第12話 森の奥の激戦
※残酷な表現があります
日が昇ると、あたしたちは誰からというわけでもなく起きて、おはようと言い合った。
最後の見張り番をしていたジョイルはあたしまで起きたのを見て、少し驚いていた。そりゃあ初日に寝坊して遅刻したからって、毎日寝坊するわけではない。
あたしの前髪はまた寝癖で跳ね上がっていて、手櫛ではやはり直らない。
何度かビヨインビヨインと跳ねさせた後にアーランドのほうを見ると、はぁとため息してから折り畳み式の櫛を差し出してくれた。
「ありがと」
使うとすぐに寝癖が直った。櫛で梳いた跡が僅かに湿っている気がする。
「これ、魔道具なんですよ。櫛で梳くとわずかに髪を湿らせてくれるので、寝癖直しに最適なんですよ」
「へー」
「アニーの形見を使わせてあげるなんて、ミリアに気があるの?」
ミルフェがジトーッとした目をアーランドに向けて、肘で小突く。
「ばっ、馬鹿、そんなわけじゃないですよ!」
ミルフェの言葉に、アーランドは慌てて否定する。
否定されても肯定されても気まずくなるやり取りを当人の前でしないで欲しい。
「アニーって、アーランドの妹分だった子なの?」
「孤児院で懐かれて、どこへ行くにも一緒だった、かわいい妹分でしたよ……」
あたしが尋ねると、アーランドから答えが返ってきた。目に見えて気持ちが沈んでいるのがわかったので、どうやらあたしは心の床板の脆い部分を踏み抜いたらしい。
ミルフェとガストンもアーランドの沈みように気が付いたようで、見合わせた後に話題を変えようと必死だった。
どうやらアーランドはまだアニーの死について引き摺っているようだった。
「リ、リーダー! 今日は森越えが目標なのよね? 早いとこ朝食を取って出発しましょう!?」
「魔物の出現状況によっては昼食を取らずに行ったほうが良いかも知れないから多めに食べておこうか!」
「あ、あれはリーダーのせいじゃないっすよ! あっ痛い!」
フォローしたつもりのジョイルだったが、ミルフェとガストンから一発ずつ拳骨を貰っていた。
アーランドの落ち込みように誰も掛ける言葉が見つからず、静かな朝食となってしまった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
朝食を終えたあたしたちは火の始末をしてメルンの村へ向けて出発した。
今日の目標は昨日にもアーランドが言っていたが、森を越えることだそうだ。
戦闘が見込まれるのであたしは一つ提案をした。動きを制限される皆の鞄を亜空間収納魔法でしまい、戦闘力を向上させることだ。
今までは魔物と遭遇した場合は荷物を地面に投げ捨てての戦闘開始となっていた為、応戦開始までにタイムラグがあったのだが、それが無くなる為とても喜ばれた。逃亡した際に荷物を失うリスクも無くなることも喜んでいた。
また、単純に背負い荷物が無くなることで進む速度も上がるという二次的な効果もあった。
隊列を維持したまま、街道を足早に進んでいくあたしたち一行。
森へ突入し、周囲を警戒しながらさらに進んでいく。
『十時方向、五百メートル、反応四つ。四時方向、五百メートル、反応二つ』
魔力感知を最大限に発揮しているウェイズが念話で魔物の現在地のおおよその距離と方向を教えてくれる。
念話に反応してキョロキョロと見回すあたしを見て、何してるんだコイツみたいな顔でアーランドが見つめてくるが、あたしはお構いなしで警戒を続けながら進む。
『今のところ近付く魔物はない。風向きに要注意だ。種類まではわからぬが、獣の魔力のような気がする。匂いに気が付かれれば寄ってくるぞ』
あたしの頬を冷汗が伝う。今のところ反応は街道の進路上にはない。もし気付かれて寄って来られたとして、仲間との戦闘は全くの初めてで、それがあたしの戦闘スタイルと合うのかも未知数だ。
出たとこ勝負で、最悪あたしが動き回って殲滅するしかないかも知れない。
「……アーランド、ちょっとお願いがあるんだけど」
あたしは歩く速度を少し緩めて隊列を後退してアーランドと並んで歩き始める。
「なんです?」
「最初の遭遇の時、あたしだけに戦わせて欲しい。あたしの戦い方を見せるから、今までのアーランドたちの戦い方に合うかどうか見て判断して欲しい」
