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こんけるふぇん(仮)  作者: 黄昏狐
第1章 冒険者パーティー『狐火』
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第2話 狐娘は岩より硬い。

 領主邸の敷地を出る。

 もちろん正面からなどではなく、裏の小さな通用口からちょっと日陰の多い裏通りへだ。


 街のほうへ出るのは何年ぶりになるだろうか。

 10歳でウェイズに取り憑かれてから、父には街へ出るなと言われ、忠実にその命令だけは守っていた。

 裏山へは頻繁に行っていたが、こちらは一応家の敷地内の範疇ではあった。街中に裏山付きの領主邸宅があるという奇妙な状況ではあった。


 なんでもウェイズによれば、彼が討伐された地がそこなのだという。数百年経った今でもウェイズ全盛期の魔力の残滓が漂っているとのことだが、そこまで感覚が鋭いわけでもないのでわからなかった。


 取り憑かれた当初こそ彼はあたしに強い怨念と恨みを向けていたものの、あたしが連日ぶっ倒れるほど魔力を吸われ、ある程度蓄えて自我を取り戻してからは、それこそちょうど良い話し相手兼遊び相手だった。

 10歳当時、貴族間での付き合いで友達はいたが、あれから一度も会えていない。向こうはたぶんあたしの顔など忘れていることだろう。


 父の書斎で読み込んだ地図を脳内で思い浮かべ、一歩を踏み出す。


 ある意味人付き合い的引き篭もりとも言えなくはなかったが、自分自身の心境として不安のようなものはなかった。四六時中ウェイズがそばで話し相手をしてくれていたからかも知れない。


 日陰の多い裏通りを進むと、急に視界が開ける。大通りへ出た。

 領主邸正門が街のほぼ中心となっていて、街で一番大きなT字路が正門から三方に伸びて街の外壁へ続いているような街の作りをしている。人口も正門側に多く偏ってはいるが、裏山を挟んで反対側の裏門側にも一応人は住んでいる。父はそちらを貧民街と呼んでいた。


 幼い頃に見た街はそのままの風景でそこにあった。

 行き交う人々の喧騒に、何かが焼ける香ばしい匂い。

 

 あの頃と何も変わっていない。

 自分自身、身長も変わっていないので変わるわけがないのだが。


 ──いや、通行人のみなさんの視線が痛い。

 変てこな服を着た子供が道端に立っているのだ、気にしないほうがおかしい。


 ケモミミ・狐顔付きフードのある丈の短めなパーカーをまるでワンピースのように着こなしていて、腰の辺りには九尾が生え、足元はこげ茶色の毛羽立った靴を履いていて、そのつま先を引き裂くように爪と肉球付きの獣指が飛び出しているような出で立ちだ。


 時代を先取りし過ぎて目立ち過ぎる。どこか遠い国のお祭りならそんな格好をすることなんてあるんじゃないだろうか。そんな感じの出で立ちだから仕方ないと言えば仕方ない。


「おかーちゃん、なんであのおねーちゃんあんなふくきてるの?」

「めっ! 見ちゃいけません!」


 小さな子供の視線を手で遮り足早に去っていく親子。

 目の前でそれをやられるとさすがに凹む。


 気を取り直して歩き始め、先ほどの香ばしい匂いを辿る。

 

