第10話 狐娘は初野営する。
早めの昼食を終えて出発したあたしたち一行は途中で魔物に襲われることもなく順調に歩き続けていた。
街を離れて、草原を抜け、林を抜け、また草原を歩く。遠くに森が見えてきた。
背の低い草が辺り一面に広がり、たまに吹く風に撫でられて一気になびく。傾いた日差しに照らされて黄金に輝き返してくる。
街の外にあまり出たことがなかったあたしは、思わずその光景に息を飲んだ。
これから何度もこうやって旅に出る内に、今思っている新鮮味は忘れてしまうのだろうか。
「──ミリア?」
遠くを見つめてふと足を止めたあたしに気が付いたアーランドも足を止めて声を掛けてきた。
他のメンバーは気が付かずに歩いていく。
「疲れましたか?」
「ううん。まだ大丈夫。ちょっと世界が奇麗だな、と思ってね」
「──?」
あたしの言葉の意味を理解できないのか、アーランドは首を傾げながらあたしの見る方向を見る。
「……奇麗で、そして残酷。それがこの世界だと思いますよ」
アーランドが言うと、上空を旋回していた種類の判別できない猛禽類が草原に急降下して草むらに飛び込んだかと思うと、空へ急上昇して行った。その鋭い爪には小さなウサギが捕らえられていた。
「あの鳥みたいに、僕たちは生きるためには食べていかなければならない。そして人間である僕らは生きていくためにどうにかしてお金を稼がなければならない。僕らには親鳥が餌を運んできてくれることはないんです」
自身の境遇と重ね合わせたアーランドの言葉に、少し胸にズキッとくるものがある。あたしは昨日の昼前まで口を開けて親鳥の餌を待つ雛鳥でしたごめんなさい。
でもあたしだって巣立って(追い出されて)今ここにいるのだから、似たようなものだと思いたい。
「……そろそろこの辺で野営したほうが良いでしょうかね。明日はあの遠くに見える森を突っ切る必要がありますから。ただ、森の中は視界不良になりがちなので、できれば少し距離を置いて野営して森からの魔物の襲撃に備えて、夜が明けたら一気に森を超えましょう。森を抜ければメルンの村まではもうすぐです」
アーランドは呟くように言うと『おーい! そろそろ野営にしましょう!』と叫びながら少し先行していた3人を呼び止めた。
「よし! 野営だ野営!」
「いつも通り5メートルくらい焼き払いますわね」
「あの辺がいいですかね」
「あの辺りでいいだろう」
四人には『いつもの』野営方法があるらしく、まずミルフェが一歩前に出た。
街道から外れるように草むらを狙い、詠唱を開始する。初めて見る本場の魔法の行使にあたしは目を輝かせてその様子を見た。
早口言葉のように次々紡がれる言葉は早すぎて聞き取ることが難しかった。たぶんあたしだったら舌を噛んでいたことだろう。
詠唱しながら魔法の発動方向を定めるために杖先の宝玉が向けられる。
「火球」
発動と同時に宝玉を起点に赤い魔法陣が空中に描かれ、そこから火球が飛ぶ。
草むらに着弾した火球が爆発すると、直径5メートルほどの範囲が燃え上がる。
そこへまた早口詠唱が始まり、すぐに宝玉を起点に緑色の魔法陣が描かれる。
「旋風」
一瞬の突風が吹き、辺りの火と煙を薙ぎ払う。
ふわっとあたしの狐パーカーの裾が持ち上がった気がしたので慌てて手で押さえる。
「ここら辺は領都アルベルに近いので盗賊がいないんですけど、代わりにそろそろモンスターが出るんです。森に入れば絶対出くわしますね」
ミルフェの除草風景を見ながら、アーランドが説明してくれた。
除草が終わると、すぐにジョイルとガストンがその中心から少し外れたあたりに荷物を置き、カバンに括っていた枯れ枝を取り出す。この枝は途中の林で二人が歩きながら拾い集めていたものだ。
ジョイルが細い麻紐を取り出すと数センチごとに細かく切り、解してふわふわの綿のようなものを作った。