「本当に大丈夫なんですか⁉ 怪我しても面倒見切れませんよ⁉」
「逆に言うけど、このパーティーのリーダーはアーランド。あたしの能力も知らずに指示できるの?」
あたしが言うと、アーランドは頭をポリポリと掻いた。
「あーもー、わかりましたよ、ギルマスの剣を折った実力、見せて貰いますからね! みんな、魔物に遭遇したら隊列を維持して全周警戒、ミリアが突撃して仕留めます」
「え? 大丈夫なの!?」
「実力を見せて貰うとしよう」
「援護は要らないのか!?」
アーランドの言葉にそれぞれの考えが返ってくる。心配する声、任せて実力を推し量ろうとする声、援護を尋ねる声。
まあ、実際の戦闘を見せない限り、こんな貧乳低身長狐パーカー女の強さなんて誰も信じてくれないだろう。
『二時方向、距離五百メートル、反応五つ。遠ざかる』
『八時方向、距離五百メートル、反応三つ。距離を維持』
『真正面十二時方向、距離五百メートル、反応三つ。こちらへ進行中。間違いなく遭遇するぞ』
ウェイズから随時念話で近くの反応の位置が知らされてくる。とりあえずウェイズは五百メートル以内を感知できるようだ。
「アーランド、前方警戒して。距離五百くらい」
「え!? そんな遠くの魔物の位置がわかるんですか⁉」
「あっ──うーん、なんとなく?」
小首を傾げて誤魔化して見せると、アーランドが訝し気な目で見つめてくる。
「……わかりました。ミリアを信じます。前方警戒! 距離五百‼」
「「「えっ?」」」
アーランドの声にガストンとジョイル、ミルフェが思わず振り向く。
「そんな遠く!? 見えないですわ!?」
「何が見えてるんだ……⁉」
「木しか見えねーよ!!」
街道は緩やかに曲がりくねって木々を避けながら作られているため、直線と言えど見通しが悪い。
その状態で五百メートル先だと言われても信じがたいだろう。
『距離、四百』
『距離、三百』
『距離、二百』
ウェイズの念話によるカウントダウンだけが聞こえてくる。
ジリジリと距離が詰まるが、まだ敵は見えない。
『距離、百』
「あと百……!」
正面の木々の隙間から一瞬だけ、こちらへ歩く狼らしき魔物の姿が見えた気が──。
『強化魔法発動待機中だ、いつでも言ってくれ』
『全力で行く。手も足も爪を出して──今!!』
『──本当に全力でいいのか?』
「行ってくる!!」
ちょっと引っかかる念話が返ってきたが、ウェイズが手足の爪を出したのを確認すると、あたしはアーランドたちに一言声を上げ、姿勢を低くした瞬間に地面を蹴って抉りながら飛び出す。
「「「「なっ──?」」」」
まるで撃ち出されたかのごとく駆け出したあたしを見て、みんなの声が漏れる。
いつもより速い気がする速度で突っ込むと、三匹のワイルドウルフの姿がそこにあった。
二匹が前で一匹が後にいて、まるであたしたちと同じく隊列を組んで歩いているようだった。
あたしの姿を捉えた前列左側のワイルドウルフの一匹が唸り声を上げるが、あたしはそんなのお構い無しにノンストップで突っ込む。
唸っていたワイルドウルフが反応する間もなく、あたしは急速に接近して右腕の爪を下から上に掬い上げるように振り抜く。
確かな手ごたえがあり、人間でいう上半身と下半身に分かたれたワイルドウルフが血しぶきを上げながら宙を舞う──。
流れるようなステップで一回転して今度は左腕の爪を振り抜いて前列右のワイルドウルフを二等分する。
息をする間もなく絶命した二匹を見て、後列のワイルドウルフが瞬時に方向転換して駆け出す。
『逃げられるぞ』
『わかってる──!』
ウェイズからの念話に応えつつ、二匹目のワイルドウルフを切り裂いたモーションの途中で無理やり体を捻り、取り逃した個体を仕留めるべく目を向けると、かなり距離を開けられていた。
瞬発力のある個体だったようで、相手も生きるために必死に駆けているようだった。
逃がすまいとあたしは追撃の体勢に入り、右足を一歩下げ、その脚力で自分自身を前に撃ち出した瞬間だった──。
「アオォォォォォォォォォォォ──!!」
走りながら遠吠えをするワイルドウルフ。
一歩届かず、左足で着地して、また左足で自分自身を前へ撃ち出し、急速にその背中に迫り、遠吠えを上げている首を狙って右腕の爪を振り下ろす。
ザシュッと切り落とされたワイルドウルフの頭が宙を舞うが、少し遅かった。
