第31話 狐娘は鍛冶屋に行く。
翌日、あたしの体調を鑑みて、アルベルの街への滞在は一週間延長されることになった。
あたしはもう大丈夫だと言ったが、アーランドが許してくれなかった。いつもと違う体調の変化があったら小さいことでも必ず誰かに相談すること。そうアーランドに強く言われた。
でも一週間何もしないわけにもいかない。
あたしたちは簡単な依頼でも受けるかと話し合ったが、その前に装備の修繕または更新が必要だと思い出し、ギルマスが厄介になっているという鍛冶屋の親父さんへの紹介状を書いてもらい、皆で押しかけることにした。
「ギルマスのあの魔鋼剣を作った鍛治師だろ、相当な頑固親父なんじゃねーのか?」
頭の後ろで腕を組みながら、面倒くさそうな顔でジョイルが言う。
「でも、確かミリアに会いたがっていたんですよね?」
「あたしは鍛治師の知り合いなんていないよ」
「きっと我が子である剣を折られて、その折った人間の顔を拝んでおきたかったんじゃないのか?」
「それ、ミリアが怒られるパターンじゃないですの???」
「えー、あたし帰るー!」
進行方向と逆に歩こうとしたあたしの腕をアーランドが捕まえた。
「ダメです。勝手な行動は許しません。とりあえず一週間はメンバーの誰かと一緒に行動してください」
「ぶー」
頬を膨らませて抗議するが、その頬をアーランドに指で潰された。
「じゃあ、今すぐ屋敷に帰っても良いですよ?」
「もっとやだーーーーーーーー!!」
今日の午前中はまるで今までの空白を埋めるかのように両親があたしに構いっぱなしで、正直うんざりするほどだった。
母様は特にあたしに構いたいようで、ドレスだのなんだのいっぱい持ってきて着せようとしてきて、試しに一着きてみたら案の定ドレスが炎上してそれこそ屋敷が火事になるところだった。執事のダンとメイドのシルビアが慌てて水バケツを持ってきてくれたので大事には至らなかったが、あたしの部屋のカーペットが焦げた。
「父様も母様も本当に極端すぎる。まあ……普通の家族に戻れたのは嬉しいけどね」
「そういえば、いつの間にかジョイルがメルティと婚約していたのには驚かされましたわ」
あたしは驚いて、怪訝な顔でジョイルを見る。
「え、じゃあジョイルがあたしの親族になるってこと!?」
「う、うるせえな。仕方ねえだろ、メルティに押し切られたんだ!」
「あら、でも今朝はメルティとジョイルで並んで楽しそうに話しながら朝食を食べていたじゃないですの」
「まだ婚約だ! 婚約つったってそれこそまだ口約束みたいなもんだし!」
「まあ。お貴族様の婚約ってそんな軽いものじゃないですのよ。他の女に好意を持つだけで打ち首にされるとか」
「あの両親ならやりかねねえ!?」
ジョイルが頭を抱えて叫んだのを皆で笑いながら、地図を持ったアーランドとあたしを先頭に道を進んでいく。
商店街の路地を入ったところにそのお店があった。
看板はあまり大きく出されておらず奥まった所にあるので、知る人ぞ知る名店みたいな感じなのだろう。
「ここで間違いないですね」
ドアを開け、中に入ると、所狭しと武具が並んでいた。カランとドアについたベルが音を立てた。
アーランドとガストンが中に入るなり、感嘆の声を上げた。
「僕らの持っている装備とは全然質が違います……!」
「これは期待できそうだ。どれを見ても業物に違いない」
ガストンが近くにあった剣を手に取って出来栄えを見ている。
鎧や盾も今までガストンたちが使っていた物より格段に性能が上のように見えた。
「──お。お前が件の狐娘だな。ガルベルドから話は聞いている」
カウンター奥から、一人の白髭のおっちゃんが現れて開口一番にあたしのことを言及した。
「ガルベルド?」
「ああ、ギルマスの名前ですわ」
あたしが首を傾げるとミルフェが答えてくれた。
「本当にナインテイルを従えて、本人も九尾の服を着てる風変わりの嬢ちゃんなんだな」
カウンターから出てきてあたしに近づこうとしたおっちゃんを、ウコンとサコンが遮って威嚇する。
「ウコン、サコン。大丈夫だから」
あたしが言うと二匹は下がる。この二匹は出会う人全てに同じことをするつもりなのだろうか。
「ほほう! ナインテイルを本当に従えているのだな。それならワシの剣を切り裂くぐらいの戦闘力を持っていても疑いようがないな」
おっちゃんはガハハと大笑いしてあたしを見た。
