第9話 狐娘は初携行食のマズさに絶句する。
南門を出たあたしたちは一路メルン村を目指す。
アーランドが言うには徒歩で二日半ほど掛かる距離なのだとか。馬車は使わないのか聞こうとして喉から声が出る寸前で『高いから馬車なんて使ってたらすぐ赤字ですからね』なんて言っていたので言葉を飲み込んだ。
貴族家出身なので遠出は馬車に乗ってしかしたことがなく、値段が高いなんて全く知らなかった。と言っても数回しか乗ったことがないが。
街道が整備されてはいるが一応弱くても魔物が出る可能性があるとのことで、最前列を盾持ちガストンと弓使いジョイル、中列をあたしとミルフェ、最後列をアーランドという陣形であまり広がらずに進むことになった。
一応パーティーのリーダーであるアーランドの傘下にあたしも組み込まれる形で、魔物との遭遇戦に備えてガストンが壁となり、早期発見できればジョイルが矢を射りミルフェが追撃、数が多ければあたしとアーランドが遊撃にまわり、後方から奇襲されればあたしとアーランドが対応にまわって配置転換の時間を稼ぐ。アーランドの考えた采配だ。
いつもは四人でこの役割を分担していた分、遊撃にまわれる人員が増えるだけでも助かるとのこと。
決して揺れる九尾を眺めていたいからなんて邪な理由じゃないよね、信じているぞアーランド!
「ミリア。そういえばあなたは今日寝坊したようですが、朝食は食べてきたんですよね?」
「ん。食べてない」
「え。食べないと大きくなれませんよ? 食事は冒険者として第一に大切なことですよ!」
言われてあたしは横を歩くミルフェの上下する乳に目をやった。隠れ巨乳というやつで、ローブで隠れているが歩くたびにゆっさゆっさ揺れている。あたしにはわかる。
「む。悪かったね、貧乳で」
「いや、そうは言ってませんよ。まだ十歳くらいなのでしたら、体が成長する上で今が大事なんですから」
「いやいや、あたし十五歳だし」
「僕と同い年──!?」
「えっ私より年上!?」
「俺より年上!?」
「おいら最年少!?」
あたしの実年齢を知らなかった全員から驚きの声が漏れる。
ちなみにあたしとアーランドが十五歳、ガストンとミルフェが十四歳、ジョイルが十三歳とのことだった。
「えー、おいらより年下のやつが来たと思ったのにー」
「残念でした、ミリア様と呼ぶがいい!」
あたしは残念がるジョイルに胸を張って言い返す。
「でも、こうみんな歳が近いからワイワイしながら行けるな!」
「そうですわね、女同士仲良く行きましょうね」
横を歩くミルフェがあたしのほうを見ながらウインクしてきた。
「よろしくねー。モンスターなんてこのあたしが蹴散らしてあげるから任せて任せて!」
ない胸をポンと打ってみせた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「──だから言ったじゃないですか」
他愛ない話をしながら結構歩いてきて、太陽がまだ真上にないので昼にするにはまだ少し早い時間なのだが、朝食を抜いたあたしの腹の虫がグーグー鳴いていた。
アーランドの言わんこっちゃないといった表情にあたしは申し訳ないのでまだ我慢する。
「でも、しょうがないのかも知れませんね。僕たちの二歩を歩くためにミリアは三歩歩いてるみたいですから、朝食を食べていたとしても空腹になるのは早かったかも知れませんね」
アーランドは後ろから、歩幅の小さいあたしがみんなに遅れまいと少しだけ常に早歩きのような感じで歩いていたのを見ていて気が付いたらしかった。
「大丈夫、まだ歩ける」
『強化魔法はまだいらないのか?』
『大丈夫だってば』
ウェイズからも心配する念話が飛んでくるがまだ大丈夫だ。
