第25話 狐娘は事後処理に奔走する
翌朝、食堂に集合したあたしたちは朝食を摂っていた。
昨日の夜は色々あって話が出来なかったので、あたしは父様母様側ではなく、アーランドたち側に座っていた。
足元に置かれた皿には体を小さくしたウコンとサコンの分の食事も用意されている。
アーランドたちと話したところ、まず第一にウコンとサコンが今の状態で街中にいるのがまずいらしいので、ギルドで従魔として登録する必要があるとのことだ。実際問題、あたしの意識がなかった間にアルベル駐留騎士団とイザコザがあって揉めたらしい。ウコンとサコンは(族長であるウェイズリシアと共にいる)あたしにしか従うつもりがないらしく、もう少しで騎士団とウコンたちとの全面戦争が開始されるところまで行ったそうだが、領主であるあたしの父の一喝でその場は収められたというが、まだ燻っているそうだ。
なので、あたしはギルドで従魔証を手に入れて騎士団に示す必要があるそうだ。
続いて、第二に依頼達成の報告と素材の提出。特に今回はスターワイルドウルフの上位種であるクレセントワイルドウルフがいてそれを討伐したこと、あとウィップテイルタイガーのボスも討伐したが、こちらはウェイズの手で跡形もなく殴り潰されたそうなので、ウコンとサコンが狩った小さい個体を提出し、状況報告をするそうだ。
ちなみにウィップテイルタイガーとクレセントワイルドウルフの群れが人里付近まで降りてきたのは、ウコンとサコンの狩りに追い立てられたことが理由らしいが、これは誰か責任を取る必要があるんじゃないかと思う。
話を聞くとウコンとサコンは数年前、ちょうどアニーが命を落とした辺りの少し前から森の奥に住み着いて狩りをしていたそうだ。つまりはウコンとサコンが住み着いたことがアニーの死に間接的な関わりがあると思うのだが、アーランドがそこに言及しない限りあたしから言うつもりはない。
ふと見ると、ガストンとミルフェはうまく事が運んだらしく、恋仲になっているようだ。ミルフェが料理をスプーンで掬い、ガストン口元に運んで食べさせている。あたしの視線に気が付いたミルフェが少し恥ずかしそうに左手の親指を立てた。
ガストンも少し恥ずかしそうだが、口元に運ばれた料理をおとなしく食べていた。
ジョイルはガストンとミルフェの様子、そして話し込むあたしとアーランドの様子を見て、少し不貞腐れているように思う。
何か熱い視線を感じると思って我が妹メルティリアを見ると、視線がジョイルに釘付けであった。目がハートマークになっている気がする。妹と三歳差と考えると、彼女の射程圏内ではあるのか、と少し納得したけど、お姉ちゃん許しませんからね。
「──でさ、アーランド。今後の冒険の方針はどうするの?」
あたしの不意の言葉に、全員の視線がアーランドに集中した。
「──まだ考えている途中ですが、冒険者ランクを上げながらウェイズリシアさんたちの『聖地』を目指すのがいいのではないかと考えています。大陸図で位置を確認したのですが、大陸の端から反対側の端へ旅するような感じになるので、三カ国を股に掛けたちょうどいい冒険になるのではないかと思いまして」
「アーランド、ミリアリアを引き渡すつもりなの!?」
アーランドの提案にミルフェが大声を上げた。
「そういうつもりは全くありません。ウェイズリシアさんに旦那さんと仲直りしてもらおうかな、と思いまして」
『ぐぬ!?』
仲直りという言葉にウェイズが悲鳴を上げた。
「数百年も喧嘩したままなんて、絶対良いわけないですよ」
『アーランド殿の言う通りだ。さすがミリア殿の番なだけはあるな』
サコンの番という言葉を聞いて母様と父様が飲んでいたコーヒーを吹き出して咽せた。
「「つがい!? ミリア、詳しく説明しなさい!?」」
「な、何もしてないよ! 寒かったから一つのマントで一緒に包まったり、一緒に寝たり──あ、キスはしたか」
父様と母様が勢いよく立ち上がったおかげで椅子が後ろにぶっ倒れた。
鬼の形相の二人が、アーランドに詰め寄る。
「「アーランド君、詳しく経緯をお聞かせ願えないだろうか」」
『確かミリアのパンツを良く見たって言ってたよね?』
ウコンの言葉に、鬼の形相の二人の額に今にも破裂しそうな程血管が浮かび上がる。
