第22話 ミリアリア・フォクシリウス
三人の声に僕は──。
ミリアリアとの出会いを思い出す。
レミットさんのミスによってミリアが単独でスターワイルドウルフ討滅依頼を受けることになって、冒険者ギルドのロビーで怒っていたら彼女と一緒に行くことになって。その後ミリアと別れてからギルマスに魔鋼製の大剣が折られたことを見せられて。
ちょっと世間知らずな変な格好をした少女だと思っていたら、初日から寝坊してきた上に目的地も知らなくて。
小柄だから十歳くらいだと思ったら同い歳で。
白いパンツで。
初めて携行食を食べたらしい彼女の顔は鏡で見せてあげたいくらい面白かった。
パーティーに誘って。
初めての見張りをする内にいつの間にかミルフェと仲良くなっていて。
戦闘は強かったけどどこか抜けていて。
強化魔法の使い過ぎで倒れて。
……動揺していた事故の上での出来事とはいえ、ファーストキスの相手で。平手打ちでぶっ飛ばされて土下座して。
──子供ってできたのか? みんなのあの様子だと、キスくらいで子供はできないらしい。
肩車して。
ミリアの魔法は超火力で。
肩車から下ろしたら白パンツ全開で見てしまって。
狐パーカー以外着られない呪いの装備だと教えてくれて。
アニーの死を未だに引き摺っていた僕に、『立ち止まったら、必ずあたしが背中を押してあげるから、あたしが足を止めたらアーランドが必ず前から引っ張って』って言ってくれて、一緒に泣いてくれて。
地獄に在ってなお、体を張って守ってくれて。
ウェイズリシアに助けて貰って。
──全裸を見てしまって。
寒がりだから温めてあげて。
正気を失いかけていた僕の背中を押してくれて。
派手な水色と白の縞々紐パンで。
最後は自分自身を犠牲にして僕らを守ろうとしてくれて。
「パンツばっかりじゃないか──!」
手に持っていた剣を思わず地面に叩き付けた。
「リーダーがパンツの見過ぎで壊れた」
「「アーランド……」」
可哀そうな人を見る目で僕を見ないでくれ。
ミリアと出会って楽しい思い出も悲しかった思い出も辛かった思い出もある。
でもなぜかパンツが最前面に来るんだよ!
「ミリアとの優しい思い出が全部パンツで塗り潰されるんですよ、何か文句ありますか⁉」
大声で叫ぶと三人はまた可哀そうな人を見る目で僕を見た。
『発情しているの?』
「違うわー!」
ウコンの言葉に思わず突っ込んでしまった。
『同意するのかしないのか、はっきりしろ。貴様の今の思念を読んだ限りではもう答えは出ているのであろう?』
ウコンの口元がニヤリと引き攣る。
そんなこと言われなくても、最初から答えなんて決まっている。
「本当にミリアも、ウェイズリシアさんも助けてくれるのですね!?」
『ああ、我らナインテイルは嘘と浮気が大嫌いだ』
ウコンの言葉に、戦闘中のサコンの背中がゾクゾクと動いた気がする。
真っ直ぐに見つめてくるウコンを信じ、僕は答える。
「わかりました。あなたの言うことをなんでも一つだけ聞きます。だから、二人を助けてください‼」
『雄に二言はないな?」
「もちろんですとも!」
胸を張って言い切って見せる。
するとウコンはうんうんと頷き、くるりと向きを変え、戦闘中のサコンに向き直った。
『サコン、もういいよ。族長を咥えられる?』
『族長を!? うぬぬ、まあさすがに我も多少怪我を負う可能性はあるができなくはない』
『あとでペロペロしてあげるから、お願い』
『──心得た!?』
先程までの口調とは違って砕けた感じに話すウコン。これが本来の喋り方なのだろう。
サコンはペロペロという言葉を聞いてから九本の尻尾が勢いよく暴れている。どういう意味なのか分からないが、彼(?)にとっては嬉しいことなのだろう。
『これからフォクシリウス家の裏山とやらに突撃する。今からなら、日没直後くらいには着ける?』
『ああ、多分全力で走れば行けるだろう。それまで持ってくれると良いが』
サコンは言うと、口を大きく開け、ウェイズリシアの胴体を咥えて抑え込んだ。
ウェイズリシアが暴れるので多少痛そうだが、ペロペロのほうが勝るらしく、尻尾の暴れ加減が収まらない。
ウェイズリシアの捕縛に成功したサコンが寄ってきたのを確認して、ウコンが再びこちらを向き、頭を低くする。
『行くぞ、人族ども。我らが背に乗るが良い。貴様らの足では遅すぎる』
僕は頭から乗れ、と言う意味だと理解してウコンの頭に乗るが──。
『あ。お前はあっち』
急に頭を上げたウコンに放り出され、サコンの背中に乗った。
『番相手のそばに居てやりなさい』
優しい目がこちらを見つめていたので、静かに頷いて返した。
僕に続き、ガストンがウコンに乗り、ジョイルとミルフェが乗ろうとした時にウコンが『小便臭くない?』と言い放ち、二人は顔を真っ赤にして黙って背中に乗った。
僕は皆が乗ったことを確認して、サコンの首元までよじ登る。
「サコンさん、よろしくお願いします」
『あいわかった。ところで、クレセントワイルドウルフの頭と毛皮は持っていくのか? 大事そうに荷車で運んでいたようだが?』
