第29話 メルティリア・フォクシリウス
リーダーとミリアが部屋に篭ってからというもの、どこに行くこともできず、何もすることもなく、暇で仕方がなかった。
ガストンとミルフェの奴らはデートに明け暮れてるし、おいらは弓の鍛錬でもしておくか。
領主の許可を得て、庭の大木に適当な的をぶら下げて、矢を射る。
まだ肩が治りきっていないので、十分に弓を引き絞ることができない。このままでは足手纏いになってしまう。
焦りつつ、ただ淡々と弓を射る。
「いつっ──!?」
肩に激痛が走って、思わず離すべき以外のタイミングで手を離してしまい、矢が明後日の方向に飛んでいった。
「ひゃん──!?」
矢が刺さった木の影から、少女の声がして人影が尻餅をついたのが見えた。
「おいお前! あぶねえぞ、死にてえのか!」
声を上げながら駆け寄ると、見覚えのある少女が涙目になってそこにいた。
確かミリアの妹の──。
見ると高級そうなドレスのまま尻餅を付いているので、慌てて手を差し伸べて立たせる。
尻を見てやると、土と草の汁で汚れてしまっていた。
「あーあ、俺知らねえぞ、お前の母ちゃんに怒られても」
手で叩いて尻を払ってやるが、やはりほとんど汚れは取れなかった。
「ひゃ、ひゃい!? ありがとうございます」
孤児院の妹分たちにしていたようにお貴族様の尻を叩いてしまったことを自覚し、思わず慌てて姿勢を正して土下座の体勢をとる。
「も、申し訳ございません!! どうか打ち首だけは!? ご容赦頂きたく!?」
地面に額を擦り付けて許しを乞う。本当に厳しいお貴族様なら不敬罪で打ち首はあり得る話なのだから。
「そ、そんなこと致しません。どうかお顔をお上げになって!」
肩を掴まれて上半身を起こされた。視界に入った、ミリアと同じ銀髪のおっとりした目つきの少女の顔が眼前にあった。ミリアの倍くらい長いサラサラのストレートヘアが特徴的だった。
妹──という割にはミリアより発育が良いというかなんというか。瞬間的に胸へ向いた視線を顔に戻す。
「お邪魔して申し訳ございません。庭を散歩していたら、ジョイル様が鍛錬をなされている様子が見えたもので……。わたし、ミリアリアお姉様の妹のメルティリアと申します。気軽にメルティとお呼びください。わたしに対しては畏まりになられずに普段通り話されて結構です」
「は、はぁ」
メルティリアはドレスの裾を少しだけ持ち上げて軽く礼をした。
「ジョイル様は弓がお得意なのですね」
「ん、ま、まあな。これでもアーランドのパーティーの遠距離先制攻撃の要兼宝箱開錠のスペシャリストだからな」
言いながら的から外れて木に刺さった矢をぐりぐりと動かして引き抜き、先ほどまで立っていた位置に戻る。
「危ねえから、俺が矢を飛ばす方向には立つんじゃねえぞ」
「はい」
メルティが俺の後側に移動をしたのを確認してから、また弓の鍛錬を再開する。
カン! カン! と矢が的に命中する音だけが庭に響く。
何度か的に近づいて矢を引き抜いてはまた射るという鍛錬を繰り返す。
終始無言だが、メルティはずっと俺の後ろからその様子を眺めていた。
無言で見つめられると恥ずかしいので、何か喋って欲しい。
少し手を止め、メルティの方に目をやって話しかける。
「なあ、こんなの見て面白いか?」
「はい。とても」
「見てても良いけどよ、なんか無言で見つめられると気が散るんだよな」
「まあ。ではお話ししても?」
「無言よりはいいぞ」
俺はまた弓に矢を番って引き絞り、放つ。調子が戻ってきたのか百発百中だ。
「ミリアリアお姉様は、楽しそうにしていらっしゃいましたか?」
「ミリア? ああ、この短期間でパーティーに溶け込んで、本人も楽しそうにしてたぞ。特にリーダーのアーランドとできてるみたいでな」
「できてる、とは?」
「恋仲ってことだよ──!」
少しだけムカついて力を込めすぎたため、矢が的を逸れて遠くに飛んでいってしまった。
「ったく、変なこと聞くから外れちまったじゃねえか」
ぼやきながら頭を掻きつつ、矢を取りに行こうと歩き出した俺の手を、メルティの手が掴んで止めた。
「ん? なんだ?」
「わたしにも弓を教えてくださいませんか?」
「お貴族様に弓なんていらないだろう」
俺が言うと、メルティは首を左右に振り払い、息を大きく吐いてから大きく吸い込んだ。
「ジョイル様とお近付きになりたいのです」
「は──?」
予想外の言葉に、俺は気の抜けた返事しか返せなかった。
「──ひ、一目見た瞬間からお慕い申し上げております!!」
