第16話 メルンの村の死闘(前編)
※残酷な表現があります。
朝に出発したあたしたちはその後魔物に出会うこともなく、昼過ぎになってメルンの村へ到着した──はずだった。
村を一周して守っているはずの木製の外壁は一部がワイルドボアが素通りできそうなほど大きく損傷した跡があり、村の外から建物の何棟かが黒煙を上げて燃え上がっていたのが見えた。
外壁の壊された部分から中へと無数の獣の足跡が続いていた。
明らかに異常だ。
外壁を守っていたはずの門番が、固く閉ざされた門の前で体中を獣に食い破られた無残な姿で転がっていた。
目を覆いたくなる惨状に、パーティーメンバー全員で周囲を警戒しながら、外壁の壊れた部分から村へと入る。
もう一つ大きな異常があたしの身に──いやウェイズに起こっていた。あたしが念話で呼び掛けても、応答がないのだ。
いつもなら反応を返してあたしを支えてくれた彼が、まるでそこに居なくなったように反応がなかった。
だから、周囲に魔物がいるのかいないのか、それすらわからない、
アーランドはあたしの昨日との様子の違いに驚き、そして完全な戦力外であることに愕然としていた。
「どうして今日は魔物の察知ができないんです……!?」
「……ごめん……」
パーティーメンバー全員が危険にさらされている現状で、ただ謝ることしかできなかった。
あたしは少し回復したので、肩車から背負われるように状態を変えていたのだが、今のままでは戦えもしないし、アーランドの手を塞いでいるので本当の意味でのお荷物だ。
「メルンの村はそんなに大きくはないはずです。あの外壁を破るほどの魔物の襲撃を受ければ、ひとたまりもないでしょう。もう誰も生存者はいないかも知れません」
「リーダー! でも、まだどこかに誰かがいるかも知れないですわ!?」
「全周警戒しながら、村の中心付近にある村長の家まで行って、生存者がいないか呼び掛けて、反応がなければ撤退します。みんな、いいですね!?」
アーランドの切迫した声に全員が静かに何度も頷いていた。
村の外壁に近い家は外壁やドアが壊されて魔物に侵入された形跡があり、外から覗き込んだだけで
生存者がいないと思えるほど凄惨な状態だった。
家主と思われる人間だった物が荒らされた家の中で食い散らかされていた。
まともに見てしまったミルフェが吐き、その背中をガストンがさすった。
あたしも吐きそうになったがアーランドの背中に吐くわけもいかず、何とか耐えた。
どこを見て回っても、家々の中は似たような状況であり、探せども探せども生存者は見つからない。
子供のものと思われる小さな手だけを見つけてしまった時、ミルフェは慌てて目を閉じ、震えながらガストンにしがみ付いていた。
「……ここはこの世の地獄か……?」
ガストンが手を強く握り締めながら呟くように言った。
視界に入る家はどれもドアや窓、壁の一部が壊されていて、魔物が押し入った形跡と、外まで続く血痕があった。
何人かは反撃を試みたようで、剣や槍に貫かれたワイルドウルフの亡骸が数体横たわっていた。
けれど所詮は村だ。まともな防衛戦力なんてなかっただろうに。
『ウェイズ! ウェイズ!!』
必死に念話で呼び掛け続けているが未だ反応がない。
あたしが昨日、思わないようにしていた本音を、心に溜め込んでいたすべてを表に出したから、ウェイズを傷付けてしまったのかも知れない。
彼はあたしと出会ったばかりの頃の自閉状態になってしまったのだろう。
焦燥感に駆られながら、あたしは呼び続けるが、やはり応答はない。
五年間一緒にいる相棒なのに一切の応答がないのは悲しいものだ。
逆に言うと、あたしはなんだかんだ言って、この五年間を彼に頼り切っていたのかも知れない。