ガストンを見ると、除草した場所の中心付近に薪とか枝とか枯れ葉とか火打石を置いている。小さなカバンから出しているにしてはカバンのサイズ以上の長さのものも出てくる気がするので聞いたところ、ギルマスが若い頃に手に入れた容量五十キロ程度のマジックバッグをお下がりとしてもらったものから出しているそうだ。ちなみにマジックバッグに入ったものは重さが無視されるそうで、重宝しているそうだ。
ちなみにウェイズの亜空間収納魔法は容量は不明。なぜなら試すのに収納する手近なものがなかったからだ。さすがに実家の宝物庫のものを収納して持ち出したら何を言われるか分かったものではない。
ガストンが薪をある程度並べると、ジョイルが除草した場所の中心で綿を地面に置き、そこに火打石と打ち金を使って火花を散らす。
何度か打ち鳴らすと煙が上がり、それを見逃さなかったジョイルが前のめりに屈みこんで息を吹きかけると、火が上がり燃え始める
綿がすべて燃え落ちる前にガストンが枯れ葉、枯れ枝、薪の順で重ねると火が煌々と燃え始める。
安定して燃え始めたのを確認すると、みんなが火を囲んで輪になるように敷物の用意を始めたので、あたしも習って布を敷く。
火が勢いよく燃え上がり始めると、急速に日が落ちて辺りが暗くなる。
「お、ちょうどいいタイミングだったな」
「そうですね。暗くなると手元がよく見えませんからね」
「リーダーの読みがまた当たりましたわね」
「この前の暗がりでの火起こしは地獄だった」
四人はしみじみと頷き合っていた。
手際の良さに感心しつつ、あたしはゆらゆら燃える焚火の美しさに心を奪われていた。
貴族家の生まれであるあたしは自分で火を起こす必要がなかった。料理を作る必要がなかった。
これから先、きちんと生きていけるのだろうか。ふと不安になり、三角座りした膝の上に腕を組んで顎を乗せる。
火の起こし方も今知った。
いざとなればウェイズがどうにかしてはくれるだろう。けれど、人としてそれで良いのか?
逞しく生きている他の四人を見て、あたしは自分が恥ずかしくなった。
火の囲み方は あたしの右隣にジョイル、左隣にミルフェ、正面少し左にアーランド、その右にガストン。前回と同じようだが、これがいつもの配置のようだった。
「ミリア、調子が悪いのです?」
俯いていたあたしの顔を覗き込むようにミルフェが声を掛けてくれた。
「ううん、大丈夫。ありがと」
言葉を返すと少し不安そうなミルフェであったが、納得してくれたようだった。
「ただ、みんなすごいなって思って……」
あたしは呟くように言う。
「そういえば、僕らは貧民街の孤児でしたが、ミリアは……?」
「………………」
アーランドの問いにあたしは沈黙で返す。
『ウェイズ……?』
『……お主は父に誓ったのであろう? もうフォクシリウスを名乗らぬと』
『……………………』
どう答えるべきかウェイズに相談してみたが、返ってきたのは少し突き放すような言葉だった。
「……あたしは……」
言葉に詰まってしまう。
家を出ることになったあの日、あたしは金貨を貰う代わりに二度とフォクシリウスの名前を名乗らないように誓わされた。
「あたしは……どこの誰でもない、ただのミリア。昨日家を追い出されて、生きるために冒険者になった。あたしはあなたたちと違って、何も自分でしてこなかった」
あたしは姿勢を正して正座する。
「だから、何も知らない。冒険の仕方も、火の起こし方も、簡単な料理の作り方も。もし良ければで良いんだけど、あなたたちの知っていることを色々教えて欲しい」
あたしは深々と頭を下げた。
「ミ、ミリア!? 僕たちだってまだまだ駆け出しなんですから!?」
「そうよ、ちょっとばかり冒険者になったのが早いだけですわ!?」
「家を追い出されたってことはもしかしておきぞくさ──」
言い掛けたジョイルにガストンが拳骨を喰らわせて黙らせた。
「事情は話せないけど、あたしにはもう帰る家がないのはたしか」
『随分と信用したものだな』
『うるさい』
あたしは上に目をやってウェイズの念話によるツッコミに応えた。
