追憶 アニーの記憶
※残酷な描写があります。
私自身、なぜアーランドに懐いていたのかはわからない。
でも、彼の近くが自分の居場所なんだと信じてそこにいた。
初めて顔をボコボコに腫らせて帰ってきたアーランドを見た時は本当に驚いた。
冒険者になるんだ、と道で拾った木の棒を片手に冒険者ギルドに行って、ギルドマスターにコテンパンに伸されたのだという。慌てて院長先生を呼びに行ったのを覚えている。
何回行ってもアーランドはギルドマスターにボコボコにされて帰ってきた。
試験の様子を見たことがあるけれど、あれはギルドマスターなりの優しさなのだと私にはわかった。
冒険者なんかにならないで別の仕事を見つけて幸せになって欲しい。そんな強い意志が感じられた。
さすがのギルドマスターも、何度も何度もやって来るアーランドに根負けして、稽古をつけてくれるという。
剣士であるギルドマスターの弟子としてアーランドは剣の腕前を──上達できたのだろうか? 才能はイマイチのようだ。素人ながら遠めに見て感じた正直な感想だった。
それでも彼は諦めずに。ギルマスとの稽古が終わって孤児院に帰った後、私やガストンを巻き込んでさらに稽古をした。
剣術に関しては私やガストンのほうが覚えがよく、稽古していく上で私は双剣の使い手としての才能が開花した。ガストンは盾を使った防御主体の剣術の才能を開花させていた。
もちろん、孤児院で暮らす身として、院長先生に割り振られた仕事をこなすのも忘れない。それが終わってから、私たちは互いに稽古相手として模擬戦みたいなのを繰り返して、剣術を高め合った。
そんなある日のことだった──アーランドが鉄級の冒険者カードを誇らしげに見せびらかしてきたのは。
ギルドマスターはやっとアーランドを認めてくれて、冒険者になることができたようだった。
その翌日、あたしはアーランドに連れられて冒険者ギルドに行って、戦闘技能テストを受けさせられた。
怖い大男のギルマスを相手に、怯まずに双剣を振り続けたら、満面の笑みで合格にしてくれた。
さらにその翌日ガストンが冒険者ギルドに連れられてテストを受けさせられて、彼もまた満面の笑みで合格にしてくれた。
三人でパーティー登録をして、薬草採取の依頼に出る。
この世界の果てまで冒険し尽くしてやる! と三人で誓い合った。
採取の回数をこなして、初めてスライム討伐の依頼を受けて、最底辺雑魚モンスターと言われていたそれに苦戦したのを覚えている。急所がわからず苦戦したのだった。
それから孤児院で唯一魔法が使えるミルフェに白羽の矢が立った。魔法職がいればもっと楽になる。アーランドの提案だった。
ミルフェは私たちが稽古しているそばでいつもガストンを見守るように木陰に居るようなシャイな女の子だった。
アーランドに押し切られるまま、ミルフェもテストを受けさせられ、その魔法の威力にギルマスは目を大きくして、合格を出した。魔法学園で勉強をすればさらに高みを目指せるぞ、と言われた彼女であったが、一瞬迷ってガストンを見た後、冒険者で良いと言った。私にはすぐにわかった。彼女はガストンと添い遂げたいのだと。
依頼を順調にこなしていくうちに、対応しなければならない魔物が強くなってきた。
ミルフェの魔法だけでは手数の少なさを感じた私たちは、孤児院の庭で猟師になるために弓の練習をしていたジョイルに目を付け勧誘した。
最初こそ嫌がっていた素振りのジョイルだったが、アーランドのパーティーが孤児や貧民の間で英雄的な人気になっていたことを知ると、進んで参加したがった。
彼も弓の才能に恵まれ、テストは一発合格。何十回もテストを受けて合格していたアーランドが少し落ち込んでいたことは私だけが気付いていたと思う。