詰め寄られたアーランドはタジタジになりながら言い訳する。
「いや、ですから、これには深いわけが! ですね! やましいことは何も!? こ、子供ができたら責任はとりますから〜!?」
「「ま、待てーーー!?」」
席を立って逃げたアーランドを鬼の形相の二人が追い掛けて食堂のテーブルの周りで追いかけっこを始めてしまった。
「ご自分で火に油を注いでどうするんですの?」
「キス程度で子供ができるわけがないだろう」
ミルフェとガストンが呟き、子供がどこから来るのか知っているらしい彼らは見つめ合ってから赤面して目を逸らした。
◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇
昼過ぎまであたしたちは父様と話の擦り合わせを行い、話して良い事といけない事を話し合い、話せない事を抜いた状態で説明した時に矛盾が生まれないように頑張った。
あたしたちはまずウコンとサコンの問題を解決すべく装備を着込んで、シルビアが開けてくれた屋敷の正面玄関のドアから外へ出た。
みんな装備はボロボロだ。まだギルドへの報告をしてないので報酬も貰っておらず、修繕に回すお金がなかったそうだ。
再構成された狐パーカーを着ているあたしと最後まで守られていたミルフェ以外はみんなボロボロの格好のままだ。ガストンはボコボコで所々引き裂かれている盾を背負っているし、ジョイルの肩の包帯はまだ痛々しい。アーランドも革鎧の損傷──特に腹部の傷が目立つ。
みんな歴戦の戦士と言っても申し分ないくらい全身傷だらけだ。
前列にガストンとミルフェとジョイル、後列のあたしのすぐ両隣に引っ付くように右側にウコン、左側にサコンがいる。ウコンの隣にアーランドがいる。
その隊列のまま石畳を歩き、門番に挨拶して正門を出る。
道行く人々の視線があたしたちに集まった。
ウコンとサコンの屋敷突入事件はアルベル中を駆け回る噂になっていて、その中心メンバーがあたしとアーランドのパーティーであることまで情報が回っているそうだ。一週間外に姿を見せないことで噂の沈静化を図ったそうだが、逆に憶測を呼んでいて、今や時の人だそうだ。執事のダンが言っていた。
近寄って来ようとした冒険者らしき人物を、瞬時に通常サイズに戻ったウコンとサコンが眉間に皺を寄せて唸り声を上げて威嚇する。
近寄ってきた冒険者は腰を抜かして這いつくばるように離れていった。
「では、冒険者ギルドに行きましょう」
アーランドの声でウコンとサコンはミニサイズに戻り、あたしたちパーティーは堂々と道を歩いていく。
その威風堂々たる様に、道行く人々が避けてくれる。ウコンとサコンが眉間に皺を寄せた怖ーい顔のままなのもあると思うけど。
メインストリートを歩いていくと、冒険者ギルドのクソデカ看板が見えてきた。
一週間ちょっとぶりだというのに、なんだか酷く懐かしく思えた。
ギルド正面で立ち止まり上を見上げる。
あたしたちパーティーの関係が始まった場所に戻ってきたのだ。とか感慨深くなっていたら、前列の3人が歩き始めていた。
あたししたち後列も続いてギルドの中に入っていく。
ギルドに入ると、装備がボロボロの様子と二匹のナインテイルを従えている様子を見て、近づいてくる冒険者は一人もいなかった。逆に道を開けてくれた。
カウンターに並んでいた人たちまでも、道を開けてくれた。その先のカウンターに待っていたのはレミお姉さんだった──。
「──ミリアちゃん!? アーランド君!? 今、ギルマスを呼んできます!!」
あたしたちの尋常じゃない様子を感じ取ったレミお姉さんはカウンターを離れてギルマスを呼びに行った。
程なくしてギルマスとレミお姉さんが戻ってきた。
「おう、よくぞ地獄から生きて帰ったな、お前ら。騎士団長から少し話は聞いているが、いろいろあったみたいだし、ギルマスルームに来い」
さすがに噂の渦中の人物たちと衆人環視の中で話をするわけにも行かないので、ギルマスルームに行くと判断したようだ。
あたしたちはギルマスに連れられて部屋に行き、来客用ソファーに座るように促されたので、そこに座った。
ギルマスは窓から外を眺めた。
