第14話 狐娘は肩車される。
ワイルドウルフの収納を終えて、血をミルフェの魔法で焼き払う。血の匂いで別の魔物を呼び寄せないための処置だそうだ。
その後、パーティーメンバー全員に対してミルフェが浄化魔法を掛けた。浄化魔法は生活魔法と呼ばれる物の一つで、汚れたものを奇麗な状態へと戻す効果があるとのこと。聞いた話だと、魔力量が人並み外れていれば、それだけで洗濯業を営んで食べていけるほどのものだという。
残念ながらミルフェはそこまでの魔力量ではなかったため、アーランドのパーティーで冒険者をしているとのことだった。
血を焼き払っている最中、アーランドはずっと何か考え込んでいるような素振りをしていた。
何を考えているのか一言も言わないので、あたしはただジト目で切り株に腰かけてそれを眺めていた。
少し休んだ程度で筋肉痛は直らない。少し身動ぎするだけで体中の筋肉がピキピキと悲鳴を上げる。
これからどう進んだものかと考える。今のあたしでは歩いたとしてもかなりのスピードダウンになるだろう。
何かを思いついたらしいアーランドが、ポンと手を打ち、あたしの目の前まで歩いてきた。
そして徐に手を伸ばすと、あたしの脇の下に差し入れ、そのまま持ち上げた──。
「な──何すんの!?」
突然の行動に反応できず、あたしは抗議の声を上げるしかなかった。
「いや、見た目通りに軽いのかなと思いまして。今日中に森を抜けるために、僕が背負って行きます。いつもの荷物より軽いので大丈夫だと思いますよ」
「なっ──⁉」
先程キスしてしまった間柄だというのに、アーランドはデリカシーもなく良くそんなことが言えたものだなと思う。
「ガストンが盾を捨てるわけには絶対行かない。ミルフェもジョイルも人を背負うには少し小柄ですし、遠距離攻撃できなくなるのは避けたい。ミリアを置いていくわけにはもちろんいかない。だったら、僕が背負うのが妥当なのです」
「ぐぬぬ」
アーランドの正論には返す言葉が見つからなかった。ぐぬぬを真似されたウェイズがこちらを見た気がする。
「僕たちは仲間です。その仲間全員が生き延びるための最善の選択を、僕はしたいです。二度と、誰かが犠牲になるなんてことはしたくない」
アーランドの目があたしをまっすぐ見つめてくるので、あたしはしょうがなく折れることにした。
「……わかった。でも、変なとこ触らないでよ……?」
「善処します」
あたしに背中を向けてしゃがみ込むアーランド。
あたしは立ち上がってその背中に近付いて、躊躇いつつ首に腕をまわしてその背中に体重を預ける。
「いきますよ?」
アーランドはあたしの膝裏に手を通して一気に立ち上がる──のだが。
「いででででででででででで! ちょっと待って! いだだだだ──!」
足腰にかかる負荷であたしの体が悲鳴を上げ、そのまま自然と口から絶叫が出た。
慌ててアーランドは腰を下ろしてあたしを解放する。
「うーん、駄目でしたか」
「腕も足腰もダメ! これじゃあ森を抜ける前に痛みであたしが死ぬぅ!」
首にまわした腕に力を込めることもできず、抱えられた時の太腿への負荷も酷い。背負うのは駄目そうだった。
「お姫様抱っこ?」
ミルフェの言葉にあたしは首を振る。絶対ヤダ。パンツ見える。
『肩車であれば腕の筋力は使うまい?』
ウェイズの念話に少し考える。
肩車であれば腕はアーランドの頭に置いておけばいい。足も延ばしたままブラブラさせておける……?
ただ、太腿の内側でアーランドと触れ合うことにはなる。
現状のまま置いて行かれるわけにもいかないし、仲間をこのまま森で危険にさらすわけにもいかない。
背に腹は代えられないので、肩車を選択することにした。
「アーランド、肩車なら大丈夫かも」
「肩車……⁉」
アーランドがあたしを頭の先からつま先まで眺めて、太腿の辺りで一瞬視線を止めた後に目をそらす。ちょっとモジモジするのやめてくれない?