そこから私たちのパーティーは快進撃を続け、孤児院出身のメンバーとして歴代最速で銅級に昇格したのだった。
──それがいけなかったのかも知れない。私たちは浮かれ過ぎていた。そこに偶然が重なり、あの惨劇は起きたのだから。
前回のゴブリン退治の依頼の戦闘中の不注意で私が足を挫いたため、次の依頼は休息も兼ねて薬草採取を選んだ。孤児院を出て宿暮らしを始めていたため、どうしてもお金は稼がなければならなかった。
戦闘もないはずで、森の浅い部分での薬草の採取だ。三日もあれば街に帰って来れる。
みんなが私に宿で休んでていいよと言ったが、働かざる者なんとやらの精神で無理やり付いて行った。
行きはいつも通り森の手前で野営して、日が昇ったら薬草採取で森へ入って一日掛けて終わったら初日と同じ場所に戻って野営して、また日が昇ったら街へ戻る。
いつも通り野営して日が昇ってから森へ入ると、何だか胸騒ぎがした。
言葉では言い表せないのだが、いつもの森と何かが違っていた。
いつもは聞こえる鳥の囀りや木々の葉擦れの音さえ聞こえないほど静かなのだ。
たまに見かけるワイルドウルフやマッドボア、ウイングラビットですらいなかったのだ。
そこで引き上げるべきだったのだとは思う。
──パシン、スパァン。
聞いたことのない、まるで鞭でも打ち付けたかのような音が遠くから聞こえてきた。
メンバーの誰も音の理由がわからなかった。
薬草の採取に夢中になっていた私は周囲の警戒がおろそかになってしまっていた。
「──アニー、後ろ!?」
アーランドの声で振り返ると、すぐ後ろにトラのような魔物が立って牙を剥いて声もなく威嚇をしていた。
──パシン、パシン。
トラの魔物はその鞭のような尻尾を近くの木に打ち付けて力を誇示するように威嚇を続ける。
尾を打ち付けられ続けた木が一撃ごとに深く抉られ、遂には自らを支えきれなくなって倒れた。
私は手に持っていた薬草をすべて地面に放り投げて双剣を構え、魔物に背中を見せないように一歩ずつ下がってアーランドのほうへ後退する。
「アーランド、こいつは見たことないぞ!? どうする!?」
「強さがわかりませんが、あの尻尾に攻撃されればやばそうなのは分かりますね!」
ガストンとアーランドが遠くで叫んでいるのが聞こえた。
「アニー、そのままゆっくり後退してこちらへ! 絶対刺激しないでくださいよ! ジョイル、一応弓を構えていてください!」
「わかった!」
ジョイルが矢筒から矢を取り出し、弓に番って引き絞る。
「そうそう、ゆっくりそのまま下がって。そのままそのまま!」
アーランドの声に従ってゆっくり下がるが、足場が大きな岩がゴロゴロある場所なので歩き難い。
踏ん張った瞬間に足首に激痛が走りバランスを崩して尻もちをついてしまう。
「あっ──」
魔物が一歩を踏み出すのが見えた。
その瞬間。
「──放て!」
アーランドの号令でジョイルの放った矢が魔物の脇腹に命中して、魔物は慌てて後ろに飛び退く。
「──グァォォォォォォォォォォ!?」
着地した瞬間に魔物が雄叫びをあげた。
森が騒めくのを感じて周囲を見回すと、同じトラの魔物だがさらに大きい個体が何匹も現れてこちらに向かってくる。
「──何しているんですか⁉ 逃げるんですよ⁉」
尻もちをついていた私を背負い、アーランドが走り出す。
「撤退! 撤退ぃ‼」
「火球!」
ミルフェの魔法が飛んできて先頭の魔物の顔面に直撃するが、体毛が少し焦げた程度でダメージはなさそうだった。
「私の魔法が効かない──⁉」
驚いているミルフェをガストンが担ぎ上げ走り出す。