「──話は聞いている。メルン村の地獄の件とフォクシリウス家の裏山で何かやらかしたそうだな」
「フォクシリウス家の件については、あたしたちはお答えできない。領主様に尋ねて欲しい」
納得いかない意味深な顔をしながらも、あたしの言葉にギルマスは頷いてくれた。
「じゃあ、依頼の件はどうなったのか──リーダーのアーランド、お前が説明しろ」
「わかりました」
メルン村が全滅した件の報告と、そこで戦ったクレセントワイルドウルフの率いる群れの討滅の報告、そして帰還中にウィップテイルタイガーの群れに襲われて、ナインテイルのウコンとサコンの助力があって撃退に成功したことなど、掻い摘んで話せるところだけ隠さずに話した。
ウェイズの存在やウェイズとウコン・サコンとの関係について、裏山で何があったのかは話さなかった。
「──で、クレセントワイルドウルフ率いる群れを倒したのはミリアですし、ウィップテイルタイガーのボスとその群れを倒したのはウコンとサコンです」
長々と説明を終えたアーランドが一息つく。
「そして、この狐パーカーの効果により、ナインテイルのウコンとサコンがミリアの従魔となりましたので、従魔登録をお願いします」
アーランドはほとんど嘘は言っていない。
「……この服は魔道具なのか?」
『我は魔道具ではない』
いつも通りの念話でツッコミが入るが、今回は対象が指定されているようで、ギルマス以外のメンバーだけが聞こえていたようだ。
「まあ何でもいい。ナインテイルが味方になるのは心強い。だが、本当に神獣とも呼ばれたことがあるナインテイルが従うのか……?」
ギルマスの疑惑の目が向いたので、あたしは一つ試してみせることにする。
ソファーから立ち上がり、サコンの目の前に移動してしゃがみ込む。
「サコン、お手!」
言われたサコンは困惑してウコンを見たがお手をしろと小突かれ、おとなしく右前脚を出して従った。
「おかわり」
サコンは仕方がなく左前脚を出して従う。
「ふーん、どれ」
あたしと入れ替わるようにギルマスがサコンの前にしゃがみ、声を掛ける。
「お手」
サコンは嫌そうな顔をして、ギルマスの手に即座に噛み付いた。
『調子に乗るなよ、人間』
「ば、ばか──」
「ふむ、念話も使えて、主人にのみ忠実。大丈夫だな」
噛み付いて念話を飛ばした瞬間はヒヤッとしたが、逆にそれが好印象だったらしい。
「従魔として登録しておこう。飼い主はミリアでいいな?」
「うん」
ウコンとサコンは少しだけ不服そうな顔をしていたが、人間の街に入る上で必要なことなので納得はしてくれていた。
ギルマスが息を吸い込んだ気がしたので、あたしは思わず耳を塞ぐ。
「レミーーーーーーーーーーーー!!!! ミリアの従魔証を作ってやれーーーーー!!!!」
ギルマスのクソデカボイスが発せられ、ウコンとサコンは思わず耳を前足で押さえ込んだ。
『この筋肉ダルマめ、もう少し小さい声で呼べぬのか』
「ふん、人の手に噛み付いてくれたお礼だ」
ギルマスは朗らかに笑っていた。
ギルマスの大声で従魔証登録セットを持ったレミお姉さんが部屋に突入してくる。
「ミリアさんと従魔登録するのは──やっぱりさっきの狐さん!?」
レミお姉さんは部屋に入ってくるなり、ギルマスを退けてウコンとサコンの目の前にしゃがみこみ、よしよしと二匹の頭を撫でる。
勝手に撫でられた二匹は怪訝な顔をしてはいるが、ギルマスの時のように噛み付いたりはしなかった。
「レミ、お前よくあの神獣なんて呼ばれたこともあるナインテイルの頭を躊躇なく撫でられるな。普通なら殺されても文句言えないぞ」
「ヒェッ!?」
「ははは、冗談だ。従魔なのだから、その辺は弁えているのだろう」
ウコンとサコンがギルマスに対して殺気を放ち始めた気がしたので、急かすことにする。
「とりあえず、従魔を登録するにはどうしたらいいの?」
「あ、はい。冒険者登録した時と同じように、専用の板と水晶球を使って、飼い主の血と従魔の血を登録します。ギルドカードとの連携もさせますので、出してくださいますか?」
レミお姉さんに言われて思い出す。あたしのギルドカードはどこへ行ったのか?
ウェイズ化する前の狐パーカーのポケットに入っていたのだ。もしかしてウェイズの血肉になった…?