無理をしていないと言えば噓にはなる。ウェイズの影響で一般的な十五歳の肉体よりは頑強になってはいるが、あたしの体は強化魔法が掛かっていなければ歳相応の筋力しかないのだ。
ウェイズ謹製のケモ足シューズは靴底の肉球によって疲労をかなり緩和してくれている。
荷物を背負っていない分、みんなより楽ではあるのだ。
『今日はまだ魔力草を食べていないのではなかったか?』
『あっ』
あたしの体はウェイズに魔力を吸収されるため、定期的に魔力草という実家の裏山にたくさん生えていた謎の草で魔力の回復を助けてあげる必要がある。回復が追い付かなくなった場合は昏倒してしまう可能性があるのを忘れていた。
毎日ウェイズに魔力を吸えるだけ吸われているので、今持っている魔力容量は人並み以上に多いのではないかと彼は言っていた。だが、残量が常にスッカラカンで、ウェイズ側の魔力を使うことで強化だったり戦闘だったりができるのだ。彼が言うには魔力容量は使えば使うほど大きくなるらしい。
「──よし、じゃあ今日は早めのお昼にしましょう」
「えっいいの?」
あたしは思わず振り返ってアーランドに尋ねた。
「リーダーたるものパーティーメンバーの体調も管理しなくてはなりません。空腹で力が出なくて実力が出せないんじゃあ僕が困ります」
「「「さんせー」」」
他のメンバーも賛成のようで声を上げた。
アーランドが立ち止まって周りを見回したので、あたしも周りを見回す。
すると少し先の街道脇に馬車の休憩もできそうなほど広い空間があったので、アーランドに指差して場所を教える。
「そこなんてどう?」
「じゃあ、そこで休憩にしましょう!」
街道を少しだけ外れて、みんなで荷物を一纏めにして降ろし、各自敷物を取り出して輪になって座る準備を始める。
あたしの右隣にジョイル、左隣にミルフェ、正面少し左にアーランド、その右にガストン、といった配置だった。
あたしは早速昨日買ったばかりの布を敷物代わりにして、何も気にせずドカッと座る。
ミルフェはおしとやかに横座りし、ガストンは胡坐で、ジョイルは片膝を立てて座るようだ。
「あっ……」
アーランドはあたしのほうを見た瞬間に短い声を上げてすぐに目を逸らし、胡坐で座った。
「???」
「……ミリアって大胆ですわね、ふふふ……」
ミルフェが小さく言った。
あたしは無意識にジョイルと同じく片膝を立てて座っていたため、アーランドとガストンに向けてパンツ全開で座っていた。
「ひゃああああ!」
気が付いたあたしは思わず悲鳴を上げて顔を真っ赤にして正座で座り直した。
鞄の中を見ていたガストンは何事かとこちらを向き、空を向いていたジョイルも何事かとこちらを向いた。アーランドは首を明後日の方向へ捩じっていた。
「リーダー、見たのね?」
「「え?」」
ミルフェが尋ねるとガストンとアーランドが首を傾げて声を上げた。
「見てません! パンツなんて見てません!」
アーランドは即答する。
「リーダーがラッキースケベしてる!?」
「なんという」
「あらあらまあまあ。下着以外着ていませんのね」
ジョイルとガストンとミルフェがニヤニヤ顔でアーランドを見つめていた。
「あーもう! 見られたって減るもんじゃないし! お昼食べる!」
あたしはパンツを見られた恥ずかしさを誤魔化すように亜空間収納から麻袋を出して、中から携行食を取り出してみる。
葉っぱの包装を剥がし、中身を半分だけ露出させると、ちょっと黄色味かかった粉っぽそうな塊が出てきた。
「え、これ食べ物???」
恥ずかしさがぶっ飛ぶほどのインパクトがあたしを襲った。
今まで食事なんて実家の食堂の豪華なコースメニューや串焼きくらいしか食べたことがなかったので、人が食べて良いものには全く見えなかった。
震える手を抑えながら、小さく一口を齧ることにする──うっわなにこれマズイ!