「ミリアが良いと言うのなら……」
背後にアーランドがまわり、小さい子供を抱き上げる要領で手を脇の下に差し込んでグイッと上に持ち上げ、あたしの体がアーランドの頭を通過した辺りで肩に下ろす。
見事に狙い通りにあたしはアーランドの肩に収まった。
「これならまだ楽かも」
アーランドの頭に組んだ腕を置き、脱力する。特に痛みもなく、アーランドが足を押さえてくれているので落ちることもなさそうだった。
「後ろからも見えたりはしていませんわ。ちょうど尻尾で隠れていますわ」
言われて気が付く。後ろからパンツが見えたりすることは全く考えていなかったが、九尾でうまいこと隠れるらしい。
「生太腿で首を挟まれちゃって、リーダーの性癖曲がりそう」
思わず呟いたジョイルにガストンとミルフェの拳骨が下される。
「これはいいものだ! いつもより目線が高くていつもと違う世界が見える」
身長の低いあたしが見たことのない世界があった。特に何が違うというわけではないが、気分的に全然違うのだ。
「じゃあ、これで行きますよ? しっかりつかまっててくださいね」
あたしたち一行は移動を再開したのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『十二時方向五百メートル、魔力反応が三つ』
順調に進んでいたあたしたちだったが、ウェイズの念話が聞こえた。
怪訝な顔であたしはウェイズを見る。
『まだワイルドウルフいるの……?』
『いや、この感じは──大きいな。ワイルドボアの親子だろう。子育て中の奴らは気が荒い。気を付けろ。だが肉は旨いぞ』
『旨いって言っても、あたしは戦えないし──』
『ん? お主、火球なら撃てるだろう?』
あたしは言われて思い出す。対人間だったり、仲間がそばにいたりして使えなかったが、魔法も多少なりと使えたのだ。自分の魔力ではなく、ウェイズの魔力を使うことにはなるのだが。
『いいの?』
『致し方あるまい。二百メートルくらいなら届くだろう』
確かにウェイズとの訓練で魔法の練習もしたと言えばした。だが、近接戦闘のほうが多かった気はする。
「十二時方向五百メートル、またいるみたい」
「えっ? 何でそんな遠くでわかるんです?」
「企業秘密」
聞き返してきたアーランドに、あたしは意地悪く言葉を返す。理由は教えられないのでそう言うしかないのだから。
「またワイルドウルフなのか……⁉」
ガストンは少し身構える。
「いや、今度はワイルドボアみたい」
「街道にワイルドボアなんて聞いたことがないぞ。ワイルドウルフが一掃されたから出てきたのか……?」
「ボア肉は旨いんだよな……」
ジョイルは呑気に口元に涎を垂らしながらボア肉の味を思い出しているようだった。
「ジョイル、いいから弓を構えておけ」
「へーい」
生意気な返事をして、弓を構えるジョイル。
そのまましばらく歩いていくと、街道がまっすぐに伸びている区間があり、その真ん中で立ち止まっているワイルドボアの親子が視界に入った。
「みんな止まってください。まだ気付かれていないようですから、ゆっくり動いて近くの草むらに隠れて」
全員でそろりそろりと移動して草むらに隠れる。
「どうすんだよ、あれ。絶対デカいぞ」
「ワイルドボア……突進が厄介な魔物だとは聞いたことがありますが、戦ったことがないので……どうしたものか……」
「私の魔法ではあの距離までは届きませんわ」
「俺の盾でも突進は押さえるのは辛いぞ」
「ミリアは戦えませんし……動く気配もないようですし……」
アーランドが顔を少し上げてあたしを見た。
ワイルドボアの親子は仲睦まじく体を寄せ合い、地面をほじくり返しているようだった。
「うーん、この距離なら届くかな?」
筋肉痛に耐えて両手を前に突き出して、火球を形成する。
「えっ!?」
「無詠唱!?」
頭上に突然作られた火球にアーランドが驚きの声を上げ、ミルフェが詠唱が無いことに度肝を抜かす。
「いけっ!」
あたしの掛け声とともに火球が放たれ、ワイルドボアの親子目掛けて飛んで行く。
ワイルドボアの親が直前に気が付いたようだが時すでに遅く、着弾すると大爆発が起きて爆風がみんなが今いる地点まで届く。
「なあ、今の何? ドガーンってすごい音したけど」
「すごいなミルフェ。いつの間にあんなの覚えたんだ?」
「ワタシジャナイワヨ、アンナニトドカナイ」
「………………⁉」
爆風に驚いたアーランドが口を開けたまま固まっている。ミルフェも驚いて片言になっていた。
「よし、命中」
爆発で親子共々倒れたようだった。
倒したか──と思われたが、親ボアが懸命に起き上がろうとする。
「ジョイル、今です!」
「──当たれ!」