自分の甘えが今の状況を引き起こしているのだろう。
「──二時方向にワイルドウルフが一!」
「──十時方向にワイルドウルフが三!!」
ガストンとジョイルがほぼ同時に叫ぶ。向こうも同時にこちらを見つけたようで駆け出した。
ジョイルは叫ぶのと同時に弓を射る。
十時方向に三連射を放つが一匹は外れた。脳天に命中した先頭とその次の二匹が崩れ落ちるが、その亡骸を乗り越えて一匹が迫る。二時方向からはさらに加速した一匹が迫って来る。
「ガストン、防御! ミルフェは詠唱、ジョイルはもう一度弓を!」
ガストンは盾を構えて防御態勢を取り、ミルフェが詠唱を始め、ジョイルは矢を矢筒から引き抜き、矢を弓に番って引き絞る体制に入る。
あたしは──何もできずにそれを眺めているだけだ。アーランドはあたしのせいで手が塞がっている。
「アーランド、あたしを落として! 受け身は取れるから──!」
「あー! もおぉぉぉぉー!」
アーランドがあたしを背負う手をパッと離し、剣と盾を装備しながら駆け出す。
放り出されたあたしは痛みを覚悟しつつ、ダメ元で体を捻って着地を試みる。
軽い痛みこそするが、何とか空中で姿勢を変えて片膝をついて着地できるくらいには回復してきているようだ。
いざという時にはもう一度強化状態で戦闘に入るしかない──のだが、ウェイズの助けがない状態でうまく強化魔法を扱える自信がない。
ガストンの盾に一匹のワイルドウルフが襲い掛かるが攻撃は弾いた。
ジョイルがまた弓を三連射するが、もう一匹のワイルドウルフは完全に軌道を読んで避けていた。ジョイルに肉薄するかと思われた瞬間、横からアーランドが盾で妨害しつつ剣で串刺しにして倒した。
ガストンに取り付いた一匹はむき出しの牙と鋭い爪で猛攻をしてくるが、ガストンが上手い事盾でいなしつつ剣で牽制の斬撃を加えている。
「火球!!」
ミルフェが詠唱を終えると、火の玉がガストンを掠めてワイルドウルフに着弾、炎上してその場に崩れ落ちた。
「ナイス、ミルフェ!」
ガストンの声にミルフェが親指を立ててウインクして返した。
一応、突発的な戦闘は終了したようで、みんな荒くなった息を体を落ち着かせて整えていた。
あたしだけ何もしなかったので、次の戦闘は前に出るしかないと思う。
あたしがゆっくりと歩いたのを見て、アーランドが駆け寄って来る。
「もう大丈夫なんです!?」
「次はあたしもまた強化魔法を掛けて前に出る。みんなに迷惑は掛けられない」
「迷惑だなんて、そんな!? 僕たちは前の戦闘でミリアに助けられたんですよ⁉」
「それでも、なの! あたしはみんなの役に立ちたい!」
わがままを言うあたしの肩をアーランドがガッシリと掴んだかと思うと、ほっぺたを摘まんで横にグーンと引っ張った。
「──なひふるふぉ!?」
「リーダー命令です、あなたの力は最後の切り札としてまだ温存してください。僕らで倒せる魔物をミリアの力を使って倒して、僕たちの倒せない魔物が出てきた時にミリアが戦えないのでは困ってしまいますから」
「困るだけで済めばいいけどな!?」
「ミリア、俺からも頼む」
「私からも」
「もちろんおいらからもな!」
「みんな、最後の最後はミリアの力を当てにしてますので、それまで温存してください」
「むぅぅ、わかったよぉ!」
先の戦闘で長時間は戦えない制約があることがわかってしまい、なんとももどかしいが、みんなあたしの力をわかってくれたようではあった。
問題は返事のないウェイズだ。彼の補助なしでどこまでコントロールできるかは未知数だ。