「参考までにどんな攻撃で切り裂いたのか教えてもらえないかね。どう見てもお嬢ちゃんは武装してないしな」
言われてあたしはウェイズに念話を飛ばす。
『ウェイズ、右手の爪を出して』
ジャキン、と毛皮の中から爪が飛び出したのを見て、右手をおっちゃんに差し出す。
おっちゃんは爪が出た瞬間に目を輝かせて近寄ってきて、あたしの右腕を何やらブツブツと呟きながら観察し始めた。しばらくして、満足したようにあたしに向き直った。
「これはナインテイルの爪だろう。そして嬢ちゃんが着ているのはナインテイルの毛皮から作った装備か!? いやぁ、こんなレアものにお目にかかれるなんて、鍛治師を続けてみるもんだな!」
「そんなレアなんだ」
「は!? 嬢ちゃん、自分が着ているものがどれだけ価値のある素材で作られているのか知らんのか!? そもそも、ナインテイルの毛皮なんて手に入るわけがない。自身の魔力で毛皮の防御力を上げることもできて、魔力を通すことでその爪はミスリル武具を凌駕するとも言われている。ミスリル級冒険者が束になってようやく太刀打ちできるかどうかって強さの魔物だぞ、そりゃあその価値なんて計り知れない──と、すまないな。悪気はないんだ」
おっちゃんの視線があたしを通り越して後ろへ向いたので振り返ると、ウコンとサコンが眉間に皺を寄せて犬歯を剥き出しにして唸っていた。
「それだけ素晴らしく強い魔物ってことだ、別にお前さんたちを狩って毛皮にしちまおうなんてこれっぽっちも思ってないからな!」
おっちゃんはウコンとサコンのご機嫌取りに必死だった。
「嬢ちゃん、ありがとうな。この爪じゃあ、俺の作る剣なんて鈍刀も良いとこだ。それでも良いなら、坊主たちの武具も揃えてやれるぞ」
「一応ギルマスに紹介状をもらったんですけど、要らなかったみたいですね」
「お、一応見せてみろ」
言われてアーランドが紹介状を取り出しておっちゃんに渡した。
紹介状を受け取ったおっちゃんは内容を確認して、小さく頷きながら中身を読んでいた。
「──ギルマスの剣を直してる最中だったが、お前たちのを優先してやろう。ギルマスからの頼みだ」
「良いんですか!?」
「ギルマス自身がそう書いてるんだ、良いだろう。それにあいつは冒険者を引退した身だ、剣なんてすぐには要らんだろう」
おっちゃんは言うとカウンターの中へ戻って商売モードになる。
「で、何が欲しいんだ?」
おっちゃんに言われてアーランドとガストンがウコンとサコンに出してとお願いした。
カウンターの上に虹ゲロの中から三人分の武具が吐き出される。
その様子を見ておっちゃんがドン引きした。
「片手剣にラウンドシールドに革鎧装備に、大盾に大剣に胸当てなどなど防具一式と。あと弓使いが好む軽装の装備と。ん、なんだこの剣は?」
おっちゃんがアーランドの剣を手に取り、鞘から引き抜く。紫色の反射光を放つ刀身が現れた。
「アーランド、お前の剣ってあんなだったか?」
「いえ、裏山の一件以来鞘から抜いてなかったですね」
「──お前ら、あの現場にいたのか!? 魔力由来の凄まじい発光現象があったっていうあの現場に!?」
しまった、とアーランドが口を塞ぐがもう遅い。
「──その様子だと、話しちゃまずいようだな。まあ、俺は武具のこと以外話す気はねえ。忘れてやる。ただ、よお──?」
おっちゃんが剣を垂直に持ち上げてあたしたちに見せる。
「ただの鋼が強い魔力を短時間で一気に浴びたことで魔鋼化してやがるぞ。どんだけ魔力の中心に近いとこに居やがったんだ。これじゃあ体にも影響が出るレベルだぞ」
おっちゃんの言葉にパーティー全員の視線がウコンとサコンに集まる。二人は下手くそな口笛を吹いて誤魔化そうとしていた。
「見ろ、この盾も、こっちの大剣も」
おっちゃんはアーランドの剣を置いて、ガストンのぐちゃぐちゃになっている盾と剣を手に取る。
「形こそもう使い物にならないが、盾も剣も魔鋼になってやがる。こっちの胸当てとかも全部だ」
おっちゃんは両手を広げておどけたように言ってみせる。
「全部形を整えればまた使えるだろう。魔鋼化したことで前よりも攻撃力も防御力も上がっているぞ。手直しだけで十分使えるようになるだろう。うちにある装備の最強クラスと遜色ないぞ。どうせなら革鎧は同じような動きやすいタイプの金属鎧に変えた方が良いだろう。どうだ、金さえあればずべて魔鋼製装備で揃えても良いんじゃないか?」