静かな庭に、メルティの恥ずかしさを誤魔化すような大声が響いた。
「え、俺を? どうして?」
聞き返すと、メルティは顔を真っ赤にしてしゃがみ込んで俺から視線を逸らし、両手の人差し指同士を突き合わせながらいじけた。
「……ミルフェ様の言う通りにしたのに、うううううぅぅぅぅぅ恥ずかしい……」
あいつの差し金か。聞こえたミルフェの名前にため息をつく。
「あのさぁ、ミルフェのやつに言っといてくれよ、俺をおちょくるのも良い加減にしろって。頼んだよ」
「な!? わたしは本当にジョイル様のことをお慕い申し上げておりますのに!? ジョイル様なんてワイルドウルフの餌になってしまえば良かったのですわ!?」
プルプルと震えながら大声で俺を罵った彼女の頬を、涙が伝っていたのに気が付いた。
「ちょ、ちょっと待って──」
「ジョイル様なんて肥溜めにでも落ちて溺れ死んでしまえば良いんですわ!! もう、知らないっ!?」
怒り心頭といった感じでメルティは走っていってしまった。その横顔は涙で濡れていた。
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その晩も、俺たちは領主邸に世話になっていた。
とりあえず、アーランドとミリアが部屋から出てくるまで、身動きが取れない。
晩飯だと呼ばれて食堂に行くと、メルティの両親である領主夫妻が俺の前に立ちはだかった。
「「ジョイル君、うちのメルティに何をした!?」」
話を聞くと、何度夕食だと呼んでも、部屋に引き篭もったままで、部屋からは『ジョイル様のおたんこなす』だの『ジョイル様のすっとこどっこい』だの『ジョイル様くたばれ』だのという、普段の口調からは聞いたことのない罵詈雑言と共に枕を殴る鈍い音が聞こえてくるのだそうだ。
「えー、ジョイル……」
ミルフェが可哀想な人を見る目で俺を見てくる。
「せっかく世話を焼いてあげましたのに……」
「あのさ、普段のミルフェの行いのせいなんだけど!?」
「早いとこ謝ってきた方がいいですわよ。でないと、今日の美味しい夕食は食べられませんわ」
食堂の入り口で仁王立ちする領主夫妻の圧に押し潰されそうになっている俺を横目に、ガストンとミルフェは夕食を食べ始めた。
「あ、ずるいぞお前ら!?」
「ジョイル君、君にはメルティを呼んできてもらわねばならないな」
「私たちのかわいいメルティを放っておいて、自分だけ美味しい夕食にあり着こうなんて思っていないわよね」
「ああ、もう、わかったよ! 行けばいいんだろ、行けば!?」
「ダン、案内してやれ」
「はっ」
どこからともなく現れた執事に首根っこを掴まれ、メルティの部屋の前まで引き摺られて行った。
部屋の前に着くと執事に解放された。確かにあのおっとりさ加減からは想像できない俺に向けられた棘だらけの罵詈雑言が部屋の中から漏れ出していた。
ドアをノックしてメルティの名前を呼んで晩飯だぞーと軽く声をかける。
ドゴンとドアが振動した。内側に何かが投げつけられたのだろう。
完全に俺を拒絶する、日常生活で聞いたことのないような罵詈雑言の数々が浴びせられた。
諦めて、俺はドアを背に座り込み、背中にメルティの怒りの投擲の衝撃を受け続ける。
「──なあ、メルティ」
俺が呼び掛けると、メルティの投擲が止まった。
「俺な、メルティのこと何にも知らないんだ。だから、今なんでメルティが怒ってるのかもわかってあげられない。俺にメルティを理解するチャンスをくれないかな」
静かに、ドアに歩み寄る足音が聞こえてくる。
「俺はメルティのことを何も知らない。だから、まずは友達から始めてもいいか? 俺もメルティを知って、メルティも俺をどんな人間か良く知った上で、嫌いな人間だったならもう一度今の罵詈雑言を俺に浴びせ──」
急に開いたドアに姿勢を保てず、仰向けに寝転がる。
頭上に広がる花びらのようなドレスと──パンツ。
「きゃっ」
短い悲鳴が聞こえて、顔を真っ赤にしたメルティがそこにいた。
「──お父様お母様ーーーー!? ジョイル様に下着を見られてしまいましたわーーーー!? もう婚約するしかないですわ〜〜〜〜!?」
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そんな最悪な婚約だったけれど、今思えば懐かしい。冒険をする傍らで文通を続けて十五年後、俺の方からメルティにプロポーズして、フォクシリウス家に婿養子として入り、領主の座を引き継ぐことになろうとは、この時の俺は思ってもいなかった。




