第33話 狐娘は旅立つ。
鍛冶屋で武器防具を揃えて、食料その他もろもろを買い込んで亜空間収納した。緊急事態を考えて、あたし、ウコン、サコンで三分割しての収納だ。
屋敷の玄関前に集まり、あたしの両親──とメルティに見送られながら出発する予定だったのだが。
メルティとジョイルの姿がなかった。
「なんだ、こんな時に寝坊か?」
「ガストン、きっとあの二人は別れを惜しんでいるのですわ。もう少しだけ待ってあげません?」
ミルフェの声に、あたしの両親含め全員が頷いたが、程なくしてジョイルが走ってきた。
「悪い! 遅くなった」
「ああ、ジョイル様お待ちになって!」
走ってきたジョイルの後ろから涙で顔を濡らしたメルティが追い掛けてくる。
追い掛けて来て、ジョイルの背中に必死にしがみついて背中をポカポカと殴る。
「だーかーらー、必ず帰ってくるって言っただろ」
「一人にしないで……」
メルティがポロポロと涙を流して必死に離すまいとしがみ付いていた。
「──ジョイル。ここでパーティーを抜けたとしても、今なら誰も怒りませんよ」
「リーダー!? そりゃねえよ!」
ジョイルはメルティに向き直り、彼女を諭すように優しく抱き締めた。
「俺はもっとメルティに相応しい男になって帰ってくる。だから、ここで俺の帰りを待っていて欲しい」
「待ち切れなくなって、他の男と結婚しても知らないですわ!? この甲斐性無し!!」
メルティの罵声が響くが、それを咎める者は誰もいない。
ただ優しく、ジョイルが泣く彼女を抱き締めて背中をさすってあげていた。
「確か冒険者ギルド間には転送の魔道具があるはずだ。新しい街に着いたら恋文の一つでもしたためてこの街のギルドに送ってもらいなさい。ギルドにはこちらから圧力を掛けておく。旅先で浮気などしたら即指名手配だ」
「お、おう。俺はメルティ一筋だから、大丈夫! 新しい街に着くたびに手紙送るから、メルティも送ってくれよな!」
父様の指名手配という言葉に、ジョイルが背筋を伸ばして反応した。
「あーもう、しょうがねえなぁ! 顔上げろよ」
ジョイルはポリポリと頭を掻くと、メルティの罵声を吐き出して彼を罵り続ける口を自身の唇で塞いだ。
罵詈雑言を吐き出し続けていたメルティは驚いたように体をビクッと反応させると、目を閉じてそのままおとなしくキスされていた。
「……メルティ、頼む。これで勘弁してくれ。俺は今は冒険に出たいんだ」
「やっとわたしのファーストキスを奪ってくださいましたわ!」
「昨日、あれだけ話し合って、帰ってくるまで唇にはキスしないって納得してくれたんじゃなかったのかよ」
嬉しそうに泣き続けるメルティの頭をジョイルがわしゃわしゃと撫でる。
「俺、お前の父ちゃんと母ちゃんに殺されるぞ。俺はどこの誰が産み落としたのかもわからない孤児なんだぞ。貴族の娘として生まれたお前が、俺なんて好きになっちゃいけないんだ」
「身分なんてどうでもいい! わたしはジョイルがいいの!!」
胸に顔を埋めて抱きしめられたジョイルは、頭を掻きながらあたしの父様と母様に視線を向けた。
「旅を終えて帰ってきたら、メルティを嫁にください!!」
「──何を言っている!!」
突然父様が大声を上げたので、メルティとジョイルがビクッと体を縮こまらせて父様を見た。
父様は眉間に皺を寄せて怒っているように見えた。
「お前が婿に入るに決まっているだろうが!」
怒っていたように思われた顔がパッと笑顔になる。
「お前は今日から俺の息子だ。旅が終わって帰ってきたらメルティと結婚して、ここフォクシリウスの領主になるんだぞ」
「──はぁ!?」
目玉が飛び出そうなほど驚いた顔で父様を見るジョイル。
