第1話 番犬の従者の憂鬱
ご主人ズは冥神ハデス様より命を受けてこの世に顕現したというのだが、一向にその目的がわからない。
この世界ではそんな神様の名前なんて聞いたことがないし、信仰もされていないと思う。
俺がトーラスのダンジョンの最下層でご主人ズに拾われてから、もう五年が経った。
人型形態を取ったご主人ズは見た目十二歳程度の犬耳娘三人組(尻尾付き)だ。
漆黒のドレスを身にまとい、語尾に「のじゃ」「じゃ」「じゃの」をつけて話す。
一つの肉体でありながら三つの魂を持つ彼女たちはお互いを意識していて、髪型すらもツインドリル、ストレート、ショートポニーテール、と差別化を図っている。
服だって遠目に見ればわからないが、フレアミニスカートだったりプリーツスカートだったりキュロットパンツだったりしている。
人間を模した姿の時は名前をそれぞれ『ケル』『ルベロ』『ロス』と名乗り、三姉妹として冒険者登録している。中身は泣く子も容赦なく黙らせる冥府の番犬と言われているケルベロスだ。
彼女たちは家と呼ぶトーラスのダンジョンに巣食っていた魔物を一掃し、トーラスの冒険者ギルドを泣かせているのは知られている。魔力が溜まるダンジョンでは、まるで綿埃が溜まるように一定濃度を超えた魔力溜まりが魔物へと姿を変える。
冒険者たちが素材を欲しいが為にダンジョンへ行くならば、ご主人ズの不在のタイミングを狙うがいい。ただし最下層の漆黒の扉には絶対に触れないこと。
瞬間転移した彼女たちに皆殺しにされるだろう。
ロスが俺に肩車されて頭の上でまったり、右手を引くケル、左手を引くルベロ。これが彼女たちの基本隊形だ。
飯屋に行く時だけロスも地面に降りて俺を引っ張る。
なんならダンジョンの魔物の一掃もこのまま行う。分割体で敵わない魔物が出た時だけ元のケルベロスに戻るのだというが、その姿は今までに出会った時以外に見たことがない。
冒険者を装っているのは単純に人間のお金が欲しいから。お金を得てトーラスの街のグルメを堪能することが今の彼女たちのマイブームとのことだ。
冒険者パーティー『地獄の猟犬』として、ケル、ルベロ、ロス、そして俺の四人で勝手に登録された。
俺の感情はご主人ズの下僕になってからかなりの部分で抑制されている。
ご主人ズが言うには、そうしないと心が壊れて使い物にならなくなるからだそうだ。実際、仲間を救えなかった後悔の念が今もまだ心のどこかで燻ってはいるが、それほど大きくはない。
お前はもう人ではない、我らの眷属なのだから過去は捨てろとのご命令だった。
鏡を見る度に、俺の目は死んでいると思う。化け物に喰われたあの日、俺は人間としては死んだのだ。
「「「デッド」」」
ご主人ズが俺に付けた名前を呼んだ。
俺にはルークという名前があったのだが、ご主人ズには死する者と呼ばれている。冒険者登録は生前からのそのままの名前で引き継いでいる。動いて意思を持って行動しているので、死亡したうちには入らないそうだ。冒険者カードも同一人物として機能してはいるらしい。
「なんだよご主人ズ?」
顔を上げると、今日はレストランがターゲットらしい。麻袋に入った金貨の枚数を数え、ため息を吐く。
足りるかなぁ?
「「「いざ出陣!」」」
両手をケルとルベロに引かれ、背中をロスに押されてレストランに入って行く。
俺のご主人ズはグルメな上に大食いだ。稼いだ金の九割が食費に消えるのだが、彼女らが太ることはない。
そのレストランが夕食の時間帯の営業をできなくなり、臨時休業となるのは分かりきったことだったので、店員さんごめんな、と心の中で呟いた。




