携行食は要らないかい?」

「それも頂戴」

「あいよ」


 老婆はまた裏を漁ると、カウンターに携行食を置いた。

 携行食は平たい板のような物を葉っぱで包んであるもので、手の平サイズのブロックが七段積んであるので、多分一つで一日分のようだ。


「携行食はあんまり美味しいもんじゃないけど良いのかい? 今なら新商品の『(かた)パン』なんてのもあるよ」


 言いながら老婆はカウンターの上にガチガチに固まったパンを置いた。もちろん食べ物なので葉っぱを敷いた上にだ。


「普段はガッチガチに硬くて食えたもんじゃないんだけどね、火で炙るとふわっふわになって焼きたてのパンなのかって見違えるほどの新商品さね。しかも炙ると膨らんで腹持ちも良いときた。携行食よりは高いけど、これからはこっちのが流行るんじゃないかね。どうだい? お安くしておくよ」

「うーんじゃあ、携行食と(かた)パンを半々で一週間分頂戴」

「あいよ。一個はおまけだよ。硬いままならこのパンは半年くらいならカビも生えやしないから、余ったら次回の依頼の時にでも食うんだね。他にはなにかあるかい?」

「えーと、あとは寝る時に体に掛ける布かな?」

「うん? マントがおすすめだよ。着たまま移動できるし、寝る時だってそのまま寝れるじゃないかい」


 老婆はあたしを訝しげに見ると、裏からマントを取り出してカウンターをに置いた。

 マントは駄目だ。『装備』する概念に当てはまるものは着た瞬間に燃え上がる。もう経験済みだ。


『ウェイズ、無理だよねこれ』

『すまぬが無理だな』


 あたしが上を見ながら念話で会話すると、老婆は小首を傾げた。


「マントじゃなくて、布はある?」

「んん? まあ、マントにする前の布だけも一応あるにはあるけど。そっちが良いのかい?」


 老婆は首を傾げながらマントを片付けてから布を出した。わざわざ広げて見せてくれて、体に括るためのものが一切ついていない、本当にただの布だった。


「うん、これで!」

「あいよ。全部で合わせて銀貨30枚だけど、初回サービスで銀貨25枚でいいよ」

「ありがと」


 ホテル代で崩れた金貨のお釣りで銀貨が結構あったので、それをカウンターに積み上げる。麻袋が小さかったので結構パンパンになっていたのでちょうど良かった。


「ちょうどだね、まいど」


 老婆は銀貨を受け取ると広げていた布を奇麗に畳んで、すべての商品を大きめな麻袋に入れて渡してくれた。


「あと、炙った硬パンには炙った干し肉が合うから、買っていくといいよ」

「ありがと! じゃあまた今度来るね」


 軽く片手を上げてバイバイすると、あたしは昼の串焼き屋へ向かうことにした。


『どうした、揃ったのではないのか?』

『干し肉買う。絶対買う』

『ああ、昼の串焼き屋に干し肉も売ってたな』


 串焼き屋に着くと、先ほどのおばちゃんがまた肉をジュージュー言わせながら焼いていた。


「おや、嬢ちゃんじゃないかい。また串焼きを買っていってくれるのかい?」

「ううん、今度は干し肉を買いに来た。明日から初依頼で一週間くらい行ってくる」

「初依頼!?」

「うん。さっき冒険者になった」


 冒険者カードを取り出し、誇らしげにおばちゃんに見せる。


「おや、さっきはまだ冒険者じゃなかったのかい! あんなに強いから、てっきり凄腕の冒険者さんかと思ってたよぉ!」


 おばちゃんは肉を焼きながら朗らかに笑っていた。


「で、干し肉はどれくらいいるんだい? 一週間分くらいでいいのかい?」

「うん、一週間分で」


 あたしが言うと、おばちゃんは肉を焼く手を止め、干し肉を準備してくれた。

 準備している最中も、肉を焦がさないように適度なタイミングでひっくり返して、串焼きを求める客の対応もこなして、さすがプロだなと思った。


「はいよ。ちょっとサービスしといたよ。銀貨1枚だね」

「ありがと」


 代金を渡して干し肉を受け取ると、またバイバイと手を振って屋台を後にした。


 冒険者ギルドまで戻り、宿の受付で冒険者カードを見せ、鍵を受け取って部屋に入る。

 部屋は実家の自室程まあ広くはないが、一泊するなら十分な感じだった。奥の窓際にベッドがあり、手前にテーブル一つと椅子が二つ置いてある。

 風呂トイレはなく、部屋にたどり着く途中で案内の看板を見たので、共同のもののようだ。


 机に抱えていた麻袋を置くと、ウェイズが口を大きく開けて飲み込んだ。

 食ったわけではなく、そうすることで亜空間へ収納するのだ。初めて見た時はあたしも驚いたものだが、もう慣れた。


 ──先ほどまでの喧騒が嘘のように部屋は静かだった。


 ベッドに近付き、体を投げ出す。


 とりあえず、新人冒険者ミリアの初依頼の為の準備は終わった。

 あとは明日。アーランドのパーティーと一緒にスターワイルドウルフを討伐しに向かう。

『あ、そういえばどこに向かうんだろう?』

『確かに目的地を聞いていなかったな』

『アーランドにおまかせー……』

『……どうした、疲れたか?』


 ウェイズの優しい問いに答えず。あたしはただ天井を見つめた。

 家を追い出されて、(やから)に絡まれて、串焼き食べて、ギルマスと戦って、冒険者になって。


 体力的にはまだ大丈夫だが、精神的に疲れた。


 もう帰る場所はない。


 その事実だけがあたしに重くのしかかる。


 これからは、追い出された原因であるウェイズに頼りながら生きていくしかない。

 ベッドの上で体を丸めると、静かに目を閉じた。


『……今はただ、ゆっくり休むといい……』


 またウェイズの優しい念話が聞こえた気がした。

※脱字修正

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