第27話 狐娘はランクアップする
騎士団の詰所を出たあたしたちを、騎士団長がいつまでも手を振って見送っていた。
ぶっちゃけてしまうとあたしは知らない人なので、少し困ったものだ。
「まあ、これで騎士団の誤解も解けましたし、良いんじゃないですか?」
「でもお陰で三時間くらいは引き止められたと思うよ。急ぎじゃないから良いけど」
あたしは騎士団長の相手をするのが疲れたのでため息をついた。
「とりあえずギルドに戻って、装備の修繕をするためのお金が欲しいですね」
「おいらはもうちょっと休息が欲しいかな。肩がまだ治ってないから弓を引けない」
「わわわわわわわたくしはガストンと、二人で、そのデデデデデー……!」
「ミルフェ、悪いが俺も装備の修繕がしたい」
皆が口々に自分の要望を言い合う。
「ふふふ」
あたしは思わず笑いが溢れた。
この、何とも言えない緩さが、とても心地良い。アーランドたちに出会えていなかったら、あたしは今頃どこで何をしていたのだろうか。
もしかしたら、一人でクレセントウルフとウィップテイルタイガーに立ち向かい、ウェイズ共々命を落としていた未来もあったのかも知れない。
レミお姉さんにはちょっとだけ感謝しても良いのかも知れない。
他愛もない話をしながら冒険者ギルドに戻ると、ロビーの真ん中でレミお姉さんがあたしたちの帰りを待っていた。
「あっ、帰ってきた! 待ってたんですよ! ギルマスからミリアちゃんに良いお知らせがあるみたいですよ♩」
眉を顰めながら、あたしはアーランドと顔を見合わせた。ウルフたちの討滅で報酬ザックザクってことだろうか。
「わかった。ギルマスルームに行けば良いの?」
「はい」
レミお姉さんがギルマスルームに向かって歩き出したので、やいのやいの言い合いながらあたしたち一行も後ろをついて行く。
「報酬もらったら、私も杖を新調したいですわね」
良く見るとミルフェの杖の宝玉にヒビが入っていて今にも砕けそうになっていた。
「初めて冒険に出た時から使っていた杖ですもの、もう限界を迎えていてもおかしくなかったかも知れませんわ」
「結界魔法なんて高度な魔法使うからだろう。あの時杖が完全に壊れていたら、どうなっていただろうな」
「今頃みんな仲良く虎の腹の中でしたわね。感謝するのよ、ジョイル」
「なんで俺だけに言うんだよ!」
本当に賑やかで愛おしい連中だ。あたしはそう思いながらレミお姉さんの後について歩いた。
ギルマスルームに着くと、背の低いテーブルの上に大きな麻袋が複数置かれていた。
部屋に入ってきたあたしたちを見るなり、ギルマスのニヤニヤが止まらない。
「おめでとう諸君。討滅対象の脅威度が一段階アップしてクレセントワイルドウルフになっていたので、それに伴って銀級クラスの依頼内容として認められ、報奨金として金貨二百枚。さらに、騎士団から討伐協力金として金貨五十枚、領主様からも特別謝礼金として金貨五十枚が出ている」
「「「「「えっ!? 合計金貨三百枚!?」」」」」
思わず全員の声がハモった。
「それだけの働きをしたのだ。自分たちの偉業を誇ると良いぞ。あと、ミリア。ギルドカードを出せ」
言われたままにカードを取り出すとギルマスに引ったくられた。
「ランクアップおめでとう。このギルドで最速のランクアップだ。本当なら銀に上げてやりたいところだが、ランクアップの原則が必ず一段階までとなっているから我慢してくれ。だが、きちんと今回の内容は記録されているから次回のランクアップに良い影響を与えるだろう」
ギルマスに差し出された銅級カードを受け取り、思わず眺めた。
黄土色の鈍い光沢を放つギルドカードだ。
これで門を出る度にあたしだけランクが低いなーなんてことがなくなる。
あたしにとっては金貨三百枚よりもこっちの方が嬉しかった。
「ミリア、良かったですね」
「うん!」
あたしの満面の笑みを見て、パーティーの全員が笑顔を返してくれた。
「で、この金貨なのですが、ウコンとサコン、ミリアで手分けして亜空間収納してもらえませんかね? 僕たちが持っていると嵩張りますし、ミリアだけで全部持っていると取り出せないなんてことにまたなるかも知れません」
基本はウェイズの意識さえあれば収納も取り出しも問題ないが、念には念をと言うことでそうすることにした。