『ミリア殿、ギルドカードとはこれのことか?』
言いながらサコンが虹ゲロの滝を吐いてその中からカードが出てきた。周りがドン引きしている。
「亜空間収納だからね!?」
あたしはその虹ゲロの中からカードを受け取り、書かれている内容を確かめる。確かにあたしのカードだ。
『ミリア殿の匂いがしたので落ちていたのを拾っておいた』
「ありがとう、サコン!!」
あたしは思わずもふもふハンドでサコンの頭を撫で回してしまった。
『再登録は銀貨十枚でしたので、良かったですね』
こんな板切れでそんな値段するの!? と思わず訝しげに見つめてしまう。
「では、この板に──どっこいしょ!」
また置き場所指定のある板が置かれた。今度は水晶、ギルドカード、従魔カードと書いてあった。
あたしはその指定場所にギルドカードを置いた。そのすぐ後にレミお姉さんが水晶と従魔カードを置いた。
従魔カードにはレミお姉さんが何かを書き込んでくれた。
「従魔一匹につき一枚となりますので、お願いしますね」
レミお姉さんが針と絆創膏を差し出してくる。
左手に針を持つと、ウェイズが右手を解放してくれたので、現れた自分の指に針を刺し、血を一滴カードに垂らす。
「サコンおいで」
あたしはサコンを呼び、前足の肉球を見せてもらって針を刺し、血を一滴カードに垂らす。
レミお姉さんが魔力を込める横で、もう一枚のカードにも自分の血を垂らし、「ウコン──」と呼ぼうとしたらそばに来て前足を差し出していたウコンの血を同じように垂らす。
魔力を通し終わったサコンの分のカードを受け取り、ウコンの分のカードを渡すと何かを書いた後に魔力を通してくれた。
三枚全てのカードを受け取って書かれている内容を見る。
あたしのカード、ウコンの名前と種族名と特徴が書かれたカード、サコンの名前と種族名と特徴が書かれたカードの三枚だ。
「従魔の証明をしろと命令された時は必ず従魔カードをご自身の従魔にかざしてください。魔力が反応してほのかに光ります。街中で紛失した場合、従魔共々投獄される可能性がありますので、ご注意ください。また、従魔が暴れて人的被害が出た場合、飼い主が罰せられて最悪の場合は斬首系に処されることがありますので合わせてご注意ください」
レミお姉さんの言葉に頷きながら、カードを見ていてふと気になった項目があった。
特徴の欄に九尾と耳に傷と書かれていた。
ウコンとサコンが並んでいたので見比べると、それぞれウコンが右耳、サコンが左耳にかなり年月が経っていそうな傷があった。
あたしが不思議そうに見ていると、サコンが答えてくれた。
『これか? これは夫婦の契りだ。初夜の前にお互いの耳の一部を食い千切ってお互いの血肉とすることで永遠の愛を誓うものだ』
「あら、ロマンチック……」
聞いたミルフェが目を輝かせていた。
『ロマ……? これは痛みによって雌の排卵を促す効果もあるのだ。我らの初夜で一晩寝ずに致したが子は授からなかったがな』
『一言多い』
最後に余計なことを言ったサコンがウコンにぶたれた。
それを聞いてミルフェが顔を真っ赤にして下を向いた。
狐パーカー状態のウェイズも右耳が少し千切れた場所があるので、そういうことなのだろう。
「コホン。で──だが。騎士団に顔を出す前にどうせなら討伐した魔物を置いていかないか? 討伐証明部位の確認と解体をしておいてやる。また戻ってきたら何を売るか判断してくれて構わない」
「かなり大量のワイルドウルフと、群れのボスのクレセントワイルドウルフの頭部と毛皮がありましたわね」
ギルマスの言葉にミルフェが反応した。
『ミリア殿たちと合流する前に我らの方に向かってきたウィップテイルタイガーも全て仕留めて収納してある。この部屋に出すと部屋が潰れるぞ?』
「え!? 逃げたウィップテイルタイガーも全て仕留めたんですか!?」
『あんな雑魚ども、朝飯前の準備運動にもならぬ』
アーランドが引き攣った顔をしていた。
「では、ギルド裏の解体場の倉庫に出してくれないか? あそこなら大丈夫だろう」
ギルマスがドアへ向かったのであたしたちもソファーから立ち上がって後をついていく。
その後、ギルマスが想像を絶する事態になったのは言うまでもない。
※誤字・脱字修正




