第6話 狐娘は一悶着する。
ギルマスルームからロビーへ戻り、あたしはえっへんと無い胸を張った。
新人冒険者ミリア様の登場にロビーはざわついた。
「ミリアちゃん、それじゃあこっちの掲示板まで来てくれる?」
「わかった」
胸を張ったまま、手招きして呼んでいるレミお姉さんのところへ歩いていく。
「では、この掲示板と依頼の受け方について説明します」
言うとレミお姉さんはあたしにくるりと背中を向けて、身振り手振り教えてくれる。
「まず、この依頼掲示板に張り出された依頼票を取り──」
ピンで留められているのに無理やり引っ張られた依頼票が上が破れて大事なところ読めなくなってるけど良いの?
「これを持って受付に並んで──」
レミお姉さんはハッスルしながら一番短かった列の冒険者を蹴散らして一番前まで行く。
「私たち受付嬢に依頼票と冒険者カードを渡すと、私たち受付嬢が依頼の受諾処理をします!」
レミお姉さんが受付のカウンター上にあった木の板に依頼票を置いて冒険者カードを水晶にかざすと、カードが一瞬淡い光に包まれた。
「──あっ! レミ⁉ その依頼を新人にやらせる気なの?!」
「え?」
カウンターの内側にいた受付嬢が素っ頓狂な声を上げたので、レミお姉さんは我に返って慌てて依頼票を手に取る。
依頼票には『スターワイルドウルフ以下群れの討滅。死骸または毛皮等の素材持ち帰りで追加報酬あり。推奨クラス:銅』と書かれていた。
スターワイルドウルフは実家の書斎の図鑑で見たことがある。たしか体全体が灰色の毛皮の狼の魔物で背中に星のような模様があり、大きい個体の毛皮は敷物としてそのまま重宝されたり、小さい個体はマフラーなどに加工されたりする。ワイルドウルフという魔物の上位種で、群れの中で一番強い個体が変異進化したもの。らしい。
「ひぇぇぇぇ!?」
自分でやっておいて、レミお姉さんは悲鳴を上げた。
「レミ、あんたねえ、その依頼は銅級でも上位の冒険者パーティが受けるような依頼よ⁉ 新人一人に受けさせてどうするつもりなの!?」
「あわあわあわあわ……」
受付嬢仲間の叱責にレミお姉さんは慌てふためいて涙目になっていた。依頼票がふわりと床に落ちる。
だったらキャンセルすればいいのでは?
「じゃあ、キャンセルすれば良いの?」
「お嬢ちゃん! 依頼のキャンセルは失敗扱いになって、後々の昇格試験で不利になるからやめたほうがいいのよ⁉」
「うーん?」
言われて少し考え込む。
スターワイルドウルフの強さがわからないし、群れの規模もわからない。受付嬢の人が言うくらいだから、複数人で対応しなければならないほど群れの規模は大きいのだろう。
『ウェイズ? スターワイルドウルフって強い?』
『ナインテイルの我からしたら象が蟻を踏み潰すようなものだ。500匹にでも囲まれない限り、遅れを取ることはなかろう』
念話でウェイズに聞いてみると、彼曰く雑魚とのこと。
「だいじょ──」
あたしが言い掛けるとそれを遮るように一人の冒険者が前に出て床に落ちていた依頼票を拾い上げて依頼内容を確認しているようだった。
彼はあたしより頭一つ分背が高いがまだ幼さの残る顔立ちの金髪の少年だった。装備は細身の片手剣と皮鎧装備一式を身に着けていて、腰に小型のラウンドシールドをぶら下げていた。少し体格は痩せているように思えたが、しっかりとした筋肉は付いていそうな印象を受けた。
「お、貧民街の英雄のご登場じゃねえか!」
人だかりの中からそんな声が聞こえてきた。
言い方からして、あまり良い意味での呼ばれ方ではないような気がする。
「ギルマスの愛弟子のアーランドか」
「何度ぶちのめされても冒険者になるのを諦めなくて、ギルマスが根負けして稽古つけてやったっていう?」
「まあ、今じゃそれなりに強いんじゃないかあいつは」
ヒソヒソ声にしては大きい噂話が聞こえてくる。あまり好かれてはいないのだろうか?
