第0話 冥府の番犬と死する者(解説)
※グロテスクな表現があります。
その男はトーラスの街にいた。
街の近くにあるダンジョンの最下層の攻略に挑み壊滅した銀級冒険者パーティー「夜鷹」の最後の生き残りだ。
命からがら逃げ延びた彼を、冒険者たちは糾弾した。
なぜ一人だけ生きて帰ってきたのか。仲間を見捨てたのかと。
けれど、彼に寄り添う魔物を見て、冒険者たちは直接彼を糾弾することを止めた。
彼のその死んだような眼差しを見て、街の人々からは『死する者』なんて呼ばれている。
冥府の番犬と呼ばれる三頭の化け物──ケルベロスが彼にぴたりと寄り添って、まるで居なくなった仲間たちの分も補うように三つの頭が別々の意思を持って会話していた。
後に世界的危機の発端であったとして全世界に向けて公開された彼の報告書にはこう記されている。
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最下層に到達した我々を待っていたのは名称不明の魔物だった。
銀級にまでなったが、その異形は見たことがない。
手足が人と違って対称に生えておらず、長さも太さも違う出鱈目な生え方をしていて、手の反対側に脚が生えている場所もあり、頭上に向かって脚が生えているという生物として意味のわからない形をしている部分もあった。
体は球状でその真ん中に大きな目玉が一つだけ付いていた。
生物としてあるまじき形状をしたそれは、聞き取れないが強烈な圧力を感じる咆哮をすると、見たことのない攻撃をしてきた。
盾や装備を貫通する黒い触手のような雷で薙ぎ払われた仲間が次々と倒れていく中、俺は所持していたアミュレットの効果でその攻撃を防御することができた。だが、弾き飛ばされた弾みに背中をダンジョンの壁に強力に打ち付け、身動きが取れなくなってしまった。
辛うじてポーションを使って命を繋いでいた仲間の一人が、こちらに助けを求めて手を伸ばしてくる。
そんな中、俺は意識があるのに動けなかった。
魔物がその仲間に近付き、足を掴んで持ち上げる。
目だと思っていた部分が縦に大きく裂け、無数に鋭い歯が並んだ口が現れ、恐怖に怯える仲間をその口へ放り込んで閉じる。
仲間の短い断末魔ののち、魔物の球状の体が形を変えながら咀嚼するのがわかった。バキボキグチャグチャと仲間の体が砕かれていく音を確かにこの耳に聞いた。
すでに事切れていた他の仲間たちも、その異形に次々と喰われていく。
四方に伸びた黒い触手のような雷が、仲間の亡骸を捕らえ、口に運んでいく。
六人パーティだった俺たちは、最後に俺を残すだけになった。
どうして冒険者なんてものになったんだろうか──後悔の念で自分を責めていると、異形がこちらを向いた。
ゆっくりとそのチグハグな体で一歩ずつ歩き、確実に迫ってくる。
恐怖で心臓が今までにない速さで鼓動し、痛みで呼吸もままならない肺で少しでも空気を取り込もうと呼吸する。
触手のような雷が俺の足を捕らえ、体が空中に投げ出される。
ほんの一瞬の出来事だったのだろうとは思う。
ふと見ると、入ってきた入口しかなかったはずの部屋に、漆黒の大きな扉のようなものが鎮座していた。
直後、俺は喰われて死んだ──はずだった。
体はグチャグチャに折れ曲がり、自身が咀嚼される音を聞きながら、理不尽で唐突な終わりを受け入れていた。
だが、異形が突然動きを止め、その腹が引き裂かれた。
俺の、生きているのが信じられない体が、異形の体液と共に外へ流れ出す。
消えつつある仲間の照明魔法に照らされて、三頭四足の漆黒の化け物が俺を見下ろしていた。
神秘的にまで美しいとまで思えたその毛並みに、自分のことなど忘れて見惚れていた。
『おや、まだ生きておるの』
『これで生きてるなんて随分な生命力じゃ』
『でももうすぐ死ぬのじゃ』
その容姿に似合わない声が響き、近付いてきた顔に最後の力で手を伸ばす。
『我らは現世に疎い。ならば、こやつを下僕として使えば丁度いいのじゃ』
『そうするがいいじゃ』
『意義なしじゃの』
漆黒の化け物が自らの前足を爪で傷付け、俺にその血を飲ませた。
『貴殿は我らが配下となりて忠誠を誓え。さればその命は理を外れ魂はここに在り続ける』
ただ生きていたいと本能的に望んだ俺が頷くと、人間としての俺はそこで死んだ。
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黒い魔力の突風が吹いたかと思うと、ケルベロスが三人の少女に姿を変えた。
容姿は三人とも同じ十二歳前後の黒髪だが、一人一人髪型が違う。ツインテールドリル、ロングストレート、ショートポニーテールだ。性格が反映されているような髪型だ。
漆黒のドレスに身を包んだ彼女らが、白髪でスラっと身長の高いデッド(彼女たちがそう名付けた)にまとわり付く。
「今日はあっちのケーキ屋に行くのじゃ!」
「昨日はお主の希望に従ったじゃ。今日は我の番じゃ」
「明日はワシの番じゃとしたら、どこ行こうかのー。この街は美味しいものがありすぎるじゃの!」
生気の無い肌の色をしたデッドが、うんざりした顔で財布の麻袋を取り出す。
「あーもーうっせーな。黙れよご主人ズ。食費掛かりすぎて本当に破産すんだろうが!」
大食いの主三人組に仕えるデッドがため息をつく。
「じゃあまた魔物狩りに行くじゃの」
「街の外に湧いた魔物は借り尽くしてしまったじゃ」
「また家に沸いた魔物を狩って素材を売ればいいのじゃ」
「この街の冒険者って可哀想だよな、本当に。こんなのに狩場荒らされてよ」
漆黒のドレスの少女たちがゲシゲシとデッドを足蹴にする。
「ご主人様に向かってなんなのじゃその言い方は!」
「再教育じゃ!」
「讃えよ! 敬え! 従え! 養え! 我らケルベロスに!! 冥神ハデス様の威光のもとに!!」
「いてーっつーの! 蹴るな!」
食い物屋の前で繰り広げられる光景はある意味この街の名物であった。
物陰から羨ましそうに見る人がいるとかいないとか。
「ご主人ズ、ステイ──!」
街角でそんな光景を見た時、食べ物を持って彼女らに近付いてはならない。




