第8話 狐娘は寝坊する。
『……きろ、起きろ、起きろと言っている』
意識が急速に覚醒して、ガバリと上半身を起こす。
ゴーンゴーンと遠い鐘の音が聞こえてくる。
毎正時に鐘が鳴るので、聞いてさえいれば時計がなくても時間がわかる。毎日正午に日時計によって補正されているそうで、正確な時刻に鐘が鳴ると言われている。
『……ウェイズ? おはよう、今何時?』
『今しがた鐘が七つなったところだ』
「なっ!? なんで起こしてくれなかったの!?」
思わず声に出して叫んでしまう。せっかくの冒険者デビューに遅刻だ。あのアーランドに何を言われるかわかったものではない。
『我は鐘が六つなった時からずっと声を掛けていたぞ。それでも起きぬお主が悪い』
「あー、もー! あたしが悪かったですよー! 建物出たら強化魔法よろしく‼」
慌ててベッドから飛び降り、部屋を飛び出し、慌ててロビーに行く。
慌てて走るあたしをギルマスとレミお姉さんが見つけてギョッとした顔をした。
「ミリア、お前っ!? 鐘七つで南門ってアーランドと話してなかったか⁉ 寝坊したな!?」
「ひーん‼ おはよー‼」
朝の挨拶をしつつ、肉体年齢相応の速度でギルド内の冒険者を避けながら建物の外に出る。
『鍵は返したか?』
『ああっ⁉』
ウェイズの声で思い出して一瞬の停止した後、また建物の中に戻って、宿の受付に鍵を渡してまた建物を出る。
ギルマスの呆れた顔が視界に入ったが、そんなの無視だ無視‼
「南門は……あっち!」
方向を定めて駆け出す。
『強化魔法を発動するぞ』
グングンとスピードが上がり、道行く人々が高速で後方へ流れていく。
人の間を縫うように走りながら、大通りをひた走る。
「──⁉」
最高速に達しようとした瞬間に脇道から馬車の車列が出てきて前方が塞がってしまう。
だが、あまりにも距離が近いため、止まるには足りなかった。
『ウェイズ、足の爪‼』
あたしが念話で伝えると、瞬時にウェイズが応えて足の爪を出した。それを確認して、斜め前方に大きく跳ぶ。
ターゲットは大通りの建物の2階の外壁。爪で捉えた速度をジャンプ力に変換して2階の外壁に両足をついてさらに壁を蹴る。
目論見通り三角跳びの要領であたしの体は宙を舞い、空中で前方宙返りで数回転して地面を蹴った位置から馬車を挟んで向こう側へ音もなく着地する。
着地した姿勢は両足を揃えて両腕を横に大きく広げたTの字状態だった。寸分の動きの乱れもなく静止した。
「すげー! なんだ今の!?」
「馬車飛び越えたわよ⁉」
(白)
「2階まで跳ばなかったか⁉」
(見たか白だったな?)
「今の人間にできる動きなのか⁉」
「おねーちゃんカッコいー!」
その様子を見ていた人たちから拍手が巻き起こる。
「あ、いや、ども……」
照れながら頭をポリポリと掻く。
『急いでいたのではないのか?』
ウェイズの念話でハッと思い出し、また全力で駆け出す。
疾風の如く人々の間を避けながら走り、人間ではありえない速度で南門に到達する。
門の脇にいる衛兵とアーランド他数人が話し込んでいるのが目に入った。
パーティメンバーらしき一人が、あたしに背中を向けていたアーランドの肩を叩いてこちらを指差す。
あたしに気が付いたアーランドがギョッとした顔になる。
小柄な狐パーカー女があり得ない猛スピードで駆けてくるのだ、そりゃ度肝を抜かれるだろう。
残り十五メートルほどになったところで地面に爪を踏ん張って、急制動を掛ける。
地面が爪の跡で抉れているが知ったことではない。
砂煙に紛れて、完全停止した瞬間にウェイズが足の爪を引っ込めた。
「おはよ」
あたしは何食わぬ顔で挨拶する。
「いや、おはよ、じゃないですよ。寝坊したでしょう?」
「シテナイヨナニイッテルノカナ」
「前髪に寝癖ついてますよ」
「ひーん!」
慌てて髪を手櫛で梳かすが、梳かす度にビヨイン! ビヨイン! と元に戻ってしまう。
「櫛は持ってないんですか?」