「レミットさん、これはどういうことですか⁉」
「あ、アーランド君!? こ、これはその……!」
レミお姉さん(本名はレミットというらしい)はしどろもどろになりながら、詰め寄る金髪少年に青ざめた表情をしていた。
「依頼の受け方をレクチャーしてたら、つい熱が入っちゃって……」
「新人冒険者になんて依頼を受けさせるんだ!」
金髪少年はなぜだか知らないがレミお姉さんに食って掛かっている。
「あいつ、新人の頃に妹分みたいだったやつを死なせちまってから、若い冒険者のことになるとすぐああやって怒るんだよ、あーこわいこわい」
金髪少年が聞こえた声のほうを鋭く睨むと、声の主だった中年冒険者がバツが悪そうにその場を後にした。
「あー、あー。なんか悪いけど、あたしならスターワイルドウルフくらい余裕だから」
あたしが言うと、おっさんに向けられていた鋭い眼差しがあたしに向けられた。
「嘘を言わないでください! 新人が一人で群れに勝てるわけがないでしょう!?」
「ぐぬぬ」
ウェイズの真似をしたわけでもないが、言い返そうにも自分の秘密を大勢の前でバラすわけにもいかないので、言い返す言葉が出てこない。
まあ、ごもっともだ。こんな童顔低身長貧乳狐パーカー女が強いだなんて信じるほうが無理だ。
「……でもよ、俺さっき見たぞ。あいつ、ギルマスの剣を叩き折った狐娘だよな……!?」
あーもう、面倒だから外野は少しだまらっしゃい。
「師匠の剣を折った……⁉」
金髪でちょっとだけイケメンな顔立ちが台無しになるくらいの驚き方で、アーランドは口をあんぐり開けてこちらを見つめた。
「事実ではある。ギルマスには銅でも良いんじゃねって言われた」
えっへんと無い胸を張る。
「いやいやいやいや! 嘘を言うのは大概に──」
アーランドの死角の人だかりが静かに割れる。誰か来た?
アーランドの後ろに大男の影。あっ──。
振り下ろされる拳骨にアーランドが頭を押さえてしゃがみ込む。
「──ロビーがうるさいと思って来てみれば、お前らは何をやっているんだ!?」
未だにアワアワしているレミお姉さんとしゃがみ込んでいるアーランドが当てにならないと見込んだギルマスは、もう一人の受付嬢に事情を聞いた。
なんで当事者のあたしには聞かないんだろーね? と小首を傾げた。
「事情は分かった。ギルド側の落ち度だ。アーランド、お前のパーティも連名でこの依頼を受けて片付けて来い」
「なんで僕が──⁉」
「実力を確かめて来い。それがお前に今一番必要なことだ。拒否したらお前のパーティにも失敗の履歴を付けさせてもらう」
「はぁ──!?」
「依頼が成功したらまた稽古をつけてやる。どうだ?」
「──はい喜んで!」
アーランドは表情と態度がコロコロ変わる男だ。見ていて飽きない。
連名での依頼受諾も拒否することなくむしろ進んで受けたように思う。ギルマスの稽古がそんなに嬉しいのだろうか?
アーランドもあたしと同じように依頼受諾処理をしてから、お互いの自己紹介となった。
「僕はアーランドです。見ての通りの剣士ですね」
「あたしはミリア。ミリアで呼び捨てでいい。見てわからないかもだけど、一応拳闘士かな」
「あと3人いますが、彼らの紹介は明日にでも」
差し出された手を、もふもふ肉球で握り返すと、ぶわぁっとアーランドの顔が明るくなる。
隣にいるギルマスに何か耳打ちしているが丸聞こえだ。肉球を故意にプニプニしている。
(師匠、本当にこのプニプニ肉球に剣を折られたんです?)
(あ、ああ、そうだ。人は見かけによらないぞ。良いお手本だ)
『そういう人?』
『ああ、あまりお近付きになりたくないな』
ウェイズの寒気がしてそうな念話が聞こえてきた。
「で、ですね、明朝鐘七つの頃に南門から出発しましょう」
「わかった。じゃあ、明日に備えて準備しとく。何か必要なのある?」
あたしが尋ねるとアーランドは訝し気な顔でこちらを見た。
「ほら、一応新人だからさ」
「傷に効く薬草、解毒草、包帯、1週間分くらいの携行食、あとはマントですかね。マントは日中の日差しを遮ったり、夜は体温の低下を防いだり、寝る時には寝具の代わりにもなります」
「了解。じゃあ、また明日」
あたしは軽く手を上げるとその場を後にした。
とりあえず宿の確認と確保。それから買い出しだ!
※誤字脱字修正その2
※冒険者ギルドと同じ建物に宿屋あるとか言っておいて外へ探しに行くような終わり方になっていたので修正
※表現修正フロア→ロビー(言葉が出てこなかった(*'ω'*))
※最後のほう表現微修正
※アーランドの装備について追記