 屋台が連なっている場所があり、恰幅の良いおばちゃんが何かの肉の串焼きを炭火で焼いていた。

 肉は5cm程度の立方体を4つ串に刺したものを1本として10本くらいをひっくり返して調味料を振り掛けながら焼いていた。


 覗き込むと、肉汁が滴ってジュゥゥゥゥゥゥ……と煙が上がる。

 耳をくすぐる音に思わず限界まで鼻で息を吸い込んで口から吐く。


 肉汁が滴ってジュゥゥゥゥゥゥ……ジュゥジュゥゥゥ……と煙が上がる。

 思わずまた限界まで鼻で息を吸い込んで口から吐く。


「お嬢ちゃん、買っていくかい? 今なら1本買ったらもう1本サービスするわよ!」

「──1本買ったぁ!」


 得意げに右手に持った麻袋から左手に金貨五枚を出し、その一枚をつまんでおばちゃんに渡そうとするが。


『あっ』

「ちょっとあんたぁ⁉ 往来でそんな大金晒すもんじゃないよ⁉」


 ウェイズの短い念話と共におばちゃんの声が響き、逆に注目を集める。

 その気配を察しておばちゃんが声を小さくして言い直す。


「お嬢ちゃん、その金貨1枚でこの串は2000本以上も買える大金なんだよ。人前であまり出すものじゃないのよ。うーん、見たところ、良い所のお嬢様──というわけでもなさそうだし……?」


 訝しげにあたしを見てくるおばちゃんの視線がふと横にズレた瞬間──。


 横から飛んできた握りこぶしがこめかみあたりにヒットしたが、殴った側が手を抱え込んで地面で呻いた。

 柄の悪そうなトゲトゲ肩パットを左肩に装備した()()()()な輩だった。


「「──アニキィ⁉」」


 たぶん全力で殴られたであろうあたしを横目に兄貴分に駆け寄る子分が二人。

 あたしはまるで物理法則を無視するように、おばちゃんを正面に見据えて何事もなかったように立ったままそこに佇んでいた。

 普通の子供であれば1~2メートルは吹っ飛ばされる力加減であっただろう。

 あたしを吹っ飛ばしたであろう力をすべて受けたのだ、兄貴分の拳の骨は砕けているかも知れない。石の壁を素手で殴ったような状況だ。


『全力で防御することもなかったか?』

『いや、ありがとうウェイズ。全然気が付いてなかったから』


 魔法でとりあえず防御してくれたウェイズには念話でお礼を言っておく。


「なんなんだこいつ⁉ 岩殴ったみてえに硬てぇ⁉」


 地面で狼狽えている兄貴分。


「ガキィ! どうせ盗んだ金だろ⁉ わかってんだよ!」

「これは私のお金! お父様から貰った、最後のプレゼント!」

「んだとガキィ⁉」


 拳が砕けているはずなのにもう一度襲い掛かってこようとする兄貴分に対して、あたしはキレてしまった。

 さっき言った通り、これは正真正銘あたしのお金で、もうフォクシリウス家を名乗れない証明なのだから。


 瞬間的に一歩下がり、勢いをつけて前進しながら拳を振り下ろそうとして──。


『ばっ馬鹿! そいつが死ぬぞ!』

 ウェイズの慌てた念話が聞こえた。


 怒りに任せて振り抜いたたその拳は、()()()()()()()()()()()()()爪が出ていた。

 そんな状態で目の前の男を切ればどうなるか、結果は明らかだ。


 ウェイズが機転を利かせて爪を引っ込ませてくれたため、もふもふハンドでぶん殴る形になった。

 ある程度力を抑え込んでくれたようだけど、それでも男は10メートルくらい飛んで行って地面に顔面から着地した。


 完全に伸びきった兄貴分を子分二人が抱え、「覚えてろよ~」なんて声を上げながら逃げて行った。


 あたしは拳を振り抜いたままの姿勢で呆然とした。

 あと一歩間違えば、この場で人を殺めていたのだから。


 あたしにはまだ人を殺める覚悟はない。その証拠に手が震えている。怒りに我を忘れていたとはいえ、自分がどの程度の強さなのか、思い出す必要がある。


 この強さはウェイズ由来であるものの、コントロールの主体はあたしなのだ。

 あたしが全力で動いたらウェイズの意思で体の自由を奪えないことは、裏山での検証中にわかっていたことだった。部分的な能力制限であれば今のウェイズでもできるらしいが、魔力が足りていないと唸っていたな。


『……ミリアにはまだ早い』


 諭すような優しい念話が聞こえた。


※誤字・言い回し修正

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