裏山での特訓でも、常にウェイズがあたしの補助をして力を最適に調整してくれていたのだ。前回の群れとの戦闘だって、あたしの意思に合わせて細かい強化具合をコントロールしてくれていたのだ。
ウェイズの手助けなしではあたしはどこまで戦えるのか本当にわからなかった。
あたしたちは周囲を警戒しつつ村の中央付近の村長の家を目指す。
アーランドたちは依頼で何度かこの村を訪れたことがあるらしく、変わり果てていても位置は分かるようだった。
「誰かー!」
「誰かいるかー!?」
「おーーーい!?」
口々に叫びながら村の中央を目指す。
先程のようにワイルドウルフがそばにいれば引き寄せてしまう可能性があったが、今はそうも言っていられない緊急事態なのだ。生存者の発見が最優先された。
村の中央まで来ると、井戸に寄り掛かって壮絶な恐怖におびえる顔のまま絶命している老人がそこにいた。
顔の左半分から右肩に掛けて失われていて、とてもワイルドウルフのサイズではない一口で喰われたような大きな歯形が残っていた。
「……村長です」
アーランドの呟きに全員からため息が漏れる。
遺体のそばにしゃがみ込んだアーランドが、恐怖に見開かれたままの村長の目蓋をそっと閉じてあげた。
それから村の中心部を少し回り声を張り上げたが、誰からも応答がなかったので、生存者なしとアーランドが判断した。
このまま自分たちがここに留まったとしても、未だ姿を見ていない大きな歯形の主に遭遇する危険性が高いため、即時撤退の判断となった。
ミルフェは何か言いたそうな顔をしていたが、かなぐり捨てるように「わかりましたわ」と返事していた。
けれど、その判断は遅すぎた──。
村の外に出るべく来た道を引き返していると、目の前に一軒の家のようなサイズの大きな狼の魔物が現れた。
体は筋肉で膨れ上がっているのが毛皮を纏っていてもよくわかる。
口の大きさを見る限り、村長を噛み殺した魔物はこいつで間違いなさそうだった。
血走った目がこちらをギロリと睨んでいた。
まるで筋肉が巨大化する際に引き伸ばされた皮膚の星が三日月に見えるまで変形した異形の魔物。
「クレセント……ワイルド……ウルフ……」
呟くように言いながら、アーランドが冷汗を流しつつ、一番前に出て剣と盾を構える。
その顔は恐怖を越えてもう悲壮、その一言でしかない。
「みんな、逃げろ! こいつは倒せない!!」
「スターワイルドウルフの……さらに上位種だと……⁉ なんでこんなところに⁉」
ガストンもアーランドに並んで盾を構える。
「リーダー、一人で格好つけるなよ! 俺にもいい格好させてくれよな!」
「ガストン、僕はそんなつもりでは!?」
「ジョイル、副リーダー命令だ、女連中を連れて逃げろ!」
「副リーダーって誰だよ⁉」
「うるせえ、黙れジョイル! こいつの討伐推奨ランクは銀級上位だ! 俺らじゃ敵わねえよ馬鹿が!」
アーランドとガストンとジョイルが騒いでいるが、その巨大な血走った眼は──まっすぐにあたしを捉えていた。
あたしは後列にいたが、アーランドも、ガストンも、ジョイルも、まるでその場に存在しないかのように、怒りに満ちた目があたしだけに向けられていた。
──本能的に、こいつが昨日倒した群れのボスであると、あたしは悟る。
「みんな。短い間だったけど、あたし──すごく楽しかったよ」
あたしは呟くように言うと、深々とお辞儀をしてからアーランドたちを飛び越えて前に出る。
やはり魔物の目はあたしだけを見ている。跳んだあたしを目で追っていた。
「ミリア!? まだ完全に治り切っていないんじゃなかったのですか⁉」
「こいつはあたしをご指名みたいだから、みんなは逃げて。逃げて街に帰って援軍を呼んで」
ゆっくりと一歩一歩魔物に近付き、意識を集中して戦闘準備を始める。