「ナイ」
あたしが涙目で即答すると、アーランドは少し躊躇うような仕草をした後、徐に胸ポケットから折り畳みの櫛を取り出してあたしに渡してきた。
スッスッと前髪を梳かすと、寝癖がすぐになくなった。ナニコレ欲しい。
あたしが目を丸くして櫛を見つめていると、アーランドの手が搔っ攫っていった。
「あげません」
「いいじゃんケチー」
プンスカ怒りながらやいのやいのしていると、空気と化していたアーランドのパーティーメンバーが歩み出た。
「あの、ミリアさんでよろしいんですよね? 私は魔法使いをしております、ミルフェと申します。お見知りおきを」
おっとりした感じの声の紺色ローブ姿の薄緑髪の少女が声を掛けてきた。魔法使いらしく、同じ色のツバの大きな尖がり帽子を被っていて、右手に宝玉の付いた杖を持ち、腰から魔法書らしき本をぶら下げていた。目が悪いのかフレームの丸い眼鏡を掛けていた。長い後ろ髪を三つ編みにして肩から前に持ってきて垂らしていた。
「俺はガストン。アーランドと同じ剣士だけど、俗に言う『盾持ち』をしてる。タンク役兼詠唱中のミルフェの護衛役をしてる。よろしくな!」
背中に剣の鞘を兼ねた大きな盾を背負っている、金属の胸当てと手甲をした体格のガッシリした青い髪の少年だった。攻撃を受けやすい部位を金属で防いで致命傷を避け、盾で耐えるタイプのようだ。
「おいらは弓使いのジョイルってんだ。よろしく。静止目標なら百発百中だぜ! 罠の解除とかもやってるから、宝箱見つけたら声かけてくれよな!」
軽装の皮鎧を着た、背中に矢筒を背負った茶髪の少年だ。動いていたら当たらないという意味だろうか?
アーランドのパーティーメンバーは自己紹介すると、あたしの反応を待った。
あたしは集まる視線に姿勢を正し──ない胸を張った。
「あたしはミリア。ミリアで呼び捨てでいい。見てくれは変に思うかも知れないけど、ギルマスの剣を折った実力はあるから安心して。見てわからないかもだけど、一応拳闘士」
あたしはその場でクルリと回って見せる。
「拳闘士? 武闘家じゃなく? 珍しいな」
「流派に属して武道を極める人を武闘家、独学で武術を修めた人を拳闘士っていうって聞いたことありますわ」
「じゃあ拳一つでギルマスの剣を粉々にしたって話はホントなのか⁉」
三人は口々に言いながらにじり寄ってくる。三人とも圧がすごい。
「いや、その、粉々は誇張かとー……。ガードしてきたからパンチして攻撃されたからガードしてへし折ったみたいな」
「僕も見ましたけど、確かに魔鋼製の大剣が根本で砕かれて折れてました」
どういう風の吹き回しなのか、アーランドがあたしをフォローしてくれた。
「リーダーが見たなら確かにそれだけの強さがあるのだろう……」
「リーダーが言うなら……」
「リーダーが見たんならなぁ……」
また三人の圧がすごい。見定めるように迫ってくる。
「ん。リーダー?」
あたしはリーダーという言葉に首を傾げた。
「あ、僕がリーダーです」
シュピッと素早く右手を上げるアーランド。
「なんか頼りないけど大丈夫?」
「よく言われますわ」
「よく言われる」
「よく言われんだよな」
あたしの問いかけにまた三人が揃って圧を掛けてくる。変に息が揃っていて怖い。背景にゴゴゴゴゴゴゴゴ……という文字が浮かんできそうな迫り具合だった。
「でも指示は的確だから俺たちは従うし、従ったからこそピンチを乗り越えてこれたんだぜ」
「そうだな」
「そうよ」
「たまには良いこと言うな、ジョイル!」
「たまには良いこと言うわね、ジョイル!」
ガストンとミルフェが言いながらジョイルの背中をバシバシ叩いた。
そう言って笑いあう三人とは対照的にアーランドは少し暗い顔をしていたが、すぐに表情を切り替えてこちらを向いた。
「ところでミリア。まさかとは思うんですけど?」
アーランドは言いながらあたしの周りをグルグル回る。
「どこから見ても荷物が無いんですが」