「おっちゃん、弓はあるか!?」
少し後ろで話を聞いていたジョイルがカウンターに身を乗り出して尋ねた。
「もちろんあるぞ。魔鋼製ハンドルから伸びた魔鋼製リム、メタルラインスパイダーの糸を束ねて弦にしてある。サイズが通常の物より一回り小さいが、威力は木製の三倍以上を保証する。その代わり弦を引くのに力がいるぞ」
ジョイルはカウンターに置かれた魔鋼製の弓を手に取り、いつものように弦を引いてみる。
「ほほう! お前もなかなかやるな。そいつは初めて扱うと必要な力が強すぎて手間取る人間が多いというのに、一発で弦を引いてみせるか!」
「伊達に毎日鍛錬してるわけじゃないからな!」
ガハハと笑い合うおっちゃんとジョイル。気が合いそうな二人だ。
「アーランド、俺もこれ欲しい!」
父親におもちゃを強請るように目を輝かせて言うジョイル。
「親父さん、使える装備の手直しと、この弓と、あと僕とジョイルの革装備を魔鋼製に更新したとして、どれくらいになります?」
「そうじゃな。金貨二百枚程度だろう。ナインテイル装備なんて良いものを見せてくれた礼だ、少しおまけしといてやる」
「ありがとうございます」
「そうだな、全部の準備が終わるまで五日くらいか。そんな納期で大丈夫か?」
「仕方ないでしょう。装備がなきゃ旅にも出られないですし」
「お、なんだ。お前ら旅に出るのか」
「はい。ナインテイルの『聖地』へ向けての長い旅です」
言ってアーランドはウコンとサコンを流し見た。
「ふむ。何か事情があるようだな。詳しく聞きはしないが良い旅になるのを祈ってるぞ」
「ありがとうございます」
アーランドは軽く頭を下げた。
「じゃあ、五日後装備を取りに来い。仕上げといてやる」
「──親父さん、品質の良い魔法具店は知らないかしら?」
ミルフェが身を乗り出しておっちゃんに尋ねる。
「お前さんは魔法使いか? 杖が欲しいなら、あの店が良いだろう。地図はこの中に入っている」
おっちゃんは言いながら何かの模様が描かれた封筒を取り出して渡してくれた。
「次は私の杖ですわ!」
「ついでにローブも更新した方が良いんじゃないか。もうだいぶ長いこと使っているだろう」
「まだ大丈夫ですの。このデザインが気に入っていまして」
「良いなら良いが」
ガストンとミルフェがやりとりしている。
おっちゃんに礼を言い、前金で金貨百枚を渡し、五日後に取りに来ることを伝えて店を出た。
先頭がミルフェとガストンに変わり、あたしとアーランドとジョイルがその後ろを付いていく。
メインストリートへ戻りしばらく歩いて、こちらもまた路地へと入っていく。
良いお店ほど大っぴらに看板を出さないらしい。
「ここですわ!」
確かに魔法具店と書かれた小さな看板があるお店だった。
中に入ると杖や魔道具がたくさん陳列されていて、奥のカウンターにローブを深く被った老婆のような店員が座っていた。
「おやおや、何やら珍しいお客さんだねぇ。ご新規さんが来てくれるなんて嬉しいよぉ」
カッカッカと老婆が笑う。笑い方も含めてちょっとだけ怖い。
「鍛冶屋の親父さんの紹介でこちらに来ましたの。杖を探していまして」
ウコンに杖を出してと頼むと、例の虹ゲロから杖を出した。
おばばも様子を見てドン引きしていた。
「触媒の水晶が割れてしまいまして、使い物にならなくなってしまいましたわ」
「ここまで使ってもらえて、この杖も本望じゃろう。最後の最後で持ち主を守るために杖も限界を突破して役目を終えたんじゃな」
「そこまでお分かりになりますの!?」
カウンターに身を乗り出して食いつくミルフェにおばばが怪訝な顔をする。
「どれだけの年数、魔法具に携わってきたと思ってるんだい。お前さんの今の魔力を見させてくれないかね。この水晶に手を触れて見てもらえるかい」
おばばはカウンター横から大きな水晶を取り出してミルフェとの間に置いた。
「わかりましたわ」
ミルフェが水晶に触れると、おばばもその水晶に触れた。何か魔力的なものを調べられる魔道具なのだろう。
「最近、急激に魔力量が上がったようだねぇ。体にあまり良くないんだが、何をしたんだい? 具合は悪くなったりしてないかい?」
「え、まー……大丈夫ですわ?」
ウコンとサコンを見るとまた下手くそな口笛を吹いて誤魔化そうとしていた。
「体に不都合が出てないなら時期に馴染むだろうさ。見合った杖を見繕ってやるよ」