ジョイルはもう先に走り出しつつ、たまに振り返って牽制の弓を放ってくれている。
すぐに追い付かれて、魔物の尻尾による鞭のような斬撃が飛んでくる。
一撃で木が薙ぎ倒され、倒れている途中でも構わず足場にしてこちらに向かって跳んでくる。
さらに大きな個体が猛スピードで追いかけてきたのが見えた。
「火球! 火球!! 火球!!」
目くらましをするように顔面を狙ったミルフェの魔法が飛んでくる。
尻尾を振り抜く体勢に入った大きい個体の顔面に魔法が炸裂して、アーランドの足を狙っていた斬撃が逸れる──。
「ぐぅっ──!?」
私の背中は防具ごと簡単に切り裂かれた。一撃で深く切り裂かれたのか、息ができないし下半身の感覚がなかった。
「アニー、大丈夫ですか⁉」
「──どま゛る゛な゛ぁ!」
うまく吸えない空気を何とか吸って大声を出し、口元を伝う血を拭いながらアーランドが振り向かないように頭を押さえて前方を向かせる。
攻撃が広範囲だが大振りなことに気が付いたアーランドが指示を飛ばす。
「なるべく木が密集した場所を逃げてください! 木を盾にするんです!」
小さい個体の攻撃ならば数発なら受けても防具で何とかなる。
大きな個体の一撃ならば簡単に致命傷になる。私が背中に受けたダメージは致命傷のようで、もうそれほど長くはないだろう。
アーランドの背中にしがみ付く力が入らなくなってきた。
「アニー、もう少しで街道です、街道に出たらきっと逃げきれます!!」
私の力が抜けてきていることに気が付いたのか、悲壮なアーランドの声が聞こえてくる。
「ぐふっ……ガフッ……」
口元を伝う血が押さえられない。うまく息ができない。
アーランドの装備に垂れてしまった。あとで拭いてあげないとなぁ──。
意識が遠くなる中で、必死に逃げ惑うアーランドと仲間たちの姿が見える。
こんな終わりを迎えるなんて。
もっと冒険したかったのに。
神様。酷いよ。
やっとのことで街道まで抜け出ると、街からこちらへ向かってきていた隊商の馬車数台とその護衛が目に入った。
「大丈夫か──⁉」
装備を見る限り高位の冒険者であろう護衛役数人が声を上げた。
魔物を見るなり、私たちを庇うように彼らが前に出る。
「ウィップテイルタイガーだと!? なんでこんなところに⁉ こんな若者たちじゃ敵うわけがない⁉」
「なんだあの個体は⁉ デカいぞ!? 防御陣形を取れ!! 迎え撃つぞ!!!!」
高位冒険者たちが整った陣形を取り、森から出てきた魔物に立ち向かっていく。
そのうちの一人の神官らしき人が私に寄ってきて背中を見て顔を青ざめさせた。
「アニーの容体は⁉ アニーの治療をお願いします!!」
アーランドの悲壮な声に、神官の人は首を横に振った。
「……ウィップテイルタイガーの斬撃が背中から肺まで到達している。よく今まで生きていたな……もう助からない……」
「そんな……そんなぁ……⁉」
アーランドがあたしを静かに地面に下ろす。
ポロポロと涙を流すアーランドの顔が視界に入る。
その涙を拭おうとするが、見当違いな場所までしか手が上がらない。
ゆっくりと薄れゆく意識の中で、私は一言だけ伝えたいことがあったので最後の力を振り絞って声を出す。
「……最後まで一緒にいてくれて……ありが……と……う……」
私は最後に願う。
いつかアーランドに大切な人ができて、その人と末永く幸せで居られますように──と。
私が流す涙を拭ってくれるアーランドの温もりを感じながら、私は死んでいく──。
※修正(キャラによって一人称を分けているのですが、書いているうちに違うキャラの一人称になっている(*'ω'*)!?)