言われて他の4人を見ると、大き目なカバンを背負っている。まあ当たり前だよね。
どうしたものかと困ったのでウェイズに聞いてみることにした。
『ウェイズ、亜空間収納って見せても大丈夫?』
『まあそんな悪いやつらでもないだろう。ここは人の通りがまだ少ないから良いのではないか』
『じゃあ、昨日の荷物出して』
あたしがお願いすると、ウェイズのデフォルメ狐顔が突如として口を開く。
「「「「なんだ!?」」」」
四人は突如として動いた狐パーカーの顔を驚いた顔で凝視する。
そしてその口から流れ出した虹ゲロを見てドン引きした。
遠巻きに見ていた衛兵もドン引きしていた。
「ゲッなんだこれ汚ねえ!」
「うわあ!」
「「ええぇぇ……」」
虹ゲロの中から昨日買った荷物が麻袋に入ったままで出てきてあたしの手の上に乗る。
「え!? なにそれ!? 亜空間収納魔法!? その着てるの魔道具なの!?」
『魔道具ではない』(ちょっとキレ気味)
ミルフェの声にすぐウェイズのムカついたような念話が返ってくる。
「こんなの初めて見ました!」
「はーっ! これはたまげたなぁ!」
「こんなものが存在しているのか!」
「良いわね。あたしもこういうの着ようかしら」
「「「やめてくれ」」」
ミルフェの提案に三人の総突っ込みが入る。
「ミリア一人で十分です」
「ハハハハハ」
『ウェイズ、収納して』
あたしは乾いた笑い声を上げながら今度は荷物をウェイズに収納してもらう。ウェイズの口が大きく開き、荷物を飲み込んだ。
「「「「収納はこうするのか……⁉」」」」
四人はあたしを取り囲むとウェイズの狐顔を突いたり鼻を押したり耳を引っ張ったり、九本の尻尾を撫でまわす不届き者もいた。
『ええい、やめんか!』
「ん? なんかこの狐顔が怒った気がするけど気のせいかしら?」
「や、やめてもらえると助かる……!」
あたしが揉みくちゃにされながら弱々しく声を上げると、パッとみんなが離れてくれた。
「──さあ、冗談はこれくらいにして、出発しましょうか」
「いや、リーダーめっちゃ名残惜しそうじゃん」
「「リーダー……」」
みんな離れたと思っていたら、まだ九尾を撫でまわしているアーランドの姿があった。
「「気に入ったんだな」」
「気に入ったのね」
冷たい視線を向けられるアーランド。その視線の主にはウェイズも含まれる。あたしは感覚がリンクしているわけでもないので特になんとも思っていない。
「じょ、冗談ですよ! ハッハッハッハッハ!!」
アーランドのワザとらしい声が響いた。
「ミリア、もちろん冒険者カードは持っていますね?」
「もちのろん!」
昨日手に入れたばかりのカードをポケットから取り出す。昔に狐パーカーのウェイズに言って無理やりつけてもらったポケットだ。カバン系統も装備すると燃えてしまうのは不便なので、半泣きになりながら一晩掛けて拝み倒して付けてもらったのを覚えている。
「そのカードが無いと街からの出入りの度に銀貨5枚を徴収されますので気を付けてくださいね」
「了解!」
みんなで揃って門の脇に佇んでいる衛兵の近くに行き、出立することを告げて冒険者カードを見せる。
みんな銅カードなのにあたしだけ鉄カードでなんか悔しい。
「通ってよし、お気を付けて」
「はい。隣のメルンの村まで徒歩で行って依頼をこなして一週間ほどの予定でこの街に戻ってくる予定です」
「わかった、頑張れよ若いの!」
あたしたち一行は門番の温かい言葉に見送られて南門を出て隣村のメルンという場所まで行くらしい。たった今行き先を知ったあたしなのだった──。
「なあ、ミリアのやつさ、今目的地知ったって顔してなかったか?」
「うん、まあそう思う」
「そうね」
「そう思います」
「違うもーーーーーん!!」
バレていた。
ミリアの二つ名として、疾風の『白』狐、という名前が陰ながら定着したとかしないとか。(見えた人談)
※誤字修正
※自己紹介の名前が間違っていたので修正