三人で手分けして収納すると、ギルドマスターが羨ましそうにあたしを見ていた。
「ウィップテイルタイガーと全部の素材買取の査定についてはこれからになる。二日ほど時間をいただく事になるだろう。なにせ数が数だからな! 解体部門のやつがヒーヒーと嬉しそうな悲鳴を上げていたぞ!」
絶対本当に大変なだけだよねそれ。
あたしは引き攣った笑顔を浮かべて豪快に笑うギルマスを見つめ返した。
「で、素材はどうするんだ? 全部買取でいいのか? まあ、特に装備に流用できそうな素材はなかったしな。よくてお貴族様の屋敷のカーペットだろうな」
「そうですね、見た目通り今の僕たちは装備の更新が必要ですので、お金に変えて頂けると助かります」
アーランドはおどけて言いながら、自身の革鎧やガストンの盾を指し示す。
「だったら、いい鍛冶屋を紹介してやろうか? 俺が贔屓にしてる頑固親父だが、腕は確かだ。そういえば、あの親父がミリアに会いたがっていたな」
「あたしに???」
あたしは眉を顰めて首を傾げた。あたしに頑固親父なんて知り合いはいない。
「なに、大したことじゃない。自分の最高傑作を切り裂きやがった相手に興味が湧いて会ってみたいってだけだろう」
「あの魔鋼製の剣って、切り裂かれたんですか!? 砕かれたのではなく!?」
アーランドが徐にあたしの手に触れてムニムニしてくる。
『やめんか小僧』
寒気のしていそうなウェイズの念我が聞こえてきた。
「俺も最初は砕かれたものだと思っていたが、親父に見せたら『ミスリル製の魔剣とでも正面から斬り合ったのか』って鼻息を荒くして言うもんだから、ついついミリアのことを言っちまったんだよ」
ギルマスもあたしに近づいてきて、左手をアーランド、右手をギルマスにムニムニされるという奇妙な状態になる。
『おわぁぁぁぁぁぁあ!?』
聞いたことのないウェイズの悲鳴が聞こえてくる。よほど肉球ムニムニが嫌いなのだろう──なんて考えていたら、なんだこれ!? 今まで無かった感覚がある!?
ウェイズとの魂の繋がりが深まったということなのだろうか。くすぐったくて笑い出しそうになるのを抑えながらなんとか耐えた。
「この腕のどこに魔鋼を上回る強度の爪が入っているんだ? 実に興味深い」
「確かに。どう見てもただのプニもふハンドですよね」
何気なくアーランドの指が肉球の隙間に差し入れられ、すっと撫でる。
あたしは体がビクッとしたので瞬間的に手を引き、顔を真っ赤にしてアーランドを睨んだ。背筋がゾクゾクする。
「──えっち!!」
「えっ、ちょ、な!? ミリア!?」
「あ、これ感覚あるのか。すまなかったな、無遠慮すぎた」
ギルマスは大笑いしていた。
確かに以前は無かった感覚がある。なぜか早まったままの鼓動に違和感を覚えた。
急に体に力が入らなくなり、足元が覚束なくなる──眩暈がする。
「どうしたんです?! ミリア?!」
鼓動に合わせて明滅する世界に、あたしはバランスを崩して転倒しそうになる。
間一髪地面にキスをする寸前で滑り込んだアーランドが支えてくれた。
「まだ体が治り切っていないのですかね。連れ回してしまって申し訳ないです」
アーランドに抱き抱えられて、余計に鼓動が早まった気がする。
際限なく加速していく鼓動に、思わずさらにアーランドを抱き締めた。
「──み、ミリア!? ど、どうしたんですか突然!? イタタタ──!」
なにかわからない衝動的なものが体の奥底で噴き上がり、それを抑え込むためにアーランドをひたすらに抱き締めた。理由はわからないが、本能的にそうしたいと思った。
『これは──。アーランド、しばらくそうさせてあげた方が良い。屋敷に戻るから背中に乗って』
正体のわからない衝動に突き動かされ、それを抑え込むために粗い鼻息をしながら血が滲むほど歯を食いしばる。
『窓を開けて』
通常サイズになったウコンの背にアーランドに抱き抱えられながら乗ると、ウコンは床を蹴って空中へ飛び出した。
重力に従って体が落ちるのを感じる。
その感覚を最後に、あたしはこの世界を知覚できなくなった──。
※誤字修正(ラックアップ→ランクアップ)運あげてどうするねん_(┐「ε:)_