やはりウェイズのようにはいかない。靴の爪は出ないし、手の爪も出せたのは片方だけだった。
強化魔法はこうやるんだったっけ? 相棒に頼り切っていたツケが今になってやってきた。
あたしが一歩一歩近付くたび、魔物の眉間に皺が寄る。
仲間を殺された憎しみすべてがあたしに向けられる。
『……ウェイズ、聞こえる? 勝てなかったら本当にあなたを恨むからね?』
聞いているのかいないのかわからないウェイズに最後の念話を投げかけ、右足を一歩下げ、低い姿勢を取る。
そして、今出せる全力で地面を蹴る──。
感覚的にわかるが、いつもの半分の力も出せていない。
相手も敵が間合いに入ったと見て駆け出す──。
突撃と共に繰り出された噛み付きをいなし、右の爪で切り裂こうとするが避けられる。
左のストレートを打ち込むと相手に当たるがダメージがまるで無い。硬めの粘土の塊でも殴っているような感触だった。
相手の前脚の爪が紫色に光るのを見て、攻撃の予兆と判断して後ろに跳ぶが──。
一歩遅かったため、振り抜かれた前脚にザクっとパーカーの裾から左の太ももに掛けて切り裂かれる。
「──っ!?」
自分の体が傷付くのは想定していたが、ウェイズの体である狐パーカーの一部が損傷するのは想定していなかった。
「──ミリア!?」
相手の攻撃が当たってあたしが態勢を崩したのを見て、アーランドが叫ぶ。
「うるさい、さっさと逃げて──!?」
あたしの隙を見逃さなかった相手が、突撃してきて口を大きく開く。
ガブリと噛み付かれた左肘の関節辺りに深々と牙が食い込む。おまけに首を振って引き千切ろうとしている。
ウェイズの防御が全く機能していなかった。
もう少しで腕を噛み千切られる寸前のところで、右腕をその顔に叩き込んでやる。
切り裂かれた痛みで牙の拘束が緩んだので腕を無理やり引き抜いて後ろに跳ぶ。
相手は鼻のそばを深々と切り付けられて血を流してはいるが、全く戦闘には影響なさそうだった。
逆にあたしは左腕が使い物にならなくなっていて、狐パーカーの表面に血が滲んでいた。
本当に皮一枚で腕が繋がっているのか、左の指先の感覚が一切ないし動かない。
あたしはまた前に跳んで距離を詰め、右腕で斬撃の体勢を取るが──。
相手は器用に後ろ足だけで立ち上がり、両前脚を使っての連続の高速な斬撃を繰り出してくる。
完全に遊ばれている。
爪に魔力が乗せられているのか、連撃を防御しているうちにあたしの右腕の爪が小さく欠けてヒビが入っていく。
右腕の爪が砕けた瞬間、相手の斬撃で切り裂かれると思ってガードするが、左後ろ脚による回し蹴りのような強烈なボディーブローが飛んできて、あたしの体が「く」の字に曲がり、瞬間的に頭が前に垂れたところでさらに素早い連撃で右後ろ脚で頭を蹴り飛ばされた。
二十メートルほど吹っ飛ばされて民家の外壁に叩きつけられ、ずるずると滑り落ちて寄り掛かるように座り、口からゴボゴボと吐血する。内臓をやられたらしい。
頭も脳震盪を起こしているようで意識がはっきりしない。
簡単には殺しはしないという強い憎しみを感じた。
「ミリアー!!」
クレセントワイルドウルフとあたしの間に、アーランドが割って入る。
焦点の合わない目で遠くを見つめるあたしを、震える手で優しく抱き締めてくれた。
「……もう、もういいんだ。もう戦わなくていい。ゆっくり休んで……くださいね……起きたら……またみんなで焚火を囲んで食事しながら……馬鹿話をしましょうね……」
「ゴフ……ゴボ……」
最後にアーランドの名前を呼びたかったけれど、それも叶わず。
新人冒険者ミリアの冒険はここで幕を閉じる。
あたしは遠くなる意識を手放した──。
※修正