弓を構えていたジョイルが続けざまに三本の矢を放つ。
見事に三本とも親ボアの頭に刺さり、起き上がろうとしていた親ボアは横たわった。
子ボアはすでに事切れていたようだった。
「──ミリアって、近接格闘だけじゃなくて、魔法も使えるんですね!?」
「──ひょっとして私より強くないかしら???」
アーランドはひしっと肩車した足を掴んで上を向いてあたしを見て、ミルフェはゴゴゴゴゴゴという背景が似合いそうな感じで迫ってくる。
「でも、ミルフェには昨日言ったけど、あたしの魔力回復は遅いから」
『ウェイズ、魔力草出して』
言いながら念話でウェイズに魔力草を出してもらって、威力はあっても連発できないよアピールしておく。実際は嫌がられるだろうがウェイズが蓄えた魔力が続く限り連発できる。
ウェイズが吐き出した葉っぱを口に含みもにゅもにゅと噛む。
「いや、いざという時に切り札になりますね。ピンチに陥った時はまた一発お願いしますね?」
「かんがえふぇおふ」
あたしは葉っぱが口に入っているのでもごもごと答えた。
「ワイルドボアも回収してくださいます?」
「わかった」
ワイルドボアのそばに下ろしてもらい、ウェイズに収納してもらう。
ウェイズが口を開けて飲み込んだ瞬間、ちょっと咀嚼したように感じたのは気のせいだろうか。
『ちょっと残留魔力を吸収させてもらったぞ』
『そんなことできるんだ?』
『ミリアのほうが吸い上げやすいがな』
『魔物を倒しまくればあたしは吸われないで済む?』
『いや、無理だ』
『ケチ』
あたしとウェイズが念話でやり取りしてることを他のメンバーは知らず、ワイルドボアをどうやって食べるかワイワイと話し合っていた。それほどおいしいんだ?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ワイルドボアを回収した後、あたしたちは順調に森を抜けて草原へと出た。その頃には夕方になって日が沈むギリギリのタイミングだった。
村へ今日中にたどり着くことは難しいので、また森から少し距離を取って野営することとなった。
いつも通りの野営方法で、ミルフェが焼き払って除草し、ガストンとジョイルが火を起こす。
あたしはアーランドに肩車されたままだ。
燃え始めた焚火のそばに敷物を広げて、輪になって座る。
あたしもやっとアーランドから下ろされて敷物に座ったのだが、その際にばっちりパンツを見られたらしく、またジョイルが『ラッキースケベしてる!』と囃し立てて拳骨を貰っていた。
「むぅ」
あたしは少し不機嫌になって、頬を膨らませていた。
「あの……僕が言えたことではないのですが、その、何か別の服を着るなり、下に何か履くなりすればいいのでは?」
「それは……」
アーランドに問われて上を見つめながら言い淀む。これからはもうパーティーメンバーとしてやっていくつもりなのだから、秘密をぶちまけたほうが気持ちが楽になるだろう。
あたしは思って口を開こうとして思い留まり、ウェイズに相談してみることにした。
『ウェイズ、あなたのこと話していい?』
『俺の存在に関わること以外ならいいのではないか? どうしてかは知らぬが、このパーティーの居心地が気に入ったのだろう? だが、足元をすくわれたとて、俺は何もできないからな!』
『ウェイズ?』
少し拗ねているのか、ウェイズの口調がいつもと少し違った気がした。
『わかった。ウェイズのことは話さない。呪いの装備としてだけ紹介しておく。話して欲しくないことをあたしが話しそうになったら、無理やり口を閉じて貰ってもいい』
『……まあ、我とてしたくてミリアの魔力を吸い上げているわけではないのだがな。魔力を貯める、作る器官をごっそりそぎ落とされているのに自我があるのが問題なのだ。封印されている間に自我が無くなっていればどれほど楽だったか』
『……ウェイズ、あたしはあなたがそこに居てくれて良かったよ』
『……精々、魔物の我に喰われぬよう、精進するのだぞ?』
少し照れ隠しのような念話が聞こえてきて、ウェイズは押し黙った。
視線をアーランドに戻し、覚悟を決めた上で話し始める。
「……これは、離れられない呪いの装備。一度着たら永遠に取り憑かれて他の服が着られない。パンツ以外だめ」
「中にシャツとかも着られませんの?」
ミルフェの声にコクコクと頷き返す。
「装備すると燃える。パンツは燃えない」
(……その、上のほうの下着は付けられるんですの?)
(無理)
ミルフェの小声での問いに小声で返すと驚いた顔をされた。
「でも、防御力すごいし、亜空間収納使えるから、便利」
それから、あたしたちはまた頭上に星が広がる夜空を眺めながら、晩飯を食らうのであった──。