おばばは言うと店の奥へ一旦引込み、何やら怪しい護符に包まれた一品をカウンターに置いた。
「魔杖『ローングルム』という杖じゃ。ワシが現役の冒険者としてブイブイ言わせていた頃に使っておったもんじゃ」
「え!? そんなものを!?」
「老い先長くないワシの願いじゃ。この娘をお主らの冒険に連れて行ってやって欲しい。金はいらん」
おばばは言いながら護符を一枚一枚剥がしていく。
先端に大きな青い宝玉が付いていて、その宝玉を包むように歪な枝が半分だけ取り囲んでいる。禍々しいと言えば禍々しいデザインの杖だ。
「よろしいんですの!?」
「お主のような魔法使いを待っておったのじゃ。ワシを継ぐに相応しい。無償が嫌だと言うのなら、お主が今まで使っていた杖を引き取らせてもらう。それでどうじゃ?」
ミルフェは一瞬躊躇うような顔をしたが、コクリと頷いた。
「商談成立じゃな! おまけにこれも付けといてやろう。守護者の首飾りという逸品じゃ。一度だけドラゴンブレスだろうがなんだろうが強力な魔法攻撃を防ぐと言われておる」
おばばはミルフェの首にそのネックレスのような装備品をつけてくれた。
「こんなに貰ってしまって良いのですの!?」
「不服か? ならばそこのナインテイルたちを撫でさせてはくれぬか」
名指しされたウコンとサコンが怪訝な顔をしていた。
「ウコン、サコン。お願い」
あたしが言うと渋々従っておばばのそばに行った。
だが、おばばの手がウコンの頭に触れるなり、ウコンはあたしに念話を飛ばしてきた。
『この婆さん、もう死んで……』
おばばの指がウコンの鼻先に添えられると、念話が途切れた。
「余計なことを言うんじゃないよ」
おばばに言いくるめられたウコンはおとなしくワシャワシャとその頭を撫でられた。
「ありがとう、冥土の土産に良い体験ができたよ」
「こちらこそ、こんなに高そうな杖と装備をタダでもらうなんて……」
「良いんじゃ。もう老い先長くない人間が持つより、これからを生きる若いもんに持っていて欲しい。杖もそう望んでおる」
「わかりましたわ。後生大事にいたしますわ」
ミルフェは深々と頭を下げた。
「今日はもう店仕舞いだ、もう出ておくれ」
「──? わかりましたわ。本当にありがとうございました」
皆で一応頭を下げてお礼を言って店を出る。
店を出てミルフェが杖を掲げると、澄んだ宝玉がなんだか誇らしげに輝いていた気がした。
「お金が貯まったらもう一度このお店に来ていっぱいお買い物したいですわね!」
嬉しそうに言うミルフェのローブをウコンとサコンが咥えて引っ張り、首を横に振った。
「え──?」
振り返ると、そこには朽ち果てた家屋があるだけで、魔法具店なんてどこにも無かった。
「そ、そんな私たちは確かにお店に──」
「一旦鍛冶屋に戻って話を聞いてみよう」
ガストンの提案で鍛冶屋に戻って聞いてみたが、おっちゃんが言うにはそんな店を勧めていないと言う。
おっちゃんが地図を見ると、あのババアめと小さく呟いた。
おっちゃんが言うには十五年前にその店の店主は亡くなり、閉店したはずだと言う。
「あのババアめ、俺に変なもの渡しやがって」
封筒は魔法具店の店主が亡くなる間際に渡されたものだという。開けようと思っても開かず、どんな刃物も通らないほど強力な魔法防御が施されていた封筒で、人すら操る魔法が掛けられていたようだった。
魔法具店の店主は魔法使いとしてこのあたりで有名な冒険者だった人で、晩年は素晴らしい魔道具をたくさん生み出して人々の暮らしを豊かにするのに貢献したのだという。
今回の封筒だって、過去と現在を繋ぐ鍵のような強力な魔道具だったとしても無理はないと言ってた。
実際、店主が所持していたはずの魔杖『ローングルム』は十五年前に遺族がどれだけ探しても見つからず、時を経て今に現れたのだから。
「ババアの意思だ。嬢ちゃんがその意思を継ぐと良いだろう」
ミルフェは神妙な顔をしていたが、力強く杖をその手に握り、静かに頷いた。
ウコンとサコンが杖を亜空間収納しようとしてみたところ、明確に拒絶されて収納できなかったと言う。
杖自身に明確な意思があり、ミルフェのそばに在りたいと願っていると二人が言っていた。
なんだかんだ不思議な体験もしつつ、あたしたちは装備の目処が立った。
旅立ちの日は近い。
※最後の方がメチャクチャになっていたので修正。眠い中で書いちゃダメだね_(┐「ε:)_