「「「「………………」」」」
突然のカミングアウトに四人は返す言葉が見つからないのか押し黙ったままだった。
だが、その沈黙を破ったのはアーランドだった。
「ようこそ、僕らのパーティーへ! まだパーティー名決まってませんけど、この依頼が終わっても5人で冒険をしませんか?」
「……いいの?」
あたしはみんなを見回すと、静かにウンウンと頷いてくれていた。
「ありがとう……みんな。あたし、きっとみんなの役に立つ!」
あたしは満面の笑みで宣言する。その頬を涙が一粒だけ流れ落ちたけど、暗がりで見えなかったことだろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それからあたしは冒険者としての基礎知識を聞いた。
まず、鉄級冒険者は本来主な依頼は採集やお使いがメインで、依頼をいくつもこなして実績ポイントを貯めてすぐに銅級に昇格することがセオリーだという。
クラスが一つ上がるだけで受けられる依頼の報酬額が大きくなって生活にゆとりができるのだが、同時に魔物討伐の依頼が混じるようになり、命を落とす危険度が増すのだそうだ。
再起不能の怪我・死亡をしても冒険者ギルドは責任を取らない。補償をしない。すべて冒険者自身の自己責任。
だが、素行不良の冒険者について永久追放させる権限をもっているとのこと。仲間同士のイザコザによる傷害・殺人等で追放された冒険者は多く、追放された者は大体国の犯罪者として指名手配される。
冒険者同士の争いに、ギルドは基本不干渉。ただし度が過ぎる場合には謹慎処分、ランクダウン、追放の三段階の処置をすることがあるとのことだ。
「ふへー」
あたしは火で炙ってふわふわになった硬パン(もう柔らかくてもそう呼ぶの???)にこれまた火で炙ってジューシーにした干し肉を挟み、食い千切って咀嚼しながら声を漏らした。
「あっ、いいなそれ! 最近売られ始めた新商品の硬パンだろ⁉ あんな硬かったのにそんなにふわふわになるのか!? 俺も街に帰ったら買おっと!」
「でもちょっとお値段が高かったと思いますわ。常用するにはもう一ランクくらい上げないと大変かもしれませんわね」
「はふはふ、うん、ちょっと高かったから携行食と半分半分にした」
また肉を食いちぎって咀嚼しながら嚥下する。
ミルフェの言う値段云々を聞いて、あたしは考える。
今はまだ金貨があるが、なんだかんだでもう減り始めていた。このままの生活では何日持つかもわからない。
「明日から節約しなきゃダメかな」
「そうですね、まずは携行食に慣れないと。夜は僕たちも少しだけ良いものを食べて英気を養うつもりではいますけど、最悪の場合は携行食を食べながら眠らずに進むなんてこともありえますからね。安い割にどんな状況でも食べられて栄養があるのが、携行食のウリですからね」
「おいしければなぁ……」
あたしは昼のあの酷い味を思い浮かべて顔をしかめた。
「そういえば、今日の見張りの順番ですが、ミリア、ミルフェ、自分、ガストン、ジョイルの順でどうでしょう? まだ森ではないので大丈夫だとは思いますが、ミリアが慣れるためにも見張りを体験しておいたほうがいいと思いまして」
「なるほど」
「基本は何事もなければ、火を絶やさないように薪をくべるだけですね。モンスターの接近みたいな異常事態が起きた時だけ、大きな声でみんなを起こすんです。真ん中あたりの順番は眠りが分割されるのでちょっと辛いので僕が引き受けます」
日の出まであと九時間程度だとは思うけれど、確かに睡眠を四時間半に二等分されるのは辛いものがある。
「一人二時間程度を持ち回りで見張りますよ。今後も野営はこんな感じになりますので覚えておいてくださいね」
「わかった。でもアーランドは大丈夫なの?」
「明日はガストンあたりに代わってもらうので大丈夫ですよ」
「マジかよリーダー」
ガストンは苦笑いしていた。