「ジョイルお前、まさか領主の娘の心も唇も奪っておいて、逃げられるとでも思っているのか? ミリアは諸事情があって領主の継承権が無くなっている。メルティの旦那が領主になるのは自然の流れだ」
「俺そんなに頭良くねえぞ!?」
「大丈夫だ、帰ってきたらみっちりしごいてやる。とりあえず領主になるために世界を見てこい、ジョイル」
ハッハッハと笑いながらジョイルに近付いた父様が彼の背中をバシバシと叩いた。
「え、もしミリアリアに継承権が残っていたら、僕が領主にされてたって事ですか!?」
「よかったねアーランド。あたしも領主の妻なんて面倒な肩書きにならなくて良かったとは思ってる」
あたしが声を上げたアーランドに言うと、母様が少しだけ悲しそうな顔をした。
「でも、アーランドもきっとあたしみたいに狐パーカーを着ることになるんじゃない?」
「え、僕、裸に狐パーカーしか着られないとか嫌ですよ!?」
『それは族長代理様の状況次第だな』
あたしとアーランドに対して含みのある言い方をするサコン。ウコンも目を逸らしてこちらを見てくれない。
みんなで笑い合い、メルティが泣き止んで落ち着いたところで、あたしは彼女の前に歩み寄る。
「メルティ、ジョイルを借りるね。ちゃんと生きたまま返すから」
「なんだよ、俺を物扱いするんじゃねえよ!」
「お姉ちゃん、ジョイル様をつまみ食いしないでよ!?」
「あたしにはアーランドがいるから。ねー、アーランド?」
あたしはアーランドの腕に抱きついてみせる。
「ウェイズリシアさんの旦那さんの状況次第では、ジョイルを送り返すのと里帰りって意味合いで、みんなでこの街に帰ってくるのも良いかもしれませんね。何年かかるかわかりませんが」
『我らの脚の速さであれば、寝る時間も惜しんで走れば1年は掛からないのだがな」
「いや、冒険なんですから、眠りますし寄り道しますし。帰りは──寄り道しなくても良いかもですが」
近寄ってきたサコンをあたしとアーランドでわしゃわしゃと撫でてやる。嬉しそうに九尾が暴れた。
「じゃあ、行きますか! まずはギルドに寄って本拠地の移動申請をして、その後南門から出発しましょう」
「なんだよ、なんか締まんねえ旅立ちだな!?」
「すっかり忘れてたのを思い出しまして。あとついでにパーティー名を決めたのでそれを届けにも行こうと思いまして」
「「「「え!?」」」」
アーランド以外のパーティーメンバーが驚きの声を上げて彼を見る。
「『狐火』なんてどうでしょう?」
アーランドは言いながらあたしとウコン・サコンを見る。
「きつねびきつねびきつねび……良いかも知れませわね」
「狐火……うん、良いだろう」
「リーダーが決めたんだ、良いんじゃないか」
「じゃあ皆で狐パーカー着ない?」
「「「「それは嫌」」」」
あたしの冗談にみんなが笑ってくれた。
銅級冒険者パーティー『狐火』の出立の時がやってきた。
「わたし、南門までお見送り致しますわ!」
メルティがジョイルを抱き締めながら言う。
「わかりました。じゃあ、行きますか!」
アーランドの声で一歩を踏み出し、屋敷前で見送ってくれる父様と母様に手を振る。当然だけど、執事のダンとメイドのシルビアは門まで付いてくるつもりらしい。一応メルティの護衛役も兼ねているようだ。
「──あたしたちの冒険はこれからだ!」
「いや、ちょっとそのセリフ言うの早すぎません? せめて門を出てからじゃないと」
「そういえばギルド寄るんだったね」
あたしの言葉にみんなが笑ってくれた。
間違いから始まった出会いだったけど、上手いこと全部が丸く収まった。
これから先、どんな冒険があたしたちを待ち受けているのだろうか。
あたしがアーランドにとびきりの笑顔を向けると、彼もとびきりの微笑みを返してくれた。