舌に広がる、粉っぽい柑橘系の香りをした、噛めば噛むほど口の水分を奪っていくゲロみたいな味のなにか──。
あたしが口を半開きにして唖然としていると、他のメンバーも同じように携行食を取り出して黙々と食べ始めた。
慣れているのか、顔色一つ変わらない。こんなの絶対おかしいよ。
涙目になって飲み込めずにいるあたしにミルフェが気が付いて、水差しのようなものから木製のコップに液体を注いで渡してくれた。
「ミリアって、携行食は食べるの初めてでしょ? 昔の私たちみたいな顔をしてましたわ。こちらは水ですわ」
「ありがと」
受け取ったコップから水を一気飲みして口の中のナニカを水で流し去る。ミルフェは他にも複数のコップに補給無しで水を注いでみんなに配っていた。明らかに小型な水差しの容量を超える水が出てきているので、魔道具のようだ。
「初めて食った時はおいらもおんなじ反応したなぁ。こんな見てくれで上級冒険者も御用達の完全栄養食だって言うんだからな。手の平一枚分で一日の行動を賄う栄養があるって言うんだから驚愕だよな。不味いけど」
「美味ければなぁ…」
「不味いわよねこれ…。水と一緒に食べるとお腹で膨らむからまあ、空腹凌ぎにはなるんだけどね」
三人の表情が曇る。やっぱり不味かったんだ、あたしは間違っていなかったんだ!
『ぐうぅっ! 不味い!』
『そんなに不味いのか? だったら干し肉とパンを食えば良いだろう?』
『あれは今晩のお楽しみ!』
ウェイズも食べることができるのなら、その口に携行食をねじ込んでやりたい。楽しみは後に取っておくものだ。
ふとアーランドに目をやると、文句一つ言わずに携行食を食べ進めている。水すら飲んでいない。
「アーランド……よく食えるねこれ」
あたしが呆れたように言うと、アーランドはすぐに携行食一ブロックの三分の一、つまり一食分を食べ終えてしまった。あたしなんてまだ歯形が僅かについた程度しか食べれていない。
「食べられるだけ感謝ですよ。ミルフェもガストンもジョイルも、あの孤児院での暮らしを忘れたんですか」
思い掛けない孤児院という言葉に。あたしは驚いてアーランドを見る。
「ミリア。僕たちはみんなフォクシリウス領都アルベルの貧民街にある孤児院の出身なんです。母の温もりも知らなければ父の優しさも知らない。酷い時は泥水を啜って生きてきたそんな僕たちだからこそ、食べられるということには感謝しかないんです」
アーランドの言葉を聞いたあたしは耳が痛かった。領主の娘ということで贅沢して好き嫌いして、自堕落な生活をしても勝手においしい食事が用意される、そんな生活をしていたのだから。
「リーダー、忘れちゃいないぜ! 冒険者の道に俺たちを誘ってくれたこともしっかり覚えてる」
「俺も覚えてるぞ。まず俺を誘って三人でパーティー組んで、ミルフェを誘って四人になって、おまけでジョイルを誘ってな」
「俺はおまけだったのかよ⁉」
「どう見たって、おまけですわねあなたは」
アーランドたち四人はパーティーが結成された頃のことを思い出して話し始めたようだった。
『先ほどの話、一人足りないぞ』
ウェイズに言われて気が付く。パーティー結成時の話にあたしが入っているのはおかしい。
冒険者ギルドでの話が思い出される。とあるおっさんの『新人の頃に妹分みたいだったやつを死なせちまって』という言葉を思い出した。
『もう一人……居たんだね』
『彼らの結束力は、もう仲間を失いたくないという強い想いから来ているのだろうな』
『あたしもウェイズは失いたくない』
『ミリア、おぬ……』
『でも分離はしたい』
ウェイズの狐顔が涙目になったと思ったらガッカリした顔に変わった。
アーランドたちはあたしがいなかった頃の冒険の話を色々と聞かせてくれたが、決して今はいない『妹分』の話題は誰も出してこない。
忘れようとしているのか、それとも大切な思い出として胸の奥にしまい込んでいるのか。あたしにはわからない。
四人の楽し気な話に適当に相槌を打ちながら、あたしは食の進まない携行食をリスのように齧り続けるのであった。
※誤字脱字表現一部修正
※名前間違いのため修正