両足で地面に着地してたった今首を切り落としたワイルドウルフの死亡を確認する。
『マズッたな。今のは魔咆哮だ。魔力を乗せた咆哮だ。すぐに増援が来るぞ』
『えっ何それ!? どうしようウェイズ!?』
『腹を括れ。仲間を守りながら殲滅するまでだ』
あたしはまた地面を抉れるほどの脚力で蹴って跳び、アーランドたちの元まで戻る。
「ごめん、マズッた!」
「「「「えええええ?!」」」」
四人の声と同時に、森が騒めいた気配がした。
『全方向から来るぞ。数は──ええい、数えるのが面倒だ!』
ウェイズでも数えるのが面倒になるほどの数のワイルドウルフが向かってきているらしい。
遠くで遠吠えが次々と上がる。
「アーランド、全方向から来る!」
「ええええ!? あーもう! 確かに強いのはわかりましたけど、ちょっと酷いんじゃありません!? みんな、全周警戒!!」
『小僧に伝えろ。四人で背中合わせになって防御している間に、こちらで全部片付けると。裏山でした特訓を思い出せば、お主なら余裕なはずだ』
『わかった、頑張る』
「アーランド、四人で背中合わせになって防御してて。その間に全部あたしが片付ける」
「正気ですか⁉」
「今はそれが最善の考え」
あたしがまっすぐにアーランドを見つめながら言うと、彼はまた頭をポリポリと掻いた。
「わかりました、わかりましたよ!! さっきので一番強いのは分かりましたから!! でも!!!!」
アーランドは一呼吸おいて息を吸い込む。
「怪我も死ぬのも許しませんからね!!!!」
今までで一番大きな声であたしを怒鳴りつけるアーランド。
「うん、わかった。そっちこそ、怪我しないでね!」
あたしは片手を軽く上げて振り、アーランドたちの後方から駆けてくるワイルドウルフを見つけて、一気に飛び出した。
「ああっ⁉ みんな背中合わせになって防御陣形を組んで──!」
アーランドは言いながら抜刀して右手に剣左手にラウンドシールドを構える。
ガストンは背中の大きな盾を体の正面に下ろし、上部から盾に収まってる剣を抜刀して構えた。
ジョイルは弓を構え、矢筒から矢を取り出して番える。接近戦に備えて、矢筈を引く手には短刀も構えている。
ミルフェは杖を正面に構え、迫り来るワイルドウルフのどれを狙うか決めかねている。あたしが渡した魔力草を取り出し、口へと放り込んで嚙み始めて、長期戦に備えている。
アーランドとガストンが背中合わせ、ジョイルとミルフェが背中合わせとなり、十字を描くような陣形を取っていた。
あたしは周囲を脚力に任せて跳び回り、時にはみんなの頭上を飛び越えたりしながら右に左に前に後ろに駆け回り、押し寄せるワイルドウルフを蹴散らしていく。
最初こそ数えていたが、百を超えた辺りでやめた。
全方位同時攻撃だとさすがのあたしでも防ぎ切れず、何匹かがアーランドたちに到達したが、彼らは彼らでうまいことワイルドウルフたちの攻撃をいなし、遠距離攻撃で弱らせた個体を近接攻撃で仕留めたり、近接攻撃で弱らせて逃げようとした個体を遠距離攻撃で仕留めたりうまいこと連携を取りながら防いでいた。
その様子に感心しつつ、あたしは一心不乱に爪を振り下ろし振り上げ、横に薙ぎ地面に叩きつけ、拳で頭を砕き、縦横無尽に跳び回って数を着実に減らしていく。
『もう打ち止めのようだ。今近くにいる分で終わりだ』
『わかった!!』
ワイルドウルフを両腕の爪で切り捨てながら、周りを見ると、それでもまだ三十匹ほどいる。
「うおぉぉぉぉぉぉ!」
あたしは声を張り上げ、右に左に腕を振り抜き、ワイルドウルフを次々と真っ二つにしていく。ラストスパートだ!
なんだかんだで三十分以上続いた猛攻をあたしたちはしのぎ切り、辺りにはワイルドウルフの死体の山を築いていた。地面もワイルドウルフの血でぬかるむほどの惨状だった。
アーランドたちの服も返り血を浴びて所々赤くなったりしているが、本人たちに怪我はないようだった。
半身になってもまだ蠢いていた最後の一匹に止めを刺し、アーランドたちに振り返る。
「終わり──!」
「「「「や、やったのか……⁉」」」」
漏れるアーランドたちの安堵の声にあたしはやり遂げた顔をして一歩を踏み出そうとして、そのまま血のぬかるみに顔面から倒れた──。
※誤字修正