「運びたいところですが──」
僕が言い掛けると、ウコンが荷台から吹っ飛ばされて地面に落ちていたクレセントワイルドウルフの頭と毛皮のところまで走って飲み込んだ。
『安心しろ、亜空間収納だ』
ウェイズリシアがしていたことを思い出し、出すときは本物の狐顔から虹色のゲロを吐くのだろうかと思い浮かべてしまった。
『この道なりで良いな? 分岐があれば案内しろ。では行くぞ──!』
サコンが言うと、ウコンと共に猛スピードで走り出す。
あっという間に森を抜け、日が傾いて黄金になった草原を駆け抜け、林を抜け、また草原を駆け抜ける。
早過ぎて風圧が酷くて呼吸もままならないような速度だった。
予定より少し早く、地平線に太陽が半分沈んだくらいの時間帯で街の外壁が遠くに見えた。
見ると、見張り台から青い煙矢が垂直に打ち上げられた。
あれは魔物の襲来を他の門に知らせるための緊急連絡用のものだ。
門が通常の閉門時刻よりも早く閉まっていくのが見える。
「サコン、門が閉まってしまいますよ!?」
『あの程度障害にもならん』
速度を維持したままサコンとウコンが門に向かって突進する。
ぶつかると思った瞬間にウコンとサコンがジャンプし、跳んだ先に魔力で障壁を作って足場にして更に跳び上がる。
南門の前に出てきた衛兵たちを一気に飛び越え、街の内側に着地する。
外に兵を集めた為、内側は手薄だった。戦闘にならずに屋敷に行けそうだ。
ウコンとサコンは着地と同時に駆け出す。
「フォクシリウス家はこの道を真っ直ぐです!」
『心得た』
僕が言うとサコンの返事が返ってきて加速する。それにウコンも続く。
正面にフォクシリウス領主邸が見えてくる。
贅の極み──なんてことはなく、領主邸としては質素な建物が経っている。大きさとしてはそりゃもちろん民家は比べ物にならないほど大きいが。
また門を目の前にしてサコンとウコンが跳ぶ。今度は一度の跳躍で大丈夫な高さだった。
玄関に続く石畳の上に着地し、サコンとウコンは足を止めた。
『感じるぞ、こちらだな』
サコンはウェイズリシアの魔力の残滓を感じたようで、案内しなくても裏山の方へ掛けていく。ウコンもそれに続く。
裏山と言ってもそれほど標高があるわけではない。標高五十メートルほどの小さな丘のような山だ。
一面に絨毯のように魔力草が生え、淡い光を放っていた。
『これ程とは……⁉』
裏山の頂上まで駆け上がり、ウコンとサコンは足を止め、見つめ合って頷いた。
『降りて少し離れて』
ウコンの声で僕たちはスルスルと二人から降りて距離を取る。
よく見るとサコンの口元はウェイズリシアの攻撃で血塗れになっているが、微動だにしていないので大丈夫なのだろう。
サコンがウェイズリシアを振りかぶって空中へ放り投げる。
それに合わせるようにウコンが小さく鳴き、ウェイズリシアの飛ぶ先に魔法陣を描く。
『神の吐息!』
ウコンの魔法が発動し、巨大なハンマーで叩き付けるような猛烈な下降気流が発生し、上昇していたウェイズリシアが読んで字の如く急転直下で地面へと叩き付けられる。
ウェイズリシアの体が仰向け状態で地面へとめり込んだ。
「だ、大丈夫なんです!?」
見ていて不安になるほど地響きがしたレベルで叩き付けられていた。
『黙っていろ』
ウコンとサコンがウェイズリシアを挟むように座り、空を見上げる。
「「クゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーーーン」」
遠吠えとはまた違った甲高い二人の声が響き渡り、地面の魔力草から魔力が小さな光の玉となって空中に浮かび上がる。
小さな光の玉がウェイズリシアを中心に集まり、小さな旋風のようになり、魔力の風が吹き荒れ、やがて竜巻のようにグルグルと光の玉が荒ぶる。
巨大な魔法陣がウェイズリシアの真上の空中に現れ、小さな光の玉が集まって大きな光の玉になっていく。
そして、ウコンとサコンが同時に見上げていた頭をクイッと下へ下ろす。
大きな光の玉がゆっくりと加速して勢いを増してウェイズリシアへと降り注ぎ、地面と激突した瞬間に辺りを昼間に変えるほどの光量と魔力の奔流が吹き荒れる。
「みんな、僕につかまって──!?」
剣を抜刀し、地面に深々と刺して飛ばされそうになる体を必死に留めた。
剣につかまる僕にジョイルとミルフェがつかまり、その後ろからガストンが二人が飛んで行かないように押さえてくれている。
「これ、大丈夫なのかー!?」
「私まだ死にたくないですのー!?」
ジョイルとミルフェが声を上げるが、それを守るようにガストンが必死に抱き留める。
「──ミリアリアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーー!!!!」
力の限り叫ぶ。
ミリアリアに戻ってきて欲しいと、心の底から、魂の奥底から叫ぶ。
すべてが光に飲まれる寸前にウコンの優しい目がこちらを流し見た気がした──